アミークスの決意
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土壁とアラドラコの半身が、左右に分かれて地面に倒れる。土壁は地面に衝突すると砕けて元の土に戻り、アラドラコの肉塊からは青い血がどくどくと滲み出した。
これではさすがに生きてはいないだろうが、何しろ相手は人間ではない。儂らの世界の常識は通用しないから油断は禁物だ。念のために首を落とすぐらいはやっておいて損はないだろう。
討伐の証拠として御印を切り取っていると、隠れていたマリンたちが合流してきた。
「お疲れ様です、ライゾウさん」
「おう。お前らもご苦労さん」
「わたしはずっとデカンナさんの盾の中に隠れていただけですから……」
「そうでもないぞ。マリンの魔法がなければ、儂は終始暗闇の中で戦わねばならなかったしな」
「お役に立てたようで良かったです。わたし、今まで戦闘ではちっとも役に立っていませんでしたから」
大事な時になると重圧で呪文をとちるマリンであったが、今回は無事役目を果たせて安心しているようだ。これで自信がついて今後に繋がれば良いのだが。
「けど今回は成功したじゃないか」
「そうですね……。直接戦闘に関わるような呪文じゃなければ大丈夫なのがわかって良かったです」
「それもこれも、デカンナが守ってくれたお陰だな」
魔法使いの呪文の成否は、本人の精神状態が大きく左右するらしい。そのため、魔法使いが安心して呪文詠唱に集中できるよう安全確保をするのが大事なのだと聞いた。
「いや、わたしはただ自分に出来ることをしたまでだ。本来ならわたしも戦闘に参加しなければいけないのに、すべてライゾウ殿に担わせてしまって情けない限りだ」
「いやいや、アラドラコの爆撃を防ぎ切ったお前さんの防御力があるからこそ、儂も二人の身を任せて戦いに専念できた」
「そう言ってもらえると、気持ちが軽くなる」
ほっとしたようなデカンナを見ていると、袖を引っ張られた。見れば、アルチュが不満そうな目で儂を見ている。
「あの~、わたしには何か一言ないんでしょうか?」
「お前は今回何もしとらんではないか」
「しましたよ! デカンナさんに支援魔法をかけたのはわたしなのに!」
「そうなのか? 特に変化がなかったから気が付かなんだわい」
「なんですかその反応! 確かに支援魔法は地味ですが、大事なんですよ!」
「よくわからん」
「って言うかライゾウさん、わたしだけちょっと扱いが悪くないですか」
「気のせいだろ」
「気のせいなんかじゃないですよ! わたしが酔ってるからって適当にあしらわないでください!」
むくれて突っかかってくるアルチュを、腕を伸ばして頭を押さえてあしらう。
その隣では、後ろ手にふん縛られたアミークスが、半身になったアラドラコの遺体を見てその場に崩れ落ちていた。
「ああ、アラドラコ様……何というお姿に……」
アミークスの流す涙が一つ、また一つとアラドラコの遺体に落ちる。自分が原因で上司がこうなったのだから、自責の念も一入だろう。だがこいつが裏で国を操っている間にどれだけの人間が犠牲になったか考えると、同情する気は一切湧かない。むしろまだ足りないとさえ言えるだろう。
「それで、これからどうします?」
マリンは、一度アミークスに目を向けてから儂を見る。その質問には二種類の意味が含まれていた。一つは儂らの今後の方針。もう一つは、アミークスの処遇。どちらもすでに決まっている。
「まずは王様に会って、この国の現状を把握してもらわないといかんな」
魔物が国政の中枢に入り込んでいるという、とんでもない話だ。証拠がなければとてもではないが、信じられないだろう。だからこそ、今はまだコイツを生かしておく必要がある。
「信じてもらえるでしょうか。こんな前代未聞の話……」
懸念するマリンに、アルチュが自信満々に答える。
「大丈夫ですよ。わたしがきっちり審問して、みんなの前で再びこいつの正体を暴いてやりますから」
生きた証拠を目の前で突きつけてやれば、いくら信じられなくても信じるしかなくなるだろう。だが問題はアミークスが素直に言うことを聞くかどうか。
「わ、わたしはもうこれ以上魔族を裏切らないぞ! どんな拷問を受けようと、決して貴様らの言いなりになどならぬ!」
さすがに上司の遺体を目にして腹が据わったのか、泣き腫らした赤い目の奥には不撓不屈の精神が見える。
が、こちらも相手が強ければ強いほど燃えるたちなのか、アミークスがやる気を見せた以上にアルチュも闘志を燃やしてる。
「上等ですよ。わたしもあっさり言いなりになられては物足りないと思っていたところです。こちらも全身全霊を以て審問させていただきますから、あなたもせいぜい抗ってわたしをがっかりさせないでくださいね」
「ひっ!」
にたりと笑うアルチュの顔に、魔族が恐がって悲鳴を上げる。
こわっ! こいつ、こんな恐ろしい顔もできたのか。
早くも心が折れそうなアミークスを引き連れて、儂らは廃鉱を後にした。
明日も投稿します。




