デカンナとアルチュ、テストを受ける
◇
王都を出ると、見渡す限り農地が広がっている。生前武者修行で渡米した際、狭い日本とは比べ物にならない大規模農園を見たことあるが、これはそれを彷彿とさせる風景だった。
高く分厚い城壁に囲まれた内部と違い、壁の外にある農地は獣だけでなく魔物の害にも悩まされている。今回の依頼にあったジャイアントワームとジャンボオケラもその一つらしい。
「着きましたよ」
依頼書を片手に先導していたマリンが立ち止まって振り返る。場所も近いと言っていたが、本当に近くて歩いて二十分ほどで着いてしまった。
「本当にこんな所に魔物が出るのか」
「出ますよ。だから冒険者ギルドに依頼が来るんじゃないですか」
「しかし、そんなに頻繁に魔物が出るのなら、農家の人も農作業どころじゃないだろう」
「確かに農作業どころじゃないですが、それほど大げさなことじゃありませんよ」
いや、魔物が出たら一大事だろうに。などと思っていると足元に違和感。いや、これは地震か?
「おい、気をつけろ。地震だ」
「違いますよ。ホラ」
マリンが冷静に指差す方向を見ると、その先にある畑の土が見る見る盛り上がる。
「何だあれは」
地面から顔を出したのは、巨大なオケラだった。しかしそのデカさは尋常じゃない。普通のオケラなら体長数センチだが、そいつは二メートルぐらいの大きさがあった。
「なるほど。だからジャンボオケラか……」
となると、もう片方のは――
すると儂の思考を読んだかのように、隣の畑から太さ一メートル体長五メートルもある巨大なミミズが出てきた。これがジャイアントワームか。
「さあ出てきましたよ。さっさと五体倒して、報酬をいただきましょう」
ぐっと右のこぶしを握り締め、マリンが力説する。
デカいとはいえオケラとミミズだ。二人なら何とかなるだろう。
「ではデカンナにはあっちのジャンボオケラを。アルチュには向こうのジャイアントワームを倒してもらおうか」
「わ、わかった……」
「……承知」
緊張した声でそう言うと、デカンナは両手に持った巨大な盾をがつんと打ち鳴らしてジャンボオケラの方へ。アルチュはさっき飲んだ酒が歩いたせいですっかり覚めたのか、若干腰が引けながらも足取りはしっかりとジャイアントワームの方へと向かった。
本当に大丈夫だろうか……。
「大丈夫ですよライゾウさん。どちらも大きいですが、人を殺すような凶暴な魔物ではありませんから」
「それなら安心だが、だったらどうして農家が自分で退治せんのだ」
「それは――」
マリンの声は、爪で鉄を引っかくような不快な音にかき消された。
「何だこの音は!?」
「ライゾウさん、あそこです!」
見れば、ジャンボオケラが地面を掘るその大きな爪で、デカンナの盾を引っかいていた。
互いに二メートルを超える巨体がぶつかり合う姿は圧巻であったが、いかんせんオケラが盾を引っかいてじゃれているだけなのでイマイチ緊張感がない。
「おい、いつまでオケラと遊んどるんだ。さっさと攻撃せんかい」
「それが……実は……」
デカンナがぼそぼそと小声で何か言うが、黒板を引っかくような気色悪い音に邪魔されてよく聞こえない。
「え!? 何だって!?」
「わたしは防御には自信はあるが、攻撃はまったく駄目なんだ!」
「はあ!?」
一方その頃、ジャイアントワームと対峙していたアルチュは、マハトマ・ガンジーもびっくりの無抵抗主義を発揮し、頭から飲み込まれていた。
「ライゾウさん! こっちに来てください、早く!」
マリンの悲鳴で振り向けば、アルチュがジャイアントワームに膝の辺りまで飲み込まれている。
マリンが必死になってアルチュの足を掴んで飲み込まれるのを阻止しようとしているが、蛇腹の体がもぐもぐと蠕動するたびに確実にアルチュの体が飲み込まれていく。
「まずい!」
儂が慌てて二人のもとへ向かうが、それよりも早くアルチュの体はジャイアントワームの中へと消えてしまった。
「しまった!」
「あ~あ、飲み込まれちゃいましたね」
「お前、そんなあっさりと……」
いくら知り合って間もない他人とはいえ、目の前で人が魔物に食われたんだぞ。さすがにそれは薄情が過ぎるだろう。
だがマリンはけろっとした顔で、手についた土を払うと、
「大丈夫ですよ。ホラ」
アルチュを飲み込んだジャイアントワームを指差した。
「ん?」
見ると、ジャイアントワームの腹がちょうど人間一人分くらい膨らんでいる。恐らくあそこにアルチュがいるのだろう。このまま放っておくと胃で消化され、骨も残らないかもしれない。
「ジャイアントワームのエサは土に含まれる養分で、他のものはすぐに排出されるんですよ」
「何だ、それを先に言わんか」
アルチュが死んだわけではないとわかってほっと胸を撫で下ろすが、ふと気づく。
「おい、排出されるって……」
「もちろん、お尻からです」
「うわぁ……」
儂がドン引きしている間に、異物と判断されたアルチュがジャイアントワームの排泄孔から排出された。アルチュは全身がぬるぬるとした粘液にまみれているだけで、どこにも怪我はなさそうだ。だが体は無事でも心に大きなダメージを負ったようで、声を殺して泣いている。
「だから言ったじゃないですか。どっちも人を殺すような凶暴な魔物じゃないって」
確かに危険はないが、かといってまったく無害ではない。無害どころか魔物に飲み込まれてケツから出されるなんて、普通に食われるよりも厄介じゃないか。
そこで儂は理解した。どうして農家が自分たちでこの魔物たちを退治しないのか。
命の危険はないが、下手をしたら死ぬより厄介な目に遭う。だったら金を払って冒険者に任せた方がいい、というわけだ。
「なるほどねえ」
「それよりもライゾウさん、デカンナさんは助けなくていいんですか?」
そういえば、マリンの悲鳴に慌ててこっちに駆けつけたが、デカンナを放っておいたまんまだった。
見れば、デカンナは相変わらずオケラにじゃれつかれている。さっき攻撃がまったくできないと言っていたが、それが本当ならこのまま放っておいたらいつまでもああしているだろう。
「やれやれ……」
溜息をつくと、儂は『土蜘蛛』を放ってジャンボオケラとジャイアントワームを始末した。
結局、残り三体の魔物も儂が倒した。
明日も投稿します。




