魔王軍幹部登場①
◇
街の外に出てみると、すでに多くの冒険者たちが臨戦態勢に入っていた。
全員が完全武装で、仲間ごとに集まって作戦を立てている。ギルド職員も何人か駆り出されたようで、この戦いに参加している冒険者の数を把握しようと名簿を作成している。後から報酬だけ貰おうとする馬鹿野郎が出ないようにするためだろう。
「緊急クエストに参加する冒険者のかたは、急いで受付を済ませてくださーい!」
大声を張り上げて受付を促す職員の前には、ずらりと列ができている。
「どうやらあそこで受付をするようだ」
マリンを引きずって列の最後尾に並ぶと、前の方にデカンナとアルチュの姿を見かけた。
「あの二人も参加するようですね」
あの二人に出番があるとは思えんが、邪魔にならないようにしてくれるなら文句はないだろう。
そうして受付を済ませると、オーサが集まった冒険者たちに向かって演説を始めた。
「冒険者諸君、突然の呼び出しにもかかわらず集まってもらい感謝する。強大な相手だと知りながら、勇敢に立ち上がってくれた君たちこそ真の冒険者――」
「魔物が来たぞー!」
演説を傾聴していた冒険者たちが、一斉に声のした方を向く。
渾身の演説が途中で遮られ、オーサは苦虫を噛み潰したような顔をするが、すぐに皆と同じ方へと視線を向けた。
だが目の前には街道が延々と続く開豁な景色が広がるだけで、魔物の姿は見当たらなかった。ちなみにこの道は、先日廃坑に行く時も通った道だ。
誤報か、と思ったら、すぐに第二報が来た。
「上だ! 上空!」
慌てて空を見上げる。
すると遥か上空に、米粒ほどの大きさの何かが浮いていた。
「あれか? よくあんな小さい物が見えるな」
肉体が若くなって老眼から解放されたとはいえ、さすがにあれだけ距離が離れた物を見分けるのは無理だ。こいつら、アフリカの狩猟民族なみの視力でも持っているのか。
額に手をかざして目を凝らしている儂に、マリンが答える。
「射手が持つスキル、『千里眼』の効果ですよ」
アーチャーとスキルはともかく、千里眼は何となく理解できた。神通力みたいなものだろう。
「便利なもんだな。儂も欲しいぐらいだ」
「欲しいなら取ればいいじゃないですか」
「は?」
「スキルなんて、スキルポイントを消費すれば誰でも取得できますよ」
「スキル? スキルポイント?」
「後で説明してあげますよ。それよりもほら、わたしたちにも見えてきましたよ」
言われて空に視線を戻すと、魔物が儂ら凡夫の視力でも捉えられるくらいの距離に近づいていた。
魔物は、翼の生えたトカゲだった。
「何だありゃ? トカゲが空を飛んどるぞ」
人間の身体にトカゲの頭。背中にはコウモリの羽といかにも魔物らしいそれは、生意気に人間の服や鎧を身にまとい、手には戈のような長物を携えている。
「翼人ですかね。いや、もしかしたら上位種の竜人かもしれません」
「強いのか?」
「強いなんてもんじゃありませんよ。竜人だったら体が小さいだけで強さは竜と大差ないし、口から火や水を吐くものもいるんですよ。人間が逆立ちしたって敵いっこありませんよ」
「そんなにか」
竜人のことはさて置いて、トカゲ人間は集まっている儂らを空の上から眺めると、
「おいコラボケどもよう聞けや! 俺様は魔王軍幹部の一人、アラドラコ様じゃ!」
流暢な関西弁で叫びだした。
「おい、聞いたか。あいつ今魔王軍幹部って言ったぞ……」
「どうして幹部がこんな初心者の街に来るんだ?」
だがトカゲが人間の言葉を喋ったりそれが関西弁だったのを驚いているのは儂だけで、他の連中は別のところに驚いていた。
「魔王軍に幹部なんているのか……」
「一応『軍』と名のつく組織ですからね。幹部ぐらいいるんじゃないですか」
それに、よくある話じゃないですか、とマリンが言う。
「今日俺様がわざわざやって来てやったのはな、この街のボケに用があるからじゃ」
誰だ誰だ。魔王軍の幹部なんかに喧嘩を売るような真似をした迷惑な馬鹿は。
「この先の廃坑にゴブリンどもが住み着いとったやろ。あの群れと、一緒におったオークキングとゴブリンシャーマンを殺したアホはどこのどいつや!」
あ、それ儂。
マリンと冒険者たちの視線が一瞬こっちに向くが、すぐにアラドラコに戻る。
「あの二匹とゴブリンどもはなあ、勇者がおらんようになったこの街を襲撃するために俺様が準備しとった奴らなんや。それを断りもなく全部殺しやがって……。せっかくの計画が台無しで、俺自ら出張って来なあかんようになったやないかコラ!」
知らんがな。というか、あのゴブリンたちはこいつが仕込んだのか。
「まあ俺様も魔物やけど鬼やない。正直に出て来たら他の連中は見逃したる。せやけどもし隠し立てするようやったら、お前ら全員鏖や!」
鏖という言葉に、冒険者たちが息を呑む。
アラドラコの言葉は、決して脅しや大袈裟なものではない。あいつが本気になったら、必ず冒険者たちを鏖にするだろう。しかも簡単に。
「出るしかないか……」
自分が出なければ、ここにいる全員が確実死ぬ。
犠牲になるつもりはさらさらないが、とにかくこの場を収めるために儂が出るしかない。
そう一歩踏み出そうとした儂の肩を、誰かが掴んだ。
「待て」
「ドグマか」
「お前、馬鹿なことを考えてるんじゃあないだろうな」
「儂が出ないと皆が殺されるだろ」
「お前一人が出て何になる。ただなぶり殺しになるだけだぞ」
「そうですよライゾウさん。ここは黙っているのが吉ですよ」
すでに儂らから数歩離れた木の陰に隠れているマリンは放っておき、儂はドグマの手を振り払う。
「だがこの事態を招いたのは儂だ。お前らだって、迷惑しとるだろう」
「本当にそう思ってるのか」
「何?」
「俺たち冒険者を甘く見るんじゃあないぜ」
それはどういう意味だ、と問う前に、周囲の冒険者たちが騒ぎ出した。
「ふざけんじゃねえぞトカゲ野郎! 出せと言われてハイどうぞって出すほど俺たちゃ薄情じゃねえ!」
「冒険者舐めんなよ! 俺たちゃ死んでも仲間を売るような真似なんかしねえんだよ!」
「てめえ魔王軍の幹部だかなんだか知らねえが、調子乗ってんじゃねえぞコラ!」
何ということだ。こいつらは、儂を差し出そうとするどころか、戦えば確実に殺される相手に喧嘩を売り出した。
「おい弓持ってる奴と魔法使える奴は撃て撃て!」
遂には無駄だと知りつつも攻撃を開始した。無数の矢と魔法による火の玉や雷が空に向かって放たれる。
だが矢も魔法も上空にいるアラドラコには届かず、虚しく放物線を描いて彼方に落ちていった。
「クソ、届かねえ! もっと射程距離のある武器はねえのかよ!」
「誰か王城行ってバリスタとカタパルト借りて来い!」
「てめえ笑ってんじゃねえぞコラ! 男だったら降りてきて勝負しろコラ!」
地上の人間たちが無駄なあがきをするのが楽しいのか、アラドラコは笑っている。トカゲが笑うとこういう顔になるのか、と思わず感心した。
「アホが。人間ごときが俺様と対等に戦えると思うなよ」
そう言うとアラドラコは口を大きく開くと、ドッジボール大の火の玉を吐き出した。
火の玉は重力に引っ張られ自由落下し、冒険者たちから少し離れた場所に落ちた。
着地と同時に、ダイナマイトが爆発したような爆音と衝撃に襲われた。
爆発を免れた冒険者たちも、衝撃と飛び上がった土砂を受けて悲鳴を上げながら紙くずのように吹っ飛ぶ。
儂のすぐ側を、金属鎧を着た冒険者がバケツを転がしたような音をさせながら地面を転がっていった。
「拙いのう。このままでは一方的に蹂躙されるだけだ」
とはいえ、敵は手の届かない上空にいる。弓矢も魔法も届かないのなら、徒手空拳の自分にはどうすることもできない。
地上で歯噛みをする儂に向けて、アラドラコが再び火の玉を吐き出す。その姿はB21が爆弾を投下するのを想起させた。
かつて見た悪夢の再来に、思わず動きが止まる。
その僅かな時間の無駄のせいで、完全に逃げ遅れた。
「しまった――」
最早これまでか、と覚悟を決める。
明日も投稿します。




