その話、詳しく
メリークリスマスイヴ
◇
別れを惜しむフィーリアをどうにか説き伏せ、儂らはその場を離れた。
とはいえ、城門を通ると門番が混乱するので、帰りも城壁を登って外に出てきた。
「もう、ライゾウさんと一緒にいると、いつ牢屋に入れられるかわかりませんよ」
「まあそう怒るな。見つからなければ問題ないし、実際問題にならなかっただろう」
そう言うと、マリンは呆れた顔でこちらを見る。
「ライゾウさんの遵法精神の無さは、元の世界の影響ですか? よほど法整備が未発達な世界から来たんですね」
「いいや、儂のいた国は法治国家だったし、世界でトップクラスの犯罪検挙率だったぞ」
「だったらどうしてあなたはそうなんですか!?」
「いやいや。儂とて無法者ではないし、無闇やたらと暴力を振るうような乱暴者でもないぞ」
「……たしか、以前にそこらのチンピラを殴ってお金を稼ごうとか言ってましたよね」
白い目で見てくるマリンの視線を、咳払いでかわしつつ話題をそらす。
「それよりあの宰相、随分と若かったな」
「へ? ああ、そうですね」
「ちょっと若すぎやしないか」
「そうですか? まあ確かに少々お若いですが、わたしがお城に仕える前から宰相をなされていたので、気にしたことはありませんけど」
「あいつ、もしかすると魔物かもしれんぞ」
「あはははは、なに馬鹿なこと言ってるんですか。そんなことあるわけないじゃないですか」
一笑に付されてしまった。まあ、普通はそう考えるよな。けどな、現実にいるんだよ。気の遠くなるくらいの時間をかけて、他の国や組織の中枢に入り込んでくるような奴らが。
「でもどうしてそんなことを思ったんですか?」
「いや、それは単にそう感じたとしか言えんな」
「また随分といい加減なことを……。だったら、どうやって宰相が魔物だって証明するんですか」
「そんなもん、一発しばいたらいいだろ。ちょっと命の危険を感じさせてやれば、すぐに正体を現すに決まっとる」
「無茶言わないでくださいよ。相手はこの国の宰相ですよ。そんなことをしたら、いくらライゾウさんが勇者でも即逮捕どころかその場で死刑ですよ」
「まあ、そうなるわな」
困った。地位の高い相手だと下手に手出しができん。物理的なやり方で正体を暴けないとなると、他に取れる手段はもう儂にはない。土蜘蛛や百歩神拳は、今回ばかりは役に立ちそうになかった。
かと言って、このまま見過ごすというのも何だか寝覚めが悪い。さてどうしたものか。
昼飯を食いに宿屋に戻ると、デカンナとアルチュがいた。
二人は昼食を終えたところなのか、食い終わった皿がまだテーブルに残っていた。しかしながら、昼間からほろ酔いでテーブルに顎を載せているアルチュも大概だが、相変わらず店の中で兜も取らずにいるデカンナも相当おかしい。よほど他人に見られたくない顔をしているのだろうか。
「お前さんたちも昼飯か」
二人に声をかけながら側に行くと、酔ったアルチュがこちらを見てにやりと笑う。
「何かお困りのようですね。良かったらご相談に乗りますよ、有料で」
「金取るのかよ」
「いやですねえ、お布施ですよお布施」
「なるほど……。しかしお前さんに金を渡すと全部酒に使いそうでな」
「たとえ酒に使ったとしても、リベルタス教徒であるわたしが飲むことによって女神リベリアに届くのですから立派なお布施ですよ」
「呑む気満々じゃないか」
がめついのはともかく、儂が考え事をしているのを一目で見抜くとは。酒で目が濁っているくせにやたら鋭い奴だ。
相談か……ダメ元で相談してみてもいいかもしれないな。
「そうだな……。せっかくだし相談に乗ってもらうとするか」
そう言って腰を据えて話をするために、彼女たちのテーブルに相席する。宿屋の娘に料理の注文とアルチュに酒の追加を告げると、料理が来るまでの時間を利用して相談を始めた。
「実は困っておってのう」
「ほうほう」とデカンナとアルチュが相槌を打つ。
「今度とある人物に会うんだが、どうもそいつは魔物が化けてるんじゃないかと儂は疑っておってな」
我ながら荒唐無稽な切り出しになってしまった。かといって、他にどう切り出せば良いのかもさっぱりわからん。案の定、表情の見えないデカンナはともかく、マリンは目元を指で押さえているしアルチュは絶句している。
こりゃ失敗したかな、と半分諦めかけたところに、
「その話、詳しく」
どうしてだかアルチュが乗ってきた。さっきまでテーブルに体を投げ出してやる気のやの字も見えなかったのに、今は居住まいを正し引き締まった顔でこっちをじっと見ている。
「いや、詳しくって……信じるのかこんな話?」
「何を言ってるんですか。魔物ですよ魔物。それが人間に化けてるだなんて、リベルタス教徒としては見過ごせない話ですよ」
目が座っているのは酔っているからだろうか。いつになく真剣な雰囲気に困惑していると、隣に座っているマリンが小声で耳打ちしてきた。
「彼女はホラ、リベルタス教徒ですから。魔族は問答無用で滅さないと気が済まないんですよ」
そう言えば、彼女が信仰するリベルタス教の教義の一つが『魔族滅ぼすべし』だったか。
「人間様のフリして社会に潜り込む不届きな魔物など、しばき回してしまえばいいじゃないですか」
「それがそうもいかんのだ。そいつが成りすましているのが、ちょっと社会的に地位のある奴でな。証拠もなく儂のような平民がどうこう言ったところで、誰も信用せず反ってこちらが罪に問われるのは目に見えておる」
相手はこの国の宰相だ。いくらこの体が勇者のものだからって、証拠もなしに宰相の正体が魔物だなんて言っても誰も信じないだろう。それどころか逆に、宰相を貶めようとしたとかで国家反逆罪で死刑になるやもしれん。
「そんなの簡単ですよ。だったら証拠があればいんでしょう、しょーこが」
「簡単に言うが、それが出来れば苦労はせんわい」
「出来ますよ。みんなの目の前で正体暴いてやればいいんです」
自信満々に語るアルチュに、今度は儂がそのセリフを言う番であった。
「その話、詳しく」
明日も投稿します。




