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冒険から一夜明けて

     ◇

 初冒険のゴブリン退治から明けて翌朝。


 宿屋の一階で朝飯を食っていると、まだ眠そうなマリンがあくびをしながらやって来た。


「おはようさん」


「おはようございます……ってもう朝ご飯食べてるんですか」


「そりゃ儂は日の出と共に起きたからな。朝飯前に軽くこの辺りを散歩してきたぞ」


「あれだけの冒険の後でどうして早起きできるんですか。やっぱり中身がおじいちゃんだからですかね」


 寝癖のついた頭で失礼なことを言いながら、マリンは儂の向かいの席に座る。


 まだ完全に目が覚めないのか、テーブルに顎を乗せてまどろんでいるマリンの顔の前に、先ほど注文した飲み物が置かれた。


「なんだ、それしか頼まんのかったのか」


「わたし、朝は弱くていつも食べないんですよ」


「なに? それはいかん。朝飯は一日の基本だぞ」


 渋るマリンの前に、果物盛り合わせの載った皿を押し出してやる。朝は無理にでも食った方がいい。


 二人で果物をつっつきながら、今日の予定を話し合う。


「今日はどうするんだ?」


「昨日仕事したので今日はお休み――と言いたいところですけど、さすがに五万マニーでは心許ないですからねえ」


「少ないのか?」


「少なくはないですが、多くもないですね。二人だと五日もしたらなくなって、馬小屋暮らしになっちゃいますよ」


 マリンにあれこれ質問してわかったが、どうやらこの世界の通貨はマニーといい、一マニーはだいたい日本の一円と思って問題ないようだ。


 ということは、昨日のゴブリン退治の報酬が五万円。これも相場がわからないので高いのか安いのかわからんが、一つだけ言えるのは残金が二人で五万円と装備を売った残りでは心許ない。


「では今日も仕事探しか」


「そうですね。ギルドに行ってみましょう」


 朝食を終えると、儂らは冒険者ギルドへと向かった。


 ギルドの中には、朝っぱらだというのに十人ほどの冒険者の姿があった。皆入り口近くの掲示板の中から自分たちの力量に合った仕事を見繕っている。


 その中にドグマの一際目立つ姿があった。


 ドグマは儂らの姿を認めると、片手を上げて挨拶をしてきた。


「お、今日も仕事を探しに来たのか。感心感心」


「そういうお前さんも、朝からギルドに来てるとは仕事熱心なことだ」


「俺のは仕事探しじゃない。いつ危なっかしい新人が来るかわからないから、こうやって待ち構えてるんだ」


「いつも儂らの時みたいに新人に絡んでは冒険についていってやってるのか?」


「まあな」


「それが仕事なのか?」


「いいや、趣味だ」


「そうか……」


 まあ別に誰かの迷惑になっているわけでもなし、本人が満足しているのなら放っておくか。


 ドグマに別れを告げ、仕事を探しに掲示板の方へ向かおうとする儂らに声をかける者がいた。


「おはようございます」


「おう、あんたたちは――」


「昨日はお世話になりました」


 丁寧に礼を言ってきたのは、デカンナだった。昨日と同じように全身隙間なく鎧で固め、両手には壁のような金属製の盾を持っている。ギルドの中でも兜を取らないのは、大した気合の入りようだ。


 その隣に金髪の女性が立っているが、心なしか顔色が悪い。色白の肌から血の気が引いて、まるで死人のようだ。


「そっちのは?」


「アルチュですよ」


「そんな顔だっけ?」


 まあ薄暗い洞窟の中だったし、ずっと寝ていたからよく憶えていないが、こんな地獄の責め苦に耐えているような顔をしていただろうか。


「宿酔いだそうです」


「……さよか」


 デカンナに促されアルチュが儂らに頭を下げるが、下を向いて気分が悪くなったのか「うぇぷ……」という怪しい声と共に口を両手で押さえる。


「おいおい大丈夫か」


「だ、大丈夫です、お気遣いなく。それよりも、昨日は大変お世話になったようで。お礼が遅くなって申し訳ありませんでした」


 酔い潰れて寝ている時はおかしな奴だと思っていたが、酒が抜けると案外まともなようで安心した。


「しかし、見たところ聖職者っぽい出で立ちなのに、昨日はどうして酔い潰れていたんだ」


「それは――」


 アルチュの言葉より先に、マリンが質問を差し込む。


「もしかして貴方、リベルタス教の人?」


「あ、はい。そうですが、よくわかりましたね」


「何だ、そのなんとか教って」


「その……」


 儂の問いに、マリンは目の前のアルチュを憚るようにこそこそと耳打ちする。


「リベルタス教はマイナーな宗教なんですけど、ちょっと教義が厄介なんです」


「ほう」


 マリンが言うには、この世界は主神ユーリス・ディカティオを崇めるユーリス教というのが主な宗教で、ほとんどの人間が大なり小なり信仰している。特に倫理や正義を重んじる教義は、人々のモラルや民度の向上に役立っているという。


 対してアルチュが信仰するリベルタス教というのは、女神リベリアを崇拝するマイナー宗教である。しかしこの世界も信仰の自由が保証されているので、彼女がどんな神を信じようが全く問題はない。


 ただ問題なのは、リベルタス教の教義である。


 リベルタス教の教義は単純明快。シンプルに二つだけ。


 まず一つが、『自由であれ』。


 他人に迷惑をかけなければ、どれだけ自由であっても良いというのがリベルタス教の教義だ。なのであの日、彼女は自身が崇める神の教義に基づき、求めるままに真っ昼間から酒を飲んで酔っ払い、馬車の中で寝ていたという。そこをゴブリンに襲われ、後は言わずもがなである。


 そして二つ目が、『魔族滅ぼすべし』。


 単純ながらどことなく狂気を孕んだ印象があるが、神に敵対する魔族を憎悪するのは宗教として間違ってはいないだろう。


 しかしながら――


「ギリギリセーフだがほぼ邪教だな」


「そうなんですよ。おまけにマイナーで信者の数が少ない割に、信仰心と信者個人の戦闘力だけは他のどの宗教よりも高いのがまた厄介なんです」


 聞けば、リベルタス教の信者には頭のおかしいいかれた人間が多いそうだ。特に二つ目の『魔族滅ぼすべし』を実行するべく、常軌を逸する鍛錬で己を鍛えた一騎当千の強者が多いらしい。おかげで少規模のマイナー宗教ながら、他の宗派が手出しできないという。これではまるで宗教団体というより戦闘民族だ。


「で、これからあんたらはどうするんだ?」


「その件で少し話がある」


 そう言うとデカンナは周囲を見回し、ギルド内で飲食ができるテーブル席を指した。


「立ち話もなんだし、良ければあちらでお茶でもしながらどうだろう」


「わかった」


 誘いを受け、手近なテーブルに座る。


 注文を取りに来た者に茶を頼むと、マリンとデカンナもそれに倣う。アルチュだけがさも当然といった感じで酒を頼んだ。


 儂の視線に気づくと、アルチュは青い顔をしつつも真面目な表情で言う。


「なんですか? 朝から酒を呑んではいけないという法でもあるんですか? それに宿酔いには迎え酒が良いと言うではありませんか。女神リベリアだってお許しになりますよ」


「セリフが完全に酒でダメになった奴のアレだな」


「ダメってどういう意味ですか? そりゃ確かにわたしは少々お酒を嗜みますよ。けど前いた教会では司祭様に『誰よりも教義に忠実な素晴らしい信者の貴方には、この教会は狭すぎる。なので世界を巡って布教をして欲しい』と言われたぐらい優秀なのですよ」


「それって体よく厄介払いされたんじゃ……」


 マリンが反射的に思ったことを口に出すのを、厳しい視線を向けて嗜める。


「しっ、黙っておれ。世の中には本当のことでも言ってはならんことがある」


「え? わたし、厄介払いされたんですか……?」


「それより、話というのは何だ」


 少なからずショックを受けているアルチュはさておき、話を本来の方向に戻すべくデカンナに水を向ける。


「実は、折り入ってお願いがあります」


「お願い?」


「わたしとそこのアルチュを、ライゾウ殿のパーティーに加えていただきたい」


「パーティー? 確かに儂らは昨日初仕事を終えたが、別にお祝いなどせんぞ」


「違いますよライゾウさん。パーティーというのは仲間のことです。このお二人は、わたしたちと仲間になって一緒に冒険をしたい、と言っているんですよ」


「なるほど。儂は別に構わんぞ」


「えっ!?」


 儂の即決に驚いたマリンが、慌てて儂に耳打ちしてくる。


「駄目ですよライゾウさん。勝手に仲間を加えては」


「何かまずいかのう?」


「わたしたちは極秘に魔王討伐の任を受けているんですよ。それなのに部外者を加入させてどうするんですか」


「ということは、儂とお前さんだけで魔王とやらを倒すのか?」


「それはもちろん……あれ?」


 そこでようやく気がついたのか、マリンははっとする。


「ちょっと……無理っぽいですね」


「魔王とやらがどんな魔物なのかは知らんが、二人だけで倒せるような簡単な相手なら苦労はせんだろう」


「確かにそうですけど」


「それに、この先ずっと二人きりで旅をするより、多少仲間を増やした方が何かと楽になるのではないか? 魔王にたどり着くまでには、様々な魔物と戦うことになるだろうし」


「けど、それだと機密が……」


「そんなもん放っておけ。それよりも、儂らが魔王と戦うと知って、それでも仲間になってくれるような酔狂な者がいるかどうかの方が問題じゃわい」


「だったらどうすれば……」


 機密保持と使命感の板挟みに会い、マリンが頭を抱える。宮仕えが骨の髄まで染み込んでいるのか、若いのに頭が固い奴だ。


「そうだな……。とりあえず魔王云々はぼかしておいて、ある程度気心が知れたところで真相を明かすというのではどうだ」


「それって、相手を騙すみたいで卑怯ではありませんか?」


「嘘も方便と言うだろう。それにいきなり真相を告げて、断られたらどうするんだ。黙っておいてくれと頼んだところで人の口に戸は立てられんから、いずれは人口に膾炙するだろうて」


「……わかりました。ではその方向で。けど、なるべくなら優秀な人材を確保してくださいね」


 自分のことを棚に上げてよく言うわい。


「大丈夫、儂に任せろ」


「あの、ライゾウ殿……何か問題でも?」


 長らく密談をしていた儂らを不審に思ってか、デカンナが恐る恐る問いかける。


 儂は相手の不審感を払拭するように、わざとらしく咳払いを一つ。


「ではモノは試しに一度一緒に冒険に出て、お互いのことをよく知るというのはどうだろう」


「それは是非」


「異議なし」


 デカンナとアルチュが賛成したので、善は急げと儂らは依頼受付のカウンターまでやって来た。


「今日はどういった、あら――」


 儂の顔と背後に立つ二人を見て、受付嬢は一旦言葉を止める。だがすぐに笑顔になると何事もなかったかのように続けた。


「失礼しました。今日はどういったご用件でしょう?」


「手頃な依頼はあるかのう」


「それでしたら、こちらはどうでしょう」


 そう言って提示されたのは、魔物の討伐依頼だった。


「ジャイアントワームとジャンボオケラ五体の討伐依頼ですか」


 ごく自然にマリンが儂とカウンターの間に滑り込む。


「場所も近いし、報酬も悪くない。これにしましょうよライゾウさん」


「別に構わんが、ジャイアントワームとジャンボオケラってなんじゃ?」


「どちらも農地を荒らす悪い魔物ですが、さほど強くないので初心者にはオススメなんですよ」


 あまり説明になっていないが、初心者でもできる依頼なら即席チームの儂らでも何とかなるだろう。


「お前さんたちもこれでいいか?」


 儂の問いに、二人は神妙に頷く。


「よし。ではこの依頼を受けよう」


「ありがとうございます。では、お気をつけて行ってらっしゃい」


 笑顔でそう言うと、受付嬢はぺこりと頭を下げた。


明日も投稿します。

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