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形勢逆転

     ◇

「入れ」


 オーサの許可と共に扉が開くと、先ほどアラドラコの首を持って出て行った女性が慌てて入って来て、扉を閉めるのも忘れて言った。


「申し訳ありませんギルマス!」


「謝罪はいい。何があった」


「それが……先ほどの首を職員たちで確認していたところを冒険者の人たちに見られてしまい、騒ぎが起こっています」


「何だと!?」


 オーサは苛立ちをぶつけるように、勢いよく立ち上がる。


「それで、どんな騒ぎだ」


「はい。冒険者の中にもアラドラコを憶えている者たちがいて、あの首は間違いなくアラドラコのものであると判明しました」


「ほう、冒険者に見つかったのは不手際だが、確証を得られたのならいいんじゃねえか?」


 すると女性は困ったような顔をする。


「それが……そこから誰が魔王軍幹部の一人を倒したのかという話になり、大騒ぎになりました」


「馬鹿馬鹿しい……」


「ですが、その最有力候補がギルマスなのですよ」


「何だと!?」


 意外な言葉に、オーサが大声を張り上げる。


「考えてもみてください。ここは駆け出し冒険者の集まる王都イニティウム。そんな街で、誰が魔王軍幹部などという大物を相手にできますか」


「だが、俺でもアラドラコを倒すのは無理だぞ」


「彼らはそうは思わなかったようです。ギルマスなら、魔王軍幹部と渡り合うぐらいのことはやってのける。そう信じたからこそ、この騒ぎなのです」


「参ったな……」


 苦笑いしながら後頭部を掻くオーサ。若干嬉しそうに見えるのは、やはり男はいくつになっても誰かに強いと認められるのは嬉しいからだろう。


 しかし、にやつきかけた顔は咳払いで無理やり戻される。


「いや、事実と異なることは否定しなければならない。特に、根拠のない無責任な流言飛語はな」


 それからオーサは儂らに目を向けると、「ついて来い」と言ってこちらの返事を待たずに歩き出した。


 どかどかと床を鳴らして早足で歩くオーサの後を追って部屋を出て、そのまま階段を降りる。踊り場まで出ると、冒険者たちが侃々諤々と言い合っているのが聞こえてきた。


「あいつは確か、魔王軍幹部とか言っていた魔物だよな」


「間違いない。あの時確かに見た」


「誰が倒したんだ?」


「そりゃオーサに決まってる。この街でこんなことができるのは、ギルマスくらいだ」


「いや、いくらギルマスでも魔王軍の幹部は無理じゃないか?」


「じゃあ誰がやったって言うんだよ」


「知るかそんなもん」


「知らねえなら黙ってろ馬鹿野郎!」


「馬鹿とは何だこの野郎。ケンカ売ってるなら買うぞコラ表に出ろ!」


 さすが冒険者は血の気の多い奴ばかりだ。しばらく階下のやり取りを傍観していると、冒険者に目聡い奴がいたのか「オーサだ!」という声が上がった。


 その声に呼応して冒険者たちが一斉にざわめくが、オーサはそれを両手を軽く上げて制する。階下が静まり返るのを確認するように見渡すと、ゆっくりと口を開く。


「賢明なる冒険者諸君らならすでに気がついているであろうが、例の首は先日王都に現れた魔王軍幹部の一人アラドラコのものである」


 朗々たる声でオーサが語り始めると、冒険者たちからおお、という感嘆の声が漏れ出した。


「やはりそうか!」


「で、誰が倒したんだ!?」


 冒険者たちが口々に問いかけるが、オーサは再び手を上げるとぴたりと止んだ。


「アラドラコを倒したのは俺ではない。倒したのは、ここにいるライゾウである」


 オーサが宣言すると、冒険者たちが一斉に驚きの声を上げた。


「何!?」


「嘘だろ……あいつまだ新人だぞ」


「いや、ゴブリンシャーマンやオークキングを倒した男だ。俺はいつかこういう日が来ると信じてたぜ」


「お前何様だよ」


 あちこちから称賛の声が上がるが、儂はそれを否定した。


「アラドラコ倒したのは儂ではない」


「ええ!?」


 オーサと冒険者たちが同時に驚愕する。


「いや、倒したのは事実だが、儂一人で倒したのでない。ここにいるマリンやデカンナにアルチュの力がなければ、到底勝てなかっただろう。だからこれは、儂ら四人の勝利だ」


 そう言うと儂は、背後に距離を置いて立っていたデカンナたちを前に押しやる。三人娘がお披露目されるように階段の手すりの前に立つと、冒険者たちが歓声を上げた。


「あれは、アラドラコの火球を弾き返した奴じゃないか」


「あいつがいればどんな攻撃でも防いでくれるだろうから、こっちは安心して攻撃に専念できるな」


 口々に褒められ、デカンナは照れたように身をよじらせる。


「いや、隣にいる神官の姉ちゃんも負けてないぞ。何しろ複数の怪我人をいっぺんに治癒しちまうんだからな」


「俺はあの時治癒してもらったが、一瞬で傷がきれいに治ったからな。そうとう徳のある尼さんだと見たね」


「いやあ、それほどでもありませんよ」


 照れて青白かった顔を真赤にするアルチュを横目に見ながら、儂は知らぬが仏という言葉を思い出していた。あの時彼女が酒を飲みながら治癒していたのを知ったら、彼らは何と思うだろう。いや、言うまい。儂だってたまには空気を読むのだ。


「そしてその隣は――」


 とうとう自分の番が来た、とマリンが期待に表情を輝かせる。だが、


「…………誰だっけ?」


「いや、知らん。ギルド職員じゃないのか。なんか地味だし」


「誰が地味ですか! 王都では目立ってませんが、鉱山の戦いではわたしも少しは役に立っていましたからね!」


 手すりにしがみつくようにして憤るマリンの肩に、そっと手を置く。


「まあそう怒るな。お前さんにはもっと、大きなお手柄があるだろう」


「え? そうでしたっけ?」


「忘れたのか。死んだ勇者を蘇らせようとして、儂の魂をこの世界に呼び込んだだろう」


「ああ――」


「あれがなかったら、今この状況はなかったかもしれんぞ。つまり、アラドラコを倒したのはお前さんと言っても過言ではないだろう」


 この時は半分慰めのつもりでこう言ったが、儂が魔王を倒せば冗談抜きでこの世界はこの娘に救われたことになるのかもしれないな。


「……いや、過言ですよそれは。でも、ありがとうございます。おかげで少しスッキリしました」


 怒りが収まったのか、マリンの表情が柔らかくなる。


「ライゾウ殿」


「どうしたデカンナ」


「今、わたしたちの事を仲間と……」


「ああ、今さらになって済まないが改めて頼もう。二人とも、儂らの仲間になってくれないか」


 儂が頭を下げて頼むと、デカンナの隣に立っていたアルチュがびくりと体を震わせた。


「わ、わたしもいいんですか?」


「当然じゃないか」


 儂が笑顔でそう言うと、アルチュの目から涙がぽろぽろとこぼれ出した。


「うう……、わたし、お酒を飲まないと魔法が使えないせいで、今まで色んなパーティをクビになってきました」


「わたしもそうだ。図体がでかいくせに攻撃できずただ盾に隠れることしかできないせいで、いつも期待外れだの見掛け倒しだの失望されてきた」


 アルチュの涙にもらい泣きしているのか、デカンナが嗚咽のような声を漏らす。


「でも、このパーティなら何とかやっていけそうな気がします」


「わたしもだ」


「では、これからよろしく頼む」


 儂が右手を差し出すと、デカンナがその上に自分の右手を重ねる。続いてアルチュ、マリンがそれぞれの右手を重ねた。


「こちらこそ、お願いします」


 その様子を見ていた冒険者の中から、誰かが大声で言った。


「すげえ! 最強パーティの誕生だ!」


 すると冒険者たちが一斉に拍手をしたり歓声を上げた。どうやら祝福してくれているようだ。


 最強パーティか。


 悪くない響きだ。


 これまで独りで戦い続け、独りでいることが当たり前になっていた。マリンと組んだ時も、正直面倒臭いと思った。


 だが、彼女たちと一緒に戦って初めてわかった。


 独りで何でもできると思っていたが、それは単に独りでできることしかやってこなかっただけなのだ。


 この世界は、儂が生きていた世界とは勝手がまるで違う。だからこの先も、魔王を倒す目的以外でも彼女らの助けが必要だ。これからは単独行動ではなく、団体行動を心掛けなければならない。


 果たして自分に上手くできるだろうか疑問だが、それでもやらなければならない。などと考えながら、階下の拍手や歓声を聞いていた。


「全員そこを動くな!」


 するとそこに突然武装した男たちが踏み込んできた。彼らはそれが正規の装備であるかのように、皆一様に同じ武装をしている。どこの世界でも、こういった統一性を持つのはだいたい決まって軍隊とか官憲の類であろう。その証拠に、いきなりの闖入者に冒険者たちは驚きながらも、誰も応戦しようとしない。


 冒険者たちが男たちを遠巻きにしている間に、儂らが立つ階段の周囲はすっかり包囲されてしまった。


 呆然とする儂らに向けて、彼らの代表者らしき人物がギルド内に響き渡るほどの大声で言い放った。


「宰相アミークス誘拐の容疑で逮捕する! 神妙にしろ!」


 冒険者たちが動揺し、ギルド内にどよめきが起こる。


「宰相を誘拐?」


「こいつらが?」


「嘘だろ」


 当然であろう。


 つい先ほどまで魔王軍の幹部を倒した英雄だと思っていた連中が、いきなり宰相誘拐の容疑で逮捕されたら混乱しないわけがない。


 それは儂らも同じで、現状を理解するまで少なくない時間を必要とした。


「ら、ライゾウさん。これはいったい……」


 情けない声を上げるマリンに、儂は苦々しく答える。


「やられたわい。アミークスめ、保険をかけておったな」


「保険?」


 廃教会に儂を呼び出す前に、万が一自分たちが負けた時のことを考えて、部下たちに指示してあったのだろう。でなければ、こうも早く官憲が儂らを犯人だと確信して乗り込んで来るはずがない。


 魔物だと思って甘く見ていた。しかしよく考えてみれば、アミークスはただ闇雲に人間を襲うような頭の悪い魔物ではなかった。最初からこの国を内部から浸食するために送り込まれ、現在まで宰相をきっちり務めた魔物だ。正直、儂よりよほど頭がいいだろう。そいつが何の策もなしに、儂と正面切って会おうとするわけがなかったのだ。


「魔物のくせにやりおるわい」


「なに敵を称賛してるんですか」


「全員その場を動くな! 今からこの建物内を強制捜査する!」


 げっ!? 今この建物の中を捜されるのは非常にまずい。だが武器を突き付けられ身動きが取れないので、儂らは憲兵たちがギルド内を家探しするのを黙って見ることしかできない。できることと言えば、憲兵たちが何も見つけずに帰ってくれることを祈ることしかなかった


 だが儂の祈りは虚しく、それはすぐに見つけられてしまった。


「うわ、何だこいつ!」


 オーサの部屋に忘れ去られていたアミークスは、呆気ないほどあっさりと憲兵に見つけられた。


 麻袋を取った憲兵はさぞ吃驚したことだろう。それは、アミークス発見の報告を叫んだ声が上ずっていたことでもよくわかる。


「あ……、アミークス様を発見しました!」


 アミークス発見の報せに、ギルド内が再び騒然となる。言い逃れできない決定的な証拠が出てきたのだ。当然儂らは現行犯逮捕され、問答無用で城へと連行された。


 追い詰めたと思ったら、まさか逆転されるとは。魔物だと思って油断したのが命取りだった。このままでは宰相という地位を利用して、勇者だろうが何だろうが国賊として処刑されてしまうだろう。


 ただ唯一希望があるとすれば、オーサがアミークスの本当の姿を見ているので、宰相が魔物だと知っていることであった。


明日も投稿します。

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