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魔王軍幹部登場②

 だが火の玉が地面に落下するより一瞬早く、儂の眼前に壁の如き巨体が割り込んできた。


 デカンナだ。


 デカンナが両手に持った巨大な盾を胸の前で重ねて一枚の壁にするのと、火の玉が爆発するのはほとんど同時だった。


 次の瞬間。


 爆音。


 爆風。


 熱風と土砂の暴力が再び襲い掛かる。


 それに少しでも抗おうと目を瞑り、身を硬く強張らせて無駄な抵抗を試みる。


 しかし耳をつんざくような音はしたが、熱風も土砂もやって来なかった。


 やがて耳鳴りがしてふらつく頭と、爆発による強烈な光に眩んだ目が正常に戻ると、驚くべき光景を目の当たりにした。


 爆発は確かにあった。


 だが爆風や土砂はデカンナの盾によってすべて防がれており、地面は巨大なクレーターように穿たれているものの、その巨大な盾から後方は被害ゼロといっていいほど無事だった。


「これはたまげた」


「助かりましたね」


 儂と一緒にデカンナの後ろにいたマリンも、怪我一つないようだ。


 いや、マリンだけではない。振り向けば、そこには大勢の冒険者たちがいた。彼らは最初の爆発で大怪我をして動けず、今度爆発を食らったら確実に死んでいただろう。


 それをデカンナはたった一人ですべてを救ったのだ。


 しかし爆風や土砂をたった一人で防いだということは、尋常ではない衝撃が両の手に持つ盾や体に掛かったということだ。


 いくらドグマを超える巨体でも、あれだけの爆発を至近距離で食らったらただでは済むまい。


 現にデカンナは立ったまま動かない。まるで弁慶の立ち往生だ。


「おい、大丈夫か」


 まさかと思い声をかけるが、返事がない。


 本当に立ったまま死んだのかと思ったその時、兜がわずかに動いた。


「む、ちょっと気を失っていたようだ」


「おお、生きとったか」


「問題ない。それより怪我人は」


「大丈夫だ。お前さんのお陰でみんな無事だ」


「良かった」


 そう言うとデカンナは、安心したように兜の隙間から盛大に息を吐いた。


「だが最初の爆発でほとんどの冒険者が大怪我を負ったようだ。いくらお前さんでもあの人数をいつまでも守っていられまい」


「確かにあんな攻撃、何度も受けられないだろう。けど怪我人は彼女に任せておけば大丈夫だ」


 デカンナは事も無げに言うと、視線で後方を示す。


「彼女?」


 つられて後ろを見ると、いつの間にか大量の怪我人の中央に、酒瓶を手にしたアルチュが立っていた。


「範囲回復魔法『ワイドレンジキュア』!」


 ぐいっと酒を煽ると、彼女の体がまばゆく光る。酒で光るとかアルコールランプかお前は。


 儂は夢を見ているのだろうか。光を浴びた怪我人たちの火傷や傷が、時間が巻き戻ったように消えていった。それも一人や二人ではない。アルチュから放たれた光は、そこに集まった怪我人すべてを治してしまった。


「おお、痛みが引いていく」


「すげえ、血が止まった」


 怪我が治って喜ぶ冒険者たち。


 てっきりただのアル中かと思ったら、存外凄い奴だった。酒が入っていないと自分は無力だと言っていたが、酔っている彼女はまさに神の奇跡の代行者だ。


 それにデカンナの防御力たるや。空襲のような爆撃を受けてもものともしないその巨大な盾。そしてそれを支える膂力。どちらも並のものではない。


 もしかしたらこの二人、実は凄い奴なんじゃないだろうか。


 つい先ほどまでこの二人を仲間にすることはないと思っていたが、これは少し考えを改めるべきかもしれない。


 しかし、今はそれどころではない。


 二人の意外な活躍に高鷹しかけた気分が急速に冷めていく。


 怪我が治ったところで、彼らがアラドラコに敵わないことに変わりはない。むしろ無駄に苦しむ時間が長くなっただけではなかろうか。


 無論それは儂とて同じだ。


 このまま上空にいる敵に為す術がなければ、じわじわと嬲り殺しにされるだけである。


 せめて奴を地上に引きずり降ろせれば。


 そう考えてはみるものの、儂には飛び道具の持ち合わせはない。


 唯一離れた相手に使える技に『土蜘蛛』があるが、あれは相手が地面に立っていることが前提で、空に浮いている相手には意味がない。


 せめて相手が地面に降りてくれれば勝機もあるというものだが、それはさすがに無理だろう。


 今もアラドラコはこちらの攻撃が届かない距離を保っている。向こうにしてみれば、一方的に攻撃できるのにわざわざ降りてくる意味などない。


 では発想を変えて、この土蜘蛛をどうにかして空中に飛ばせないだろうか。


 確かマリンはこの土蜘蛛のことを、正確には土魔法とか何とか言っていた。


 そしてこの肉体の本来の持ち主カイトは、あらゆる魔法が使える勇者であると。


 つまり、儂は土蜘蛛――土魔法以外にも使えるのではなかろうか。


 たとえば、風とかどうだろう。


 風を切り裂くような攻撃ができれば、敵が空を飛んでいようと関係ない。


 これだ!


 風という新たな可能性に気づいた時、土蜘蛛を初めて使った時のような高揚を再び感じる。


 今の儂ならできる。


 そう信じた儂は、デカンナの盾から飛び出した。


「!?」


「ライゾウさん!?」


 いきなり盾の外に出た儂に驚くデカンナとマリン。


 それに構わず集中し、体内の気を高める。


 すると今度は龍脈から大地の気を吸い上げるのではなく、大気中から気が集まってくるのを感じた。


「ん? 何だあいつは」


 一人だけ盾の外に出た儂に、アラドラコが気づく。


「アホが。狙い撃ちや」


 そう言うとアラドラコは、児童が屋上から唾を垂らす悪戯でもするかの如く楽しげに、儂に向けて火球を吐き出した。


「危ないライゾウさん、早く盾の後ろに!」


 デカンナが叫ぶが、構わず気を溜める。


 『土蜘蛛』の時と同じように、周囲から集まった気は丹田を経由して全身を巡り、やがて右腕へと蓄積される。


 そうして右腕に溜めた気を、上空にいるアラドラコ目掛けて手刀と共に一気に放出する。


「『百歩神拳』!」


 気合と共に振り抜かれた手刀から、斬撃が放たれた。


 斬撃は風の刃となって空へと飛び、途中にあった火球を真っ二つに切り裂くが、勢いを少しも衰えることなく一直線にアラドラコへと向かう。


「なに!?」


 己が吐いた火球が突然二つに分かれ、驚くアラドラコ。


 次の瞬間、風の刃が襲いかかる。


 火球が死角になっていたことで反応が遅れ、避けきれずに風の刃が左の頬をかすめる。厚い鱗に覆われたトカゲの顔面にぱっくりと傷口が開き、青い血が飛び散った。


「お、俺様の顔に傷が……」


 アラドラコは左の頬を手で押さえ、怒りのあまり全身が震える。


「人間風情がよくも!」


 人間如きに傷をつけられたのが余程腹に据えかねたのか、顔中に血管を浮き立たせている。こちらに言わせればトカゲ風情が偉そうに空を飛びやがってといった感じなのだが。


 ともあれ、相手が激昂している今が好機。儂はさらに挑発する。


「悔しかったら降りて勝負せい。もっとも、お前にそんな度胸があったらな」


「何やと……」


 さらに血管を浮き立たせる。効果は抜群のようだ。


「ええやろう。その言葉、後悔させたる」


 アラドラコは案外簡単に誘いに乗ったようで、ゆっくりと高度を下げてきた。


 しめた。地上に降ろしてしまえばこっちものだ。


 と思っていたら、


「待て!」


 いつの間に現れたのか、何者かがアラドラコの背後から肩を掴んでいた。


「お前はマーガ! なんでここに!?」


 アラドラコを制する者は、漆黒の外套で全身を包んでいるため人か魔物か、男か女かすらわからない。羽もないのに宙に浮いているので、マリンと同じ魔法使いなのかもしれない。


「部下から貴様が先走ったという報告を受けてな。厭な予感がして急いで駆けつけてみれば案の定、貴様という奴はどこまで考えが浅いのだ」


「なんやと!?」


「貴様に与えられた命令を忘れたのか。池の魚が陸に上がるような真似をしおって。そんなにこの計画を失敗させたいのか馬鹿者め」


「ぐ……」


 マーガとやらに説教され、あれほど怒り狂っていたアラドラコが急に大人しくなる。


「ようやく自分の愚かさを理解したようだな。ならばどうすれば良いかわかるだろう」


「わーったわ。戻ればええんやろ、戻れば」


「まったく。魔王様はどうして貴様のような粗忽者を幹部にしたのか理解に苦しむ」


「うるさい!」


「それでは戻るぞ。まったく、手間をかけさせおって……」


「ちょっと待ってくれ」


 先を急かすマーガを、今度はアラドラコが制する。


「どうした」


「すぐ済む」


 そう言うとアラドラコは、上空から足元にいる儂に向けて大声を放つ。


「お前、顔は憶えたからな! 次に会ったら必ず殺したるから覚悟せえよ!」


「フン、何かと思えばくだらない捨て台詞を……。気は済んだか? 行くぞ」


「おう」


 アラドラコが返事をすると同時に、マーガは何やら呪文を唱える。すると二人の眼前に真っ黒な穴が開き、その穴をくぐって消えてしまった。


「なんじゃ、消えよった」


「すごい。今の空間魔法ですよ」


 何がすごいのか、マリンが鼻息を荒くする。


「さすが魔王軍幹部ですね。魔術師としてのレベルも半端じゃないですよ」


「褒めてる場合か? いつかはアレとも戦わなければならんのだぞ」


「うわあああああああそうでしたああああああああああああ!」


 頭を抱えながら絶叫するマリン。こいつはちょくちょく自分の使命を忘れるが、大丈夫なのだろうか。


 ともあれ、あまりにあっさり消えたので頭が追いつかなかったが、魔王軍の幹部が王都を急襲するという危機はどうにか去った。


「やった! 魔物が帰った!」


「王都の危機は去った!」


 ぼんやりと空を眺めていた冒険者たちも、ようやく事情を呑み込めたようで、ちらほらと歓喜の声が上がった。


明日も投稿します。

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