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審査結果発表

     ◇

 デカンナが女だという衝撃の告白があったりしたが、銭湯を出た儂らは冒険者ギルドに戻ってきた。


 ひとっ風呂浴びて身も心もさっぱりしたはずなのに、朝とは打って変わって空気が重い。当然だ。デカンナとアルチュがどれほど戦力になるか試してみたら、戦力どころかお荷物にしかならないことが判明してしまったのだから。


 しかも二人とも。


「さて……」


 前回と同じテーブルに陣取り注文を終えると、とりあえず今回の反省点を挙げることにした。


「まずはデカンナ」


「はい……」


「攻撃が当たらないのはわかった、いったいどういう理屈なんだ」


「どうと言われても、当たらないとしか言いようがないのだが……」


 デカンナは口ごもるが、はっと何かに気づくとどこからか一枚のカードを取り出した。


「口で説明するより、これを見てもらった方が早いだろう」


 見れば、それはギルドカードであった。


「儂も持っているが、これがどうした?」


「裏のステータスを見てもらえればわかる」


「ステータス? ああ、なんか数字があれこれ書いてあったな」


「きっと攻撃力の項目のことを言っているんだと思います」


 そう言うとマリンは、神妙に「拝見します」と言ってデカンナからギルドカードを受け取った。


「どれどれ……ん?」


 ギルドカードの内容を追っていた目がぴたりと止まると、マリンは一度カードをテーブルに置いて目をこすり始めた。


 そして改めてカードを手に取りもう一度見て、やはり視線がある一点で止まる。


「あの……防御力が異常な数値なのに対して、攻撃力がゼロなんですけど……」


「ゼロ? ゼロだとどうなるんだ?」


「文字通り攻撃力がない――つまり攻撃ができないということじゃないでしょうか……」


「その通りだ。わたしは敵に攻撃することができない」


 攻撃できない。そんなことが本当にあるのだろうか。鍛えすぎて最早目を瞑っていても敵を攻撃できる儂には到底理解できない話だ。


「しかし、いくらなんでもゼロというのは……。どんな数値もレベルが上がれば少しは増えるものでしょう」


「わたしの場合、レベルが上がっても攻撃力だけはまったく増えなかった。けれどその代わりであるかのように、防御力が人の何倍も増え続けた。なのでいっそのこと攻撃を一切捨て、防御のみに専念することにしたんだ」


 そういえば、デカンナは最初に会った時から両手に巨大な盾を持ち、武器の類を一切身につけていなかった。それは、武器を持っても意味がないからなのか。


「防御のみって、攻撃しないでどうやって今までやってきたんだ」


「それは、今まで見てきた通り、盾をこうやって合わせて……」


 そう言ってデカンナは顔の前で両の二の腕を重ね、盾を合わせる真似をする。


 なるほど。そうやって鉄壁の如く守りを固めて――


「ってオイ。盾の中に隠れるだけか」


「そうだ。小一時間もそうやって篭もっていれば、たいていの相手は嫌気が差して帰ってくれる」


 アルマジロやダンゴムシみたいな奴だな。


「けどこの間は多数のゴブリンに丸ごと運ばれて巣に連れ去られちゃいましたよね」


 マリンがツッコミを入れると、デカンナは「いやあ、あんなことは初めてで驚いた」と呑気に照れながら頭を掻いた。


 なんとまあ……。なりがデカくて強そうだから使えると思ったが、どうやら期待はずれだったようだ。攻撃が一切当たらないのでは、仲間に入れてもすぐに三行半を突きつけられるだろう。その結果できたのが、あの引き篭もりのような戦法だ。自分独りならどうとでもなるだろうが、仲間にするには使い勝手が悪すぎる。


「では次、アルチュ」


「はい……」


 やけにしおらしく返事をするアルチュ。ひとっ風呂浴びてすっかり身ぎれいになった上に、酒が抜けたせいだろうか。素面の彼女はまるで人形のようだった。


「お前さん、どうして無抵抗のまま食われてたんだ」


「聖職者でも基礎的な戦闘訓練は受けているはずですよね」


「まあ一応、それなりには……」


「だったらどうして」


「それは……その……」


 アルチュの声は小さく、どうにも煮え切らない。こいつ、こんなに消極的だったっけ?


「今日戦えなかった理由でもあるんですか?」


 宗教的な理由でもあったのだろうか。聖職者だからそもそも殺生がタブーというのはありそうだ。


 何だか悪戯をした児童を叱っている小学校の先生みたいな気分に辟易していると、女給が先ほど注文したものを持ってきた。


「お待たせしました」


 女給が注文したものを各々の前に並べていく。


 アルチュの前には酒が置かれた。そういえば、流れるように酒を注文していたのでまったく違和感を憶えなかったが、コイツいつも酒呑んでるな。


 アルチュはいつものようにすぐに呑み干すかと思ったが、両手で挟むように持ったままじっと視線を注いでいる。


 やがて静かに語り始めた。


「わたしは、お酒を呑まないと何もできないのです」


 ぽつぽつと呟くように話すアルチュの声は、説明というよりは懺悔のようだった。


「いつからこうだったのかはもう思い出せませんが、とにかくわたしがリベリア様の御声を聴き、神の御業とも言える奇跡を代行できるのは、決まってお酒に酔っている時なのです」


「つまり、酔っていないと神聖魔法が使えないというわけですか?」


 マリンの問いに、アルチュは小さく頷く。


 神聖魔法とは、神官が神の声を聴くことによって神の奇跡を代行することらしい。代表的なのが治癒や解毒で、高名な司祭級になると死んだ人間を蘇生できるそうな。


「リベルタス教の教えは『自由であれ』。わたしの場合、お酒を呑んでいる時が一番自由な時なのでしょう」


 そう言うとアルチュはようやく手に持っていたグラスを口に運ぶ。ひと息で飲み干すと、白磁のような顔に赤みが差してきた。何となく、こちらの方が人間味がある。


 アルチュの神聖魔法がどの程度のものなのかは知らないが、酒に酔っていないと使えないというのは少々不便だ。


 攻撃が当たらず防御しかできない戦士に、酒を飲まないと魔法が使えない神官か。


 さて、どうしたものか……。いや、考えるまでもないか。儂らの旅は生半可なものではない。ただでさえ危険極まりないのに、使えない奴を仲間に入れてこれ以上のリスクを抱え込む必要はどこにもない。見えている地雷を踏む馬鹿はいないのだ。


 それにどうせこの二人、その使えなさのせいでこれまで仲間なったことなど一度もなさそうだしな。


 よし、審査終了。


 後は二人に結論をハッキリと伝えるだけだ。


 だが結論を言う前に、儂らのテーブルにギルド職員がやって来た。


「ライゾウさんですね。ちょっとお話よろしいですか?」


 ちらりとデカンナの方を見ると、お構いなく、とこちらの要件を優先してくれた。


「儂は構わんよ」


「それでは、単刀直入に申し上げます。ライゾウさん、昇級試験を受けてみませんか」


「昇級試験?」


「はい。本来なら加入したばかりのライゾウさんにはまだ早いのですが、先日のゴブリンシャーマンとオークキング討伐の件で、特別に昇級試験を受けられることとなりました」


「すごいですよライゾウさん。昨日の今日でもう中級に上がれるなんて」


 マリンが目を輝かせながら、儂の肩をガクガク揺さぶってくる。


「中級になれば何か良いことでもあるのか」


「当たり前ですよ。中級になれば受けられる依頼の難易度が上がりますが、その分報酬も高額になるんです」


「それだけではありませんよ。中級以上になれば冒険者として一人前だと認められますから、この街以外のギルドでも依頼が受けられるようになります」


 ギルドカードには身分証明書の役割もあり、他の街に入る際に門番や守衛に提示することがある。その時下級と中級では待遇や審査を受ける時間に大きく差が出ると職員が補足する。


「受けた方が得なのか。では断る理由はないな」


「けれどあくまで試験ですので、不合格になる場合もありますよ。その時はまた規定に基づいた依頼量をこなしてから再試験を受けてもらうことになります」


「わかった。それで、試験の内容は?」


「当ギルドのギルマスと戦ってもらいます」


「なんだそんなことか。筆記試験だったらどうしようかと思ったわい」


 なにせ試験と名のつくものをするのは、尋常小学校以来だからな。


「それでは本日これから試験開始となります。こちらにどうぞ」


 職員に促され席を立とうとするが、その前に。


「すまんがちょっと野暮用ができた。話の続きは終わってからで構わんか?」


「大丈夫ですよ。それより試験、頑張ってください」


「おう、任せろ」


 デカンナに向けて親指を立てる。アルチュはいつの間にか、おかわりを注文していた。


明日も投稿します。

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