証拠を出せ
◇
冒険者ギルドへ行くと、真っ直ぐに受付へと向かう。
「あら、ライゾウさん……って、どうしたんですかその人!?」
縄で捕縛され麻袋を被せられたアミークスを見て、受付嬢が慌ててカウンターからこちらに駆けつけてくる。
「あの~、うちは魔物の換金はしていますが、人身売買はしておりませんし、そもそも犯罪行為はご法度なんですけど……」
「勘違いするな。こいつは魔物だ。それより至急オーサに取り次いでくれ」
「ギルマスにですか? 一応、先にご用件をこちらで承ってもよろしいですか」
儂は受付嬢に門番と同じことを告げた。
「国家存亡の危機を知らせに来た」
「えっ!? ……あ、あの、ハイ、すぐにお取次ぎします!」
すっかりヒねてしまった門番とは裏腹に、受付嬢はこちらの言葉を素直に受け取ったようだ。慌ててよろけまろびつつカウンターの向こうに戻ってオーサの下へと駆ける姿を見ると、よくもまあ荒くれどもの集う冒険者ギルドの受付をしながらここまで純粋に生きてこられたものだと逆に感心する。どうぞこのまま、汚れなき澄み渡る清水の如き心のままでいて欲しい。
なんてことを思っていると、思ったより早く受付嬢は戻ってきた。息を切らしながら、言う。
「お待たせしました。ギルマスがお会いになるとのことです。こちらにどうぞ」
こうして儂らは冒険者ギルドの責任者、ギルドマスターのいる部屋へと案内された。
オーサの部屋は、二階にあった。
廊下の先に、いかにも偉い奴の部屋がありますよといった感じの分厚い木の扉があり、数回叩くと奥から不機嫌そうな野太い声で「入れ」と返事があった。
扉を開けると、奥の窓際に据えられた重厚な机が目に入った。机の左右には山のような書類が置かれており、その中間の僅かな隙間にオーサの厳つい顔が見えた。机の隣には秘書のような女性が立っているところから、どうやら書類仕事の真っ最中だったようだ。
儂を先頭にして、順番に中に入る。オーサは頭を屈めて扉をくぐるデカンナの姿に片方の眉を少しだけ上げ、そのすぐ後に麻袋を被って縄で縛られたアミークスが引っ立てられるように入室すると眉間に深い皺を刻んだ。
だがすぐに元の表情に戻ると、咳払いを一つして言った。
「国家存亡の危機とは随分とまた物騒な話じゃねえか。他の奴がそんな寝言を言ったなら張り倒して目を覚まさせてやるところだが、相手がお前さんなら話は別だ。聞いてやるから言ってみろ」
こちらとしても望むところなので、これまでの出来事を語って聞かせてやった。
すると、宰相アミークスの正体が魔物であったという辺りで、どんな話が飛び出すのか身構えていたオーサの顔から表情が消えた。それから捕らえたアミークスを囮にアラドラコを廃鉱におびき出して倒した話をすると、目から光が消えた。
「――というわけだ」
儂の話が終わると、オーサは思い切り机を叩き叫んだ。
「馬鹿野郎! 本当に国家存亡の話を持って来る奴があるか!」
怒られた。最初から国家存亡の危機を告げに来たと断りを入れておいたのに理不尽な話である。
「だいたい何だ、宰相が魔物だと!? 証拠もなしに宰相を誹謗中傷するなんて牢獄送りになりたいのか」
「いや、証拠ならあるぞ」
儂が顎で合図をすると、慣れたものでデカンナが縄を引っ張ってアミークスを前に歩かせる。
「何だこいつは……」
「アミークスだ」
「ただの魔物じゃないか!」
一応麻袋を取って顔を見せるが、魔物の姿なのでやはりオーサも納得しなかった。
「仮にお前の言うことが事実でも、こいつを王の目の前で宰相の姿に戻すぐらいしないと証拠にはならんぞ」
「わたしに審問を任せて貰えれば、必ず正体を露わにして見せます」
自信満々にアルチュが名乗りを上げるが、
「だから、その審問にかける証拠がないんだよ」
「あ……」
すぐさまオーサに却下され、しゅんとする。
いくら怪しい魔物だからといって、証拠もなしに審問にかけるほどこの世界は無法ではないらしい。疑わしきは罰せずという言葉は、この世界にも存在するようだ。
しかしそうなると、アミークスは交渉材料として使えないということになる。
「参ったな。こいつを使えば一発だと思ったんだが」
当てが外れて困っていると、オーサがアミークスのことなど些末なことだとばかりに身を乗り出した。
「それよりもお前、アラドラコを倒したというのは本当なのか?」
「本当だ」
即答する儂に、オーサは息を呑む。が、すぐに何かを納得したように頷くと、右手を差し出した。
「信用していないわけじゃないが、何か証拠になるものを見せてくれないか」
「わかった」
確か、冒険者カードには倒した魔物が記録されているはず。儂は自分の冒険者カードをオーサに渡す。
オーサは儂の冒険者カードに目を通すと、残念そうに言った。
「……この、ドラゴニュートというのがそれか?」
「そんな名前の奴は知らん」
「それでははっきりとした証拠にはならん。いや、お前のレベルでドラゴニュートを倒したというのも、それはそれでとんでもないんだが……」
どうやら冒険者カードに記録されるのは魔物の種類だけで、個体についた名前までは載らないようだ。というか、名前を名乗る魔物の方が稀らしい。
「それならこいつはどうだ。真っ二つになってるが、奴の首だ」
オーサにアラドラコの首が入った革袋を渡す。
オーサは革袋の中を覗き込むと、一度天を仰ぐようにして上を向き、右手で目の間を強く揉んだ。それから革袋を隣に立つ秘書に渡し、彼女にも中身を確認させる。
「……どうだ。間違いないか?」
「ええ……。あの時王都の上空に現れた、魔王軍幹部と名乗る魔物に間違いないと思います」
「念のために他の職員にも確認させろ」
「わかりました」
女性は頷くと、革袋を持って部屋から出て行った。
扉が閉まる音がすると、オーサは場を仕切り直すように言う。
「取り敢えず確認中だが、もしあれが本物のアラドラコの首だったとしたら、大変なことになるぞ」
「どう大変なんだ」
「まずは金だ。魔王軍の幹部の一人となると、相当の懸賞金がかかっているはずだ」
「あの、ちなみにおいくらなんですか?」
おずおずと問うマリンに、オーサは「そうさな」と顎髭を手でしごきながら少し考える。
「少なく見積もっても一億マニー」
「いっ……一億!?」
予想もしなかった金額に、マリンの声が裏返る。デカンナとアルチュも声には出さないものの、額の大きさに動揺を隠せないでいる。
しかし、今は金の話はどうでもいい。問題は、如何にして宰相が魔物だったことを証明するかだ。直接王様に話ができれば手っ取り早いのだが、それには相応の理由が必要だろう。
そこでふと気がつく。現代でもアスリートや研究者が勲章などをもらう時は、総理大臣や天皇に会えたりするのだから、一億ももらえる敵を倒したのなら、王様に会えるのではなかろうか。
「金よりも、こいつを倒したことで王様に会えんかのう」
「そうか、その手があったか」
オーサが名案とばかりに手を叩く。
「魔王軍幹部の一人を倒したとあれば、褒章授与のために王様との謁見もあるだろう。その時に上手く交渉できれば、そこの魔物の審問もできるかもしれない」
「しかし、どうやってこの事を王様に知らせればいいんだ?」
「それは冒険者ギルドから報告しておこう。俺の名前を出せば、間違っても冗談だと握り潰されることはないだろう。上手くいけば、近日中にお前に登城の命が下るはずだ」
「そうか。では後は冒険者ギルドに任せるとしよう」
「任せろ。あの首の確認が取れ次第、こちらから報告しておこう」
話がまとまってほっとしていると、何やら階下が騒がしいことに気がついた。
「何だかやけに下が騒がしいな」
オーサが呟くと、その言葉を待っていたかのように慌ただしく扉がノックされた。
明日も投稿します。




