表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/42

飛んで火にいる……

     ◇

 王都イニティウムから数時間歩いた所に、カルボ鉱山と呼ばれる山がある。


 かつては豊かな資源を産出し王都の工房に提供していたが、廃鉱となって久しいため誰もその名前で呼ぶ者はいない。


 つい最近まではゴブリンの巣と呼ばれていたが、巣食っていたゴブリンたちはすでにライゾウとドグマの手によって全滅させられている。


 記憶にも新しいその廃鉱に、一人の訪問者がいた。


 その者は深夜に廃鉱の入り口に立ち、周囲を警戒している。手に持った戈の柄で神経質そうに何度も地面をつつくのは、足元に何か細工がされているのを警戒しているのだろうか。それともただ苛々しているだけなのか。


 慎重を通り越して臆病かと思えるほど周囲を警戒したその者は、ようやく廃鉱の中へと歩を進めた。


 何度か来て道を知っているのか、その者の足取りに迷いはなかった。もっとも、元が鉱山なので枝道に入らなければ基本は一本道なのだが、明かり持たずに闇の中を昼間のように歩くのは少しばかり気味が悪い。


 ともあれ、坑道の最奥に辿り着いたその者は、再び辺りを警戒しながら空気の臭いを嗅ぐ。少し鼻をひくつかせると、眉間に深いしわを刻んだ。


 臭い。何故ならこの場所は、つい最近ゴブリンの大量虐殺が行われたのだ。死体は王都イニティウムの冒険者ギルドの所員たちが撤去したので一見そうはわからないが、空気中に漂う死臭は未だに残っている。その者は懐から布切れを出すと、口元を覆った。


「おい、アミークス! 来たで!」


 くぐもった大声が坑内に響き渡るが、何も起こらず再び静寂が訪れる。


「人を呼び出しといて遅刻かいな。あのガキいっぺんしばいたろか」


 暗く静かな坑内にその者の独り言がこぼれるが、口元を布で覆っているのでもごもごと聞き取りづらい。


「せやけど今さら相談があるってなんやろな? まさか――」


 そこで独り言がぴたりと止まる。


「誰や!?」


 激しい誰何の声の後に、何者かが近づいてくる足音がする。普段なら犬よりも優れた嗅覚が反応してここまで接近を許さないのだが、死臭が強すぎて鼻が利かなくなっていた。


「アラドラコ様……」


 現れたのは、アミークスであった。


 自分を呼び出した相手の登場に、その者――アラドラコはようやく緊張が解けたように大きく息を吐いた。


「なんやお前、おったんならもっと早よ返事せんかい」


「それが、その……」


「どないした。まさかお前、勇者暗殺に成功したって、アレ嘘やないやろな」


「あの、それが……」


「煮え切らんな。はっきり言えや」


 そこでようやく、アラドラコはアミークスが宰相の姿であることに気がつく。


「ちょっと待て。お前、なんで元の姿に戻ってへんねん。いくら俺とお前しかおらんからって、ちょっと油断しすぎやろ。もしこの場を誰かに見られでもしたら、これまでの計画が全部パーになるやろが。ちょっとは頭使わんかい」


 王都イニティウムの宰相と魔物――しかも魔王軍幹部が一人アラドラコ――が夜中に廃鉱で密会。もし誰かに見られでもしたら、醜聞スキャンダルが王都中を駆け巡るのは必定であろう状況シチュエーションだ。


「小さいことで大きな計画が狂うことはあるからな。そういうとこしっかりしとかなアカンぞ」


「はあ……」


 アミークスの力無い声に、何者かの足音が重なる。


「ほう、やはりあれは暗殺だったか」


「なに!?」


 アラドラコとアミークスの二人が振り向くのと同時に、坑内に明かりが灯る。天井にいくつもの魔法の光が散りばめられ、照明がついたように明るくなった。


「く……っ!」


 それまで猫の目のように僅かな光を増幅して見ていた魔物の眼が、突然の光に見舞われて眩む。


 アミークスとアラドラコの視力がようやく回復すると、見覚えのある人間の姿が見えて驚く。


 そこにいたのは以前、王都イニティウムで自分の顔に傷をつけた男であったから驚きも一入であろう。


「き、貴様はあの時の人間! どうしてここに……!?」


 傷をつけられた時のことを思い出したのか、アラドラコは手を頬に当てる。


「どうしてもなにも、儂が勇者じゃ」


「なんやて!? 勇者はアミークスが殺したって――」


 そこではっと気が付き、詰問するような険しい目でアミークスを見ると、彼は無言で視線を反らした。


「アミークス……お前、まさか……」


 アミークスは下を向いたまま黙っている。アラドラコの問いに、勇者が代わりに答えた。


「そう。全部嘘だ。お前は罠に嵌められたんだよ」


 嘘。つまり、勇者暗殺も、相談があるからとこんな時間に廃鉱に呼び出したのも全部嘘。すべては自分をこの場所に誘い出すためだったのだ。


「も、申し訳ありませんアラドラコ様……。あの男が痛くするもので……」


 まだ痛むのか、こめかみを手でさするアミークス。


「アホか! 魔族がちょっと拷問されたぐらいで簡単に裏切るな!」


 アラドラコが怒鳴りつけると、アミークスは「ひっ」と小さく悲鳴を上げて黙ってしまった。


「おのれ……汚い真似しやがって」


「やかましい。人を暗殺するだけでなく、国を中から蝕むような真似しおって。お前らの方がよっぽど汚いわい」


「うるさい! 魔族を騙す奴が何言うても説得力ないわ! それよりお前、俺をこんなところにおびき出してどうするつもりや!?」


 すると勇者はにやりと笑って言った。


「決まってるだろ。お前をぶっ殺すんだよ」


明日も投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ