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緊急事態

     ◇

 中庭から建物内に戻ると、耳をつんざくような歓声が上がった。


「すげえ! 合格しやがった!」


「ギルド登録二日目で中級昇級かよ!」


「最速中級昇級記録樹立だな!」


 窓から試験の様子を見ていたのか、ギルド内にいた他の冒険者たちが大興奮で群がって来る。


 その人混みの向こうで、一人腕を組みながら壁にもたれて満足そうに頷くドグマ。


「やったな。俺も誇らしいよ……」


「いや、お前さんは何もしてないだろう」


「待て待て! お前に昇級試験を受けさせるようにギルマスに打診したのは俺なんだぞ!」


「そうなのか?」


 儂と一緒に人混みに揉まれているオーサに問う。


「そうだ。とんでもない奴が現れた、と言うから話を聞いてみたら、とてもではないが信じられない話ばかりでな。しかしギルドカードを確認した職員もいるし、とりあえず試験ぐらいはしてもいいだろうという気持ちでやってみたのだが……」


 そこでオーサは大きく溜息をつくと、にやりと笑って言う。


「本当にとんでもない奴が現れたもんだ」


 その言葉に、冒険者たちがどっと沸く。


「よっしゃ、お祝いしようぜ!」


「宴会だ宴会!」


「もちろんギルマスの奢りでな!」


「おいちょっと待て! 勝手なこと言うな!」


 素で慌てるギルマスの姿に、再び場が笑いに包まれる。


 だが楽しい空気をぶち壊すように、入り口の扉が乱暴に開かれた。


「た、大変だ!」


 冒険者たちの視線が一斉に集まる。そこには、息を切らし全身に汗をかいた男が立っていた。


「どうした!?」


 オーサの問いに、男が肩で息をしながら答える。


「この街に魔物が接近しているとの情報が入りました」


「なにぃ!? 数は!?」


「それが……一匹です」


「一匹だと!?」


「見張りの報告によりますと、上級クラスの魔物の可能性があります」


 オーサの呆れた顔は、神妙な顔をした男の言葉で凍りついた。


「な……!?」


 上級クラスという単語に、それまでこのやり取りを見守っていた冒険者たちが一斉にざわつく。


「上級クラスだと……」


「どうしてそんな魔物がこの街に」


「おい、今このギルド内に上級以上の奴はどれだけいる!?」


 オーサに尋ねられ、ギルド職員は暗い顔になる。


「上級以上の冒険者は……生憎ギルマス以外は一人もいません」


「上級以上の冒険者とは、そんなに数がおらんのか?」


 儂の疑問に、マリンが困り顔で答える。


「そもそもこの街は、周囲に住む魔物が弱いので初心者冒険者が集まる街なんですよ。でも弱い魔物を倒しても安い報酬しか出ませんから、中級になったら稼ぐためにみんな他の街に行くんです。なので強い冒険者が万年不足しているのが常々問題になっていたんですが……」


 で、問題を先送りにしていたツケを今払わされとるというわけか。


「とにかく緊急クエストを発令しろ! この際レベルは問わん。我こそはと思う冒険者は、今すぐ街の外に集まれ! 相手は上級の魔物だ、もし討ち取れたら高額報酬は確実だぞ!」


 オーサが緊急クエストを発令すると、冒険者たちは「応!」という掛け声と共に我先に外に出て行った。だが自信がなくその場に留まる冒険者も半々といったところか。この分だと、総勢二十人集まるかどうかだな。


「儂らはどうする?」


「中級といってもライゾウさんはたった今昇級したばかりですから、行かなくても誰も文句は言いませんよ。なのでここで大人しくしていましょうよ」


「お前さん、自分が行きたくないだけではないのか?」


「ソンナコトハアリマセンヨ」


 目を泳がせ、尖らせた唇からスースー息を吐くマリン。口笛を吹いているつもりなのだろうがまったく吹けていない。


「では行くか」


「うぇ~……」


「面白い顔をするでない。それに聞いただろ。もし倒せたら高額報酬は確実だと。金を稼ぐチャンスだぞ」


 それに上級魔物とやらと戦ってみたいしな。


「わたしは一攫千金を狙って命を危険に晒すより、小さな仕事をコツコツ積み重ねて地道に稼ぐタイプなんですよ~……」


「若いモンが夢のないことを言うな。グダグダ言わずにさっさと来い!」


「やだ~…………」


 泣きそうな顔のマリンの襟を掴むと、引きずるようにして外に出た。


明日も投稿します。

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