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災害補償

     ◇

 アラドラコとマーガが撤退し、一夜が開けた。


 魔王軍幹部による王都急襲の危機は、一応去った。


 だがこれですべてが終わり、何もかも元通りというわけにはいかなかった。


 まず挙がった問題が、怪我人への補償である。


 冒険者ギルドの呼びかけによる緊急クエストでの負傷は、傷の度合いに応じて金銭が補償されるというのが通例らしい。労災のようなものか。


 しかし今回は幸いにも負傷者はゼロだった。


 いや、正確に言うと負傷者は多数出たのだが、アルチュが全部治してしまったから話がややこしくなった。


 本来ならクエスト終了後にギルド職員が負傷者の傷の具合を査定して補償金を決めるのだが、それより先にアルチュが治してしまったので全員補償金ゼロということになった。


 これには当然負傷した冒険者たちが意義を申し立て、『こっちは怪我人だ』『じゃあ傷を見せてみろ』

『もう治ったから見せられない』『じゃあ金は出せない』など水掛け論が何時間も行われた。


 金の問題は大事だが厄介だ。


 しかも、その上さらにもう一つ金の問題が持ち上がったからさあ大変だ。


 それは、緊急クエストの報酬をどうするか、である。


 今回の緊急クエストは、突如王都に現れた魔物の討伐だが、アラドラコが撤退したのでクエスト失敗になる。


 だがそこで再び冒険者たちから物言いが入った。


 彼らの言い分は、魔物の討伐には失敗したが、王都の防衛には成功した。なのでその分の報酬が発生するはず、というものである。


 これはさすがに言いがかりというか、因縁に近いものがあると思ったが、ギルドも危険度の高い緊急クエストに名乗りを上げてくれた冒険者たちを無碍にはできないと考えたのか、この申し出に対して今回の緊急クエストに参加した冒険者全員に寸志を出すことを約束した。


 これにより辛うじてタダ働きだけは回避することができ、冒険者たちは冷静さを取り戻した。


 そして朝っぱらからギルド職員と冒険者たちが金の話をしている横で、儂とマリンは別室に呼び出されていた。


 そこは応接室のような部屋で、室内にはオーサと秘書のような女性職員が待っていた。


「よく来たな。まあ座れ」


 オーサに促され、二人並んで見た目よりは硬いソファに腰掛ける。


「さっそくだが、訊きたいことがある」


 挨拶もそこそこに、オーサは話を切り出してきた。かなり余裕がないと見える。となると、話題となるのは一つしかない。


「先日の魔物のことか」


「そうだ。そいつがどんな魔物でどこから来たとか、色々調べなきゃならんことは山積みなんだが、まず真っ先に確認しなきゃならんのが――」


 そこでオーサは言葉を切り、ぎらりと睨むように儂らを見た。


「お前、どうやってあの高さにいる奴を攻撃したんだ」


「え……?」


 てっきりアラドラコが魔王軍の幹部だとか、勇者がどうとか言っていたことを問い質されると思っていたので拍子抜けした。


「弓矢も魔法も届かなかったのに、お前の攻撃だけ届いたのは何故なんだ。いったい何をしたんだ」


 気になるのはそこなのか。もっと他に重要な質問があるだろう……。いや、もしかするとオーサは考えがあって今は訊いて来ないだけかもしれない。


 何しろ勇者の出現は、まさに世界を揺るがす情報だと言っていい。それ故に、混乱を避けるために下々の者には知らせず情報統制が敷かれて然るべきなのだ。だからオーサは敢えてそれを問い質すことをしないのだろう。知らなくても良いことを知って、余計な混乱を避けるために。たぶん。


「何をと言われても、儂はただ気合を飛ばして攻撃をしただけだ」


「気合? 魔法じゃないのか?」


「儂は魔法を使ったつもりはないが」


「なにっ!?」


 オーサが驚くと、隣にいるマリンが会話に参加してきた。


「いえ、あれもたぶん魔法ですよ」


「そうなのか?」


「もう、この間説明したじゃないですか」


 そういえばされたような。体は若いが中身が年寄りなので、どうも物覚えが悪くて困る。


「ゴブリンの洞窟で使ったあの――」


「『土蜘蛛』か」


「そういう名前にしたんですか。ではその『土蜘蛛』、あれが土の精霊魔法だって話はしたでしょう」


「あの土の槍か。それなら俺も見た。あれは確かに土魔法だ」


 マリンが言うだけでなくオーサが納得するのなら、本当にそうなのだろう。


「今回、ライゾウさんはアラドラコを攻撃しようとした時、どんな感じがしました?」


「そうだな……。周囲の風が儂の中に集まってきたような感じがしたな。そうして集めた風に気を乗せて打ち出したら、斬撃となって飛んでいったというところか」


「風。それです。今回のあれは、風魔法の一種ですよ」


「風魔法?」


「はい。精霊魔法は土水火風の四つの系統があります。四つの系統すべてを使える人というのは聞いたことがありませんが、ライゾウさんならきっとできますよ」


「いや、儂には無理だって。だって魔法なんだろ」


「何言ってるんですか。もう土と風の二つも使えたんですから、すぐに残りの水と火も使えますよ」


「火と水ねえ」


 自分が魔法を使っている姿なんて、いまいちピンと来ないな。いや待てよ、それを言えば土蜘蛛も百歩神拳もこれまで使えるなどとは思ってもみなかった技が使えるようになったのだから、先のことなんて誰にもわからないということか。


「腕っぷしが強い上に魔法も使えるのか。こりゃ大した新人だ」


 そう言ってオーサは豪快に笑った。


明日も投稿します。

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