王城潜入
◇
マリンに無理やり案内させ、王城へとやって来た。
見た目は西洋の城のようでありふれてはいるが、近くで見るとその大きさと威容に驚く。目の前にある門は高さ数メートルはある大理石ような白い石柱がいくつも立ち並ぶ。これ一本作るだけでも相当の技術と金が必要だろう。柱だけ見ても、この城の主が持つ権力の大きさがよくわかる。
「これが王城か。立派なもんだな」
「そりゃそうですよ。王城は王都イニティウムの顔みたいなものですからね」
「ではさっそく入ってみるか」
意気揚々と中に進もうとした儂らであったが、いきなり門前の衛兵に止められた。
「待て、ここから先は許可なき者は入れん」
「だそうですよライゾウさん。今日はもう帰りましょう」
「あっさり引き下がってどうする。せっかくここまで来たんだ。ちょっと中を見学するぐらいいいだろう」
「コラコラ、王城は観光地ではないぞ。大人しく帰れ」
しっしっ、と野良犬を追い払うように手を振る衛兵。いささか態度が悪いが、門番の態度などバッキンガム宮殿以外はだいたいこんなものだろう。
しかしながら、帰れと言われて「はいそうですか」と引き下がるわけにはいかない。
儂らは大人しく帰るふりをして一旦その場を離れると、門番の目の届かない場所までやって来た。周囲を見回し、衛兵などがいないのを確認する。
「ここら辺でいいか」
「ちょっとライゾウさん、何をするつもりなんですか? 怒られたんだから、素直に帰りましょうよ」
王城をぐるりと取り囲む壁の手触りを確かめている儂に向けて、マリンが情けない声をかける。壁は高さが5メートルほどあるが、表面はざらついていて引っかかりが良い。これなら何とかなるだろう。
「まさかこの壁を乗り越えようだなんて考えてないでしょうね? 城壁破りだなんて、もし見つかったらその場で斬り殺されても文句言えませんよ」
「ならば、見つからなければ良かろう」
そう言うと儂はマリンを抱きかかえる。
「ちょっ……、何するんですか!? 巻き込まないでって言ったでしょ!」
「城内の構造はお前さんしか知らんからな。案内せい」
「イヤ、やめて! わたしまだ前科とかつけたくないんですけど!」
「静かにせい。人が来る」
マリンが体を強張らせて黙った瞬間を見計らって地面を蹴る。
高く跳躍し、壁を蹴る。そうして三角飛びの要領で壁を駆け上り、城壁の上に立つ。
「よし、誰もおらんな」
眼下の安全を確認すると、一気に飛び降りる。音もなく着地をし、無事に城内への侵入を果たした。
城内への侵入を果たしたものの、初めて入る場所なので勝手がまるでわからん。人目を避けて宛もなく茂みの中を彷徨っているが、時間だけが無為に過ぎていく。
頼みの綱のマリンは、自分が城壁破りをしたショックが余程大きかったのか、地面に降ろした途端放心状態になってうわ言を呟くただの荷物になってしまった。これでは道案内どころではない。
「終わった……。もしこんなところを見つかりでもしたら、わたしの宮廷魔術師としてのキャリアが全部吹っ飛んでしまう……」
「キャリアも何も、お前さん一番下っ端とか言ってただろう」
「今は下っ端ですけど、これから出世するんです! なのにここで汚点がついてしまったら、今後の出世に影響するじゃないですか」
「出世なんてしても面倒くさいだけだぞ。人間気楽が一番だ」
「そういうのは出世したことがある人が言わないと、説得力がありませんよ」
「むう……」
「とにかく、誰かに見つかる前に一秒でも早くここから出ましょう!」
マリンが周囲を警戒しながら、儂の背中をぐいぐい押していると、茂みの向こうから声がした。
「そこにいるのは誰!?」
「ひゃぁっ!」
突然の誰何に一瞬で血の気が引くマリン。青い顔で儂の後ろに隠れるが、もう遅い。
「出て来なさい! さもなくば衛兵を呼びます!」
有無を言わさぬ口調で命令される。最早逃げるのも時間稼ぎも不可能だと腹を括り、二人で両手を上げながら茂みから出て行った。
するとそこには四阿のような建物があった。四阿の中には茶の入ったカップと菓子の載った皿が並べられたテーブルがあってまるでお茶会をしているようだ。
椅子は二つ。一つには高価そうな法衣を着た男が座っていたが、突然驚いた顔で立ち上がり叫んだ。
「げげっ、勇者!? 生きていたのか!」
そしてもう一つの椅子には、豪華なドレスに身を包んだ美少女が座っていた。声の主はこの少女だろう。
王城内にいることや、見た目や服装から推理するまでもない。その身から放たれる、明らかに儂ら庶民とは一線を画した風格と気品。そして人を見下ろすことに一切の躊躇や疑問など無さそうな態度。間違いなく、こいつは貴族階級以上の存在だ。
小声で背後のマリンに問う。
「あいつら誰だ?」
「フィーリア姫と宰相のアミークス様ですよ」
宰相か。ということは魔王討伐の関係者か。いきなり出会えるとは運が良い。
少女――フィーリアは賊を威圧するように凛とした目で睨んでいたが、儂の姿を認めると急激に表情を和らげる。
「カイト様!?」
フィーリアは椅子を尻で吹っ飛ばす勢いで立ち上がると、重そうなドレスのロングスカートとハイヒールとは思えない速度で間合いを詰めて手を握ってくる。速い!
「どうして王城に? もしかして、わたくしに会いに来てくださったのですか!? 事前にお伝えして戴ければ、父上に頼んで迎えの馬車を用意させましたのに」
向こうはカイトを知っているようだが、当然儂はこの少女のことを知らん。余計なことを言って話をややこしくしないように言葉を選ぶ。
「え? いや、ちょっと野暮用でな」
「そうですか……」
先程とは打って変わって子供のようにしょんぼりする少女。
「ですが、わたくしに御用がある時はいつでも仰ってくださいね。わたくしがお父様に頼めば、この国で叶わぬことなどありはしないのですから」
どんだけ溺愛されてるんだよこの王女は。そしてどんだけ親馬鹿なんだよこの国の国王は。
「……心遣いには感謝するが、目立つのは苦手でな」
「何を仰ります。貴方は世界を救う勇者様なのですよ。本来なら国を上げて出立を祝い、全ての人間が貴方に感謝するべきところを、お父様が宰相なんかの進言を聞き入れたせいで存在を秘匿する羽目に……」
そこで力説するフィーリアの目が、儂の背後に立つマリンの姿を捉える。するとそれまで嬉しそうに儂の手をにぎにぎしていた少女が、その麗しい顔を豹変させ掴みかかってきた。
「勇者様、誰ですのこの女!?」
「え? ああ、こいつは一緒に旅をする宮廷魔術師のマリンだ」
「一緒に旅!? このメス豚と!? 何ですのそれ! わたくし聞いてませんわよ!」
「そんなこと儂に言われても困る……」
胸ぐらを掴まれ、物凄い力で揺さぶられて首がガクガクする。
このままでは儂の首が取れるんじゃないかと思っていると、四阿にいたアミークスがこちらに向かってきた。
「フィーリア姫。勇者様の旅に同行者をつけたのは、そう神のお告げがあったからです。それに、如何に勇者様と言えどたった一人で旅をして魔王を倒すというのは無茶な話でしょう」
「それは……確かにそうですけど」
アミークスに説得され、フィーリアは渋々掴んでいた胸ぐらから手を離すと、数歩後ろに下がる。
そうしてフィーリアと入れ替わるように、アミークスが儂の前に立った。
「これはこれは勇者様」
先ほどまでの苦虫を噛み潰したような顔から一転し、引きつった笑顔を向けるアミークス。それよりこいつ、さっき儂を見て「げげっ!」とか言わなかったか。
歳はまだ三十半ばほどだろうか。その若さで宰相という地位に立つのだから大したものだ。
アミークスは貼り付けたような笑顔のまま近寄り、儂の手を取ると小声で言った。
「今日はどうしてここに? 来る時は先に連絡してもらわねば困るとあれほど言ったでしょう」
儂自身はこいつとは初対面なので、そんなことは知らん。というか、事前連絡するだけで良かったのか。
これで旅の資金の追加申請ができると安堵していると、アミークスが握っている儂の手に奇妙な感触が走った。
「!?」
この感触はそう――廃坑で多数のゴブリンたちに向けて『土蜘蛛』を放つために、魔物の気配を探った時に似ている。
なぜ今そんなことを思い出すのか。不思議に思うが、考えても答えはすぐには出ない。奇妙な感触に戸惑い言葉に詰まる儂を、アミークスが訝しげな目で見つめる。これはいかん。急いで誤魔化さないと。
「おかしいのう。確かに事前に連絡したんだがなあ。どこかで連絡が止まってるんじゃないのか?」
白々しい嘘をつくが、アミークスは思い当たる節でもあるのか舌打ちをすると、「これだから下っ端は……」などとブツブツ言う。それから彼は咳払いを一つすると、
「とにかく、今日は忙しくて応対できませんので、今回は日を改めていただきたい」
「わかった。で、いつなら大丈夫だ」
「そうですね……明日の夕刻、郊外にある廃教会に独りで来てください」
約束ですよ、と言うとアミークスはにやりと笑った。
明日も投稿します。




