アルチュ大活躍
◇
「俺をぶっ殺すやと?」
アラドラコがトカゲの顔を歪める。
「狭い廃鉱の中ならお前も自由に飛び回れまい。空さえ飛べなきゃ、お前なんぞ別に怖くないわい」
そう言って儂は右手の親指を立てると、アラドラコに向けて勢いよく下げた。
「覚悟しろ。ここがお前の墓場だ」
「クソが……調子に乗りやがって」
言われ慣れた台詞だが、魔族に言われると何となく腹が立つ。
挑発された時は苦々しい顔をしていたアラドラコだったが、すぐに余裕を取り戻しにたりと笑う。
「ハッ! 空さえ飛べんかったら怖ないやと? アホかお前。これだけ天井が高けりゃ充分飛べるわボケが!」
そう言うとアラドラコは背中の羽を大きく広げ、開幕早々空中へと飛び上がった。
アラドラコの言う通り、坑内は狭いがそれは外に比べてというだけで実際は体育館ほどの空間がある。
「まずはこの邪魔な明かりを消したる」
そう言うとアラドラコは天井すれすれの高さで器用に翼をはためかせ、照明弾のように空中をふわふわと漂っている光の塊に向かって飛んだ。
「これでお前の視界は真っ暗や!」
戈の一閃で、光の塊は真っ二つにされて消える。再び坑内が暗闇に包まれ、儂は何も見えなくなる。こうなると、暗視能力のない儂は気配で敵の居場所を探るしかできなくなる。
だが心配は無用。
明かりが消えたのはほんの一瞬のことで、すぐさまアラドラコから離れた場所に新たな光の塊が現れた。
「なんやと!?」
驚きながらも、アラドラコは再び空を翔けて光の塊を切り裂く。そしてまた別の場所に明かりが灯るのを繰り返す。
「この光、どこから――!?」
消しては現れる明かりを潰すことを諦め、光の塊の出処を探すことに切り替えたアラドラコは魔力の流れを辿る。すると、坑内の隅に、明らかに不自然な鉄の柱が立っているのを見つけた。
「見つけた。そこや!」
その鉄柱とは当然、デカンナの盾が二つ重なったものである。中にはデカンナ及びアルチュとマリンが隠れており、坑内を照らした明かりはマリンの魔法である。
「誰や、そこに隠れてるのは!」
照明の魔法が鉄柱の中から放たれていることに気づいたアラドラコは怒りの声を上げると、大きく息を吸い込んで喉をぱんぱんに膨らませる。
「死ね!」
呪詛と共に、王都上空から吐き出した火球と同じものを鉄柱に向けて吐き出す。かつて直撃を受けたデカンナを一発で失神させた代物だ。
一方、鉄柱の中では三人娘が迫り来る火球に対して対策を講じていた。
「き、来ました! 例の火の玉です!」
盾の隙間から外を覗いていたマリンが慌てふためく。
「今度は受け切る」
マリンとは対象的に、デカンナは落ち着き払っている。無様に気絶したとはいえ、一度受けた攻撃は体が憶えている。二度も醜態を晒したりはしないという気概が、全身鎧の継ぎ目から漏れ出しているようであった。
「安心してください。今度は補助魔法をばっちりかけちゃいますよ」
そう言ってアルチュは両手を僧衣の中に突っ込むと、栄養ドリンクくらいの大きさの小瓶を片手の指の股に四本、両手で計八本取り出した。
それから器用に瓶のキャップを外すと、大口を開けて八本まとめて一気に中身を喉に流し込む。
よほど強い酒だったのか、むはあと大きく息を吐くと、狭い盾の中が一瞬でアルコール臭で満たされる。
「うわ、酒くさ!」
マリンの文句は無視し、燃料が満タンになったアルチュは白磁の肌を紅潮させ楽しそうに叫ぶ。
「魔族の攻撃など何するものぞ。神の奇跡をとくと見よ!」
これは酔っ払いの戯言ではない。酒に酔った彼女は神の奇跡を代行する聖なる巫女となるのだ。
「まずは強化魔法! 『全身骨格強化』!」
呪文の詠唱とともに、アルチュの全身が神々しく輝く。その光を浴びたデカンナの体も、まばゆく輝き出した。
「これは……全身の骨が鋼鉄になったみたいだ!」
魔法により全身の骨が強化され、デカンナはあらゆる衝撃に耐えられる体になった。
だが酒を得たアルチュの快進撃はまだ終わらない。
「まだまだいきますよ。次は戦意高揚魔法『英雄の歩兵』!」
今度の魔法はデカンナの肉体ではなく、精神に作用した。これまで受動的であったデカンナの心に、まるで興奮剤を投与したかのように燃えるような闘争心が湧いてくる。
「うおおおお体が熱い! これなら一晩中だって戦える!」
肉体と精神の両方を強化したデカンナに、いかに魔王軍幹部の一撃であろうと過去に受けた攻撃は通用しなかった。
「フン!」
デカンナの気合一閃で、アラドラコの火球はあっさりと弾き返された。
「なんやて!?」
当たればすべてが爆ぜる自慢の火球を簡単に防がれ、アラドラコは間の抜けた声を上げる。
「クソ! これならどうや!」
頭に血が上ったアラドラコは、火球を連続で放つ。だがデカンナはそれらすべてを弾き返した。
「なんでや!? たかが人間ごときに俺の炎が防がれるなんて!」
アラドラコはすっかりプライドをズタボロにされ、自棄を起こしかける。だがこれ以上奴を放っておく儂ではない。というか、元々相手は儂なのだ。いつまでも三人娘に構っていられては困る。
「おい、いつまで遊んどるつもりだ。お前の相手はこっちだろう!」
儂が大声を張り上げて自己主張すると、それまで鉄柱に夢中だったアラドラコがようやくこちらを向いた。
だがアラドラコは逡巡するように何度か視線を儂と鉄柱に往復させる。しかしよくよく考えたら鉄柱など自ら攻撃してくるわけでもなし放っておいて後でゆっくり片付ければいいことに気づいたのか、本腰を入れて儂と戦うことに決めたようだ。
さあ、仕切り直しだ。
明日も投稿します。




