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どっちが化け物だか

     ◇

 眩んで真っ白になった視界が徐々に回復していくと、光をまともにくらったのかアミークスと近衛兵たちが両手で目を押さえてうずくまっているのが見えた。


「う……、何だ今の光は……」


 まだ目が眩んでいるのか、フラフラと立ち上がるアミークス。だがそこに現れた顔は、明らかにさっきと違っていた。


「お前……誰だ?」


「何!?」


 儂の問いかけに、アミークスは慌てて自分の姿を検める。


 服は何も変わっていないが、色白だった肌はどす黒く変色した上に皮膚が爬虫類のように鱗状になっている。


 おまけに三十代にしては童顔だった顔が、目はつり上がり口は横に裂け、さらには額の中央からは角が生えてまさしく鬼のような形相になっている。


「これはいったい……わたしの変化の魔法が解けている」


「正体を現しましたね! その醜い姿はまさしく魔物! さあ、やっちゃってくださいライゾウさん!」


 アルチュはそれだけ言って、再び盾の間に引っ込んだ。


「よし! ……って、倒すの儂なんかい!」


「当然ですよ。わたしの仕事は正体を暴くまで。そこから先はライゾウさん、あなたの仕事です」


 言いたいことだけ言うと、アルチュはデカンナに合図をして盾の門を閉じさせてしまった。こうなるともうどうにもならない。敵の攻撃を心配する必要がない代わりに、こちらの文句も一切受け付けなくなった。ずるい。


「おのれ、人間風情が。元より生かして帰すつもりはなかったが、正体を知られたからには益々生かして返すわけにはいかぬ。お前たち、かかれ!」


 アミークスが悪代官みたいな台詞を吐くと、視力が回復した近衛兵たちが一斉に儂に向かって襲いかかってきた。


「おい、ちょっと待て! お前らよく見ろ! 宰相は魔族だったんだぞ!」


 儂の説得も虚しく、近衛兵たちの足はまったく緩まない。自分たちが仕えていたのが魔族だったとわかっても、まったく意にも介さないのはどういうことか。


「馬鹿め! こいつらは既に洗脳済みよ。今さらわたしの正体がばれたところで、痛くも痒くもないわ!」


 なんだ、そういうことか――。


「……ってちょっと待て! あれだけ派手に光っておいて、宰相の正体を暴いただけか!? あいつらを正気に戻すとかそういうのはなかったのか!?」


「すいませんライゾウさん。『真実のミラー・オブ・ラー』は魔物の正体を暴くだけで、そういった便利な効果はないんですよ」


 盾の隙間から顔を半分だけ出したアルチュが、申し訳なさそうに言う。


「ないのかよ! だったら他にそういう便利な魔法は!?」


「あ、そういうのはないんで、後はお願いします」


 あっさり言い放つと、セールスを断った後の玄関のように鉄の扉は閉じられた。絶句する儂に、アミークスが近衛兵をけしかける。


「相手は丸腰だ! さっさと殺して、閉じ籠もっている仲間も後を追わせてやれ!」


 総勢二十人もの近衛兵が、一斉に剣を抜きながらかかって来た。洗脳されているせいか、全員無言で無表情なのが気味悪い。


「まあいい。洗脳されていようが全員ぶっ倒せばいいのだ」


 こぶしを構え、気を練る。丹田で練り込まれた気を一度全身に巡らせ、身体を戦闘用に起こしてやる。そうして再び丹田に戻ってきた気をこぶしに溜める。


 そうこうしているうちに、近衛兵たちに取り囲まれた。元はよく訓練された優秀な兵士だったのだろう、動きに無駄がない。


 ゆっくりと時計回りに回りながら、油断なく周囲を窺う。全員片手に剣を持ち、もう片方には盾を持つ一般的な構え。武器が短めの片手剣のみで、槍などの長物を用意していないのは明らかにこの廃教会の中で戦うことを想定していたからだろう。全員が盾を持っているのも、こうやって周囲を取り囲みながら盾を構えると、相手はもうどこにも逃げられないからだ。古くはスパルタのファランクスなどからあり、現代でも機動隊がよく使う戦法である。


 じりじりと包囲網が小さくなっていく。このままではやがて一斉に突き出された盾に押さえつけられて身動きが取れなくなり、そのまままま剣で滅多突きにされるだろう。


 そうなる前に、こちらから先手を取る。


「フンッ!」


 正面に立つ近衛兵が持つ盾に向けて、強烈な震脚からの崩拳を放つ。


 分厚い金属同士がぶつかる甲高い音が廃教会内に響くと同時に、崩拳を受けた近衛兵が吹っ飛び包囲網に穴が開く。


 だが一人が抜けた穴は、すぐさま他の近衛兵によって塞がれた。やはり動きが良い。戦い慣れておる。


 しかしこの崩拳は、相手をふっ飛ばして逃げる隙間をこじ開けるためだけのものではない。


「フハハハハハ! 素手で鉄の盾を殴ったところで、こちらには何のダメージもないわ!」


 特にダメージを受けた様子もなく立ち上がる近衛兵を見て、アミークスが愉快そうに笑う。


「それはどうかのう」


「なにっ!?」


 吹っ飛んだ近衛兵が再び戦列に戻ろうとするが、その手に持つ盾が粉々に砕け散った。


「馬鹿な……!? いったい何をした!?」


「硬気功。充分に練った気を込められたこぶしは、鋼鉄すら容易に砕く。いくら鉄の鎧や盾で身を守ろうが、このこぶしの前では紙切れ同然よ。片っ端からぶち破ってやるから覚悟せい」


「この化け物め……っ!」


 悔しがるアミークスだが、お前が言うな。先に近衛兵を片付けたら、念入りに殴ってやるから憶えとけよこの野郎。


 気を取り直し、次の近衛兵に殴りかかろうとする。


 だが次の瞬間、今度はマリンがデカンナの盾の隙間から顔を出し言った。


「あ、ライゾウさん。その人たちは操られているだけのようですから、殺しちゃダメですよ」


 早口でそれだけ言うと慌ててと引っ込んでしまった。いきなり気勢を削ぐようなことを言われ、ずっこけそうになる。


「なに~……?」


 今言うか、それを。


 しかしよく考えてみると、確かにこいつらは自ら進んで魔物の配下になったわけではなく、アミークスに洗脳されているだけなのだ。非がない者を手に掛けるのは、さすがの儂も気が引ける。


 ええい、儂とて伝説の武術家と言われた男。殺すばかりが能ではないわ。不殺ころさずを守ることぐらいお茶ノ子祭々よ。


 儂は硬気功を解き、こぶしに溜めていた気を再び全身に巡らせる。気で硬めたこぶしで相手を殴ると、相手が死ぬからだ。


 代わりに練った気を全身に張り巡らせ身体機能の底上げをすると同時に、周囲の警戒をする。こうしておけば背後や死角から襲い掛かられても、気がレーダーの役割をして事前に察知することができるからだ。


 すると早速背後から敵が斬り掛かってきた。


 上段から振り下ろされる剣の腹を、振り向きざまに左手の平で払う。


 軌道を逸らされ勢い余って地面に刺さった剣を、すかさず右の足刀でへし折る。と同時に右の掌底で顎を打ち抜く。すると脳を激しく揺らされた敵は一瞬で意識を飛ばし昏倒した。


 いくら重武装をしようが、完全に身体を覆い隠すことはできない。動くためには関節を可動させなければならないし、呼吸や視界を確保するための孔は必要である。


 そうした隙間が少しでもあれば、そこからダムを決壊させるように突き崩すことができるのが武術である。


 例えば、先にも出た関節。


 人間の関節は、曲がる方向が決まっている。ヨガの修験者なら話は別だが、ほとんどの人間は関節を逆に曲げると痛がり、やりすぎると折れる。


 それはたとえ鉄の鎧を纏っていても同じで、関節が可動する限りそこは弱点になる。


 斬り掛かろうと振りかぶった敵の剣の柄を、踏み込みながら下から掴む。そこから小手返しをかけて転ばせると、倒れた相手の喉元に死なない程度に足刀を入れる。


 喉を潰されて戦意を喪失した敵には目もくれず、次の敵と相対する。


 一対多数の集団戦闘をする場合、最も留意するのは囲まれないことだが、既に囲まれてしまった場合は動くのを止めないことである。


 一箇所に止まって同じ方向ばかり向いていると、背後や死角から他の敵に攻撃されたり捕まったりするから危険だ。なので囲まれた場合はとにかく動き回り、囲みを狭めて追い詰められないように努める。この時、一人の相手に長時間かけるのは禁物だ。できれば一撃、かけても数秒で仕留めたい。そして仕留めたらすぐにその場を離れる。


 そうすれば相手はこちらの動きを追うのに精一杯になり背後を取られる危険は少なくなるし、こちらも与し易い相手を選んで一対一の戦いに持っていきやすい。大事なのは、常に一対一の状況を作り出すことだ。一対一ならば、この世に儂に勝てる奴などおらん。


 激しく動き回り、目についた敵を片っ端から倒していく。不殺の約束があるから関節技が主体になるが、死ぬのに比べたら骨の一本や二本折られるくらい安いものだろう。


明日も投稿します。

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