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冗談はよしこさん

     ◇

 再び冒険者ギルドに戻って反省会を開く前に、儂らは公衆浴場にやって来た。


 どうして銭湯なのかと言うと、ジャイアントワームの粘液まみれになったアルチュと、ジャンボオケラにじゃれつかれて土まるけなデカンナが体を洗って服を着替えたいと申し出たからだ。


 確かに薄汚れた格好のままギルドに戻るのも迷惑だろう。それに儂も戦って汗をかいたからひとっ風呂浴びたかったし、ちょうどいい機会なので一緒に来た。


「で、何でお前までいるんだ」


 儂は何食わぬ顔で隣にいるマリンに視線を向ける。


「何でって、お風呂に入りに来たに決まってるじゃないですか」


「お前、今回何もしとらんだろ。働いてない奴に風呂に入る資格はないぞ」


「いいじゃないですか。わたしだってお風呂入りたいですもん」


「風呂なんて二三日入らんでも死にゃあせんわい」


「女の子は死ぬんです!」


 女の子って歳か。それに風呂に入れるほど金に余裕あったんかい。


 ぶつくさ言う儂をよそに、マリンはアルチュと一緒にさっさと女湯の扉を開けて入って行った。


 銭湯の入口に儂とデカンナが取り残される。しかしこいつは未だに全身フル装備なのだが、このまま風呂に入るつもりなのだろうか。いや、まさかな。


「やれやれ……。儂らも入るとするか」


「では、わたしは――」


「おい、どこへ行くんだ。そっちは女湯だぞ」


 しれっと女湯の扉に向かうデカンナの腕を掴んで止める。


「いえ、ですから……」


「馬鹿もん。いくら好きものでもそんな風に堂々と覗く奴があるか。こういうのはもっとコソコソやらんと風情がないだろう」


「は?」


「まあいい。それより覗きなんか後にして、さっさと入るぞ」


「いえ、あの、ちょっと……」


 ごちゃごちゃと抵抗するデカンナの首に腕を回し、力づくで男湯の方へと引っ張る。


 だが二つで一〇〇㎏以上の盾を持ちつつ全身鎧姿で平然と動き回るデカンナは、単純な力では儂よりも上だ。地面に足で溝を掘りながらじりじりと引きずっていると、ばん、と女湯の扉が勢いよく開いてアルチュが飛び出してきた。


「ら、ライゾウさん。それ以上、いけない」


 一度脱いだ服を慌てて着直したのか、アルチュは肌着の襟ぐりから左腕を出している。


「アルチュさん、いきなり飛び出してどうしたんですか」


 後からマリンが出てきて、あられもない恰好のアルチュに自分のマントを羽織らせる。


「どうした。そんなに慌てて」


「ライゾウさん、デカンナさんを男湯に連れて行ってはいけません」


「どうしてだ。男同士裸の付き合いってのも悪くないだろう」


「誤解されているようですが、デカンナさんは女性なのですよ」


「は?」


「え?」


 儂とマリンが同時に素っ頓狂な声を上げる。


「ははは、冗談はよしこさんだ」


「誰ですかよしこさんって。それに冗談ではないですよ」


 信じられないという儂とマリンを見て、アルチュは溜息をつく。


「仕方ありませんね。一回見るのは百回聞くより強いと言いますから、見せてあげなさいデカンナさん」


 アルチュに促され、渋々といった感じでデカンナは兜に手をかける。


 頭部をすっぽりと覆う兜がゆっくり引き上げられると、赤銅色をした首と顎が現れる。


 それから俯いて兜を脱いでいくと、まるで細い銀糸のような髪がさらりとこぼれ落ちた。


「わあ……」


 マリンが感嘆の声を上げる。


「こいつはたまげた」


 儂も思わず息を呑む。


 兜の下から現れたのは、武骨な鎧からは想像もできないような美女であった。


「……これで納得してもらえたか」


 さっきまでくぐもって聞こえていた声は、邪魔な兜がなくなることによって本来の美しさを取り戻す。


 まるで小鳥が囀るような軽やかで涼しげな声は、聴いているだけで心も体も癒されるようだ。


 さすがにここまで見せられてしまえば、認めざるを得ない。デカンナは女だ。しかもとびきりの。


 だがそうなると、自然と疑問が湧いてくる。


「どうして鎧兜で隠しているんだ」


 それだけ整った見目なら、外に出しても何も恥ずかしくないだろう。たとえ見せびらかしとしても、誰も文句は言うまい。特に女ならなおさらだ。多少治安が悪い世界だとしても、美女で損をするということはないだろう。


 だがデカンナは、恥ずかしそうに両手で持った兜をじっと見ている。きっと早くそれを被って顔を隠してしまいたいのだろう。


「……とりあえず、もう兜を被ってもいいぞ」


 そう言うと、デカンナは待ってましたとばかり兜を勢いよく被った。


「わたしは別に自分が女であることを隠しているつもりはない」


「ほう、そうなのか。それにしては、執拗に素顔を晒すことを避けているようだが」


「それは……」


 兜で隠されているが、デカンナが逡巡しているのがわかる。


「わたしの故郷はとある山岳地帯なのだが、その村では男も女も関係なくみな戦士なのだ。だがわたしは知っての通り、攻撃が当たらない。戦士だけの村で、戦いの役に立たないわたしに居場所はなかった。だから村を出て当てもなく彷徨い――」


「わたしと出会って、一緒に旅をしていたのですよ」とアルチュ。


 村を追い出された戦士と、厄介払いされた神官。


 似たような境遇の二人が意気投合するのは、必然だったのだろう。


「そこから先は、二人も知っての通りだ」


 乗り合わせた馬車がゴブリンに襲われ、連れ去られた廃坑の中で儂らと出会った。


 少し前の記憶を思い出していると、デカンナがぽつりと呟いた。


「わたしが常にこの姿なのは、せめて恰好だけでも戦士でいたいという願望なのかもしれないな。実力が伴わないにしても、見た目ぐらいは村のみんなと同じでいたいという……」


「そうか」


 デカンナが鎧兜を脱がないのは劣等感と、それでも故郷のみなと同じでいたいという郷愁が複雑に混ざり合ったものなのだろう。


「お前さんの事情はわかった。この話はここまでにしよう」


「そうしてくれると助かる」


「それじゃ、みんなでお風呂に入りましょうか」


「そうだな」


「ではライゾウさん、お一人でごゆっくり」


 マリンはにっこり笑顔でそう言うと、デカンナとアルチュを連れて女湯へと消えていった。


 その後、のんびりと湯に浸かって銭湯を出たら、三人をずいぶんと待たせたようでマリンに「お年寄りのお風呂は長いから困る」と嫌味を言われた。


明日も投稿します。

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