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デカンナとアルチュ

     ◇

「これだけのゴブリンを一瞬で……?」


 土の壁から解放されたマリンが、目の前に広がる前衛芸術みたいな光景の説明を受けて目を丸くする。


「この数のゴブリンに、一体どうやって狙いをつけたんだ」


 下手をしたら自分も巻き込まれていたかもしれないと思ったのだろう。ドグマが疑問とも非難つかない声を上げる。


「わからん。強いて言えば気配かのう」


「気配?」


「ああ。何となく奴らの気配が掴めたから、それを狙ったんだ」


「何となくって……」


「それはきっと、大地の精霊の加護でしょう」


 呆れるドグマの声を、マリンが遮る。


「どういう意味だ、マリン」


「カイトさんは勇者なので、魔法もそこそこ使えます。だから彼の身体を使っているライゾウさんは、無意識のうちに精霊魔法を使ったのでしょう。現にわたしを閉じ込めた土の壁も、ゴブリンたちを倒した土の槍も土の精霊魔法です」


「魔法を使ったのか、儂が」


 気功だと思ったら魔法だったのか。遂に仙人や達人の域に達したと思ったが、ぬか喜びだったようだ。


「はい。そして精霊はライゾウさんが敵だと認識したものに向かって行くので百発百中です」


「つまり、儂はゴブリンを狙って打ったと思っておったが、当てるのは精霊たちがやってくれたということか」


「そういうことです」


 マリンは頷きつつ、精霊魔法は専門外なので確証はありませんが、と付け加える。


 よくわからんが、自動追尾装置みたいなものだろうか。便利なのは良いことだ。


「おい、今勇者がどうとか聞こえたが……」


「言ってませんよ。ドグマさん耳がおかしいんじゃないですか?」


「……………………」


 カイトが勇者で、魔王討伐の旅に出たという事は国家機密である。なのでマリンは強引に話を締めくくる。


「とにかく、オークキングとゴブリンシャーマンという予定外の魔物がいましたが、これで全てのゴブリンを討伐した、ということでよろしいですね」


「あ、ああ……そうだな。依頼達成だな」


 ドグマに認められ、マリンは安堵したように大きく息を吐く。


「では戻りましょうか。ここは元々鉱山だから、探索しても何もないでしょうし」


「よし。お前ら、冒険者ギルドに帰るぞ」


「いや、待て」


 ドグマの号令を儂が止める。


「どうした?」


「人の気配がする」


「なに?」


「それも土魔法ですか?」


「わからん。だがあっちの方から気配がビンビン来よる」


 そう言って儂は、気配がする方を指し示す。


「俺たちが来たのとは別の道か」


「まだ奥があるんでしょうか?」


「とにかく進もう。勘違いだとしても一応確かめんとな」


 細い道を歩いていくと、洞窟の壁に木の扉が設えてあった。


「気配はここからしよる」


「これは、鉱夫用の部屋か」


「鍵がかかっとるようだな」


「わたしに任せてください。この程度の鍵の解除なら楽勝ですから」


 そう言ってマリンが扉の前に立つと、何やら小声で唱え始めた。


「解錠」


 本人の申告通り呪文を噛まずに言えたようで、キン、という金属音と共に扉の錠が外れる。


 静かに扉を開け、慎重に中を覗いてみる。


 狭い室内には、木の板で作られた二段ベッドが二つ置かれてある。どうやら鉱夫が仮眠するための部屋のようだ。


 問題は、二段ベッド同士の間に鎮座している巨大な鉄の筒だ。鉄筒の高さは天井すれすれまであり、上から中を覗くことはできない。


「何だこのでかい筒は?」


「金属製の煙突……でしょうか?」


「おかしいのう。確かに人の気配が二つしたと思ったんだが」


 拍子抜けした儂がなんの気無しに鉄筒を軽くこぶしで叩くと、除夜の鐘のような音が室内に響いた。


 すると突然鉄筒がゆっくりと左右に別れて開くと、中から全身を隙間なく板金鎧で包んだ何者かが現れた。


「うおっ!?」


 鉄筒と思われたのは巨大で分厚い鉄の盾で、甲冑はそれを両手に持って円筒を作り自分をすっぽりと隠していたのだ。


 それにしてもデカい。ドグマどころか、オークキングに匹敵する身体の大きさだ。


 突如現れた鎧武者に、儂は飛び退って構える。


「何者だ」


 儂の問いかけに、鎧武者は緩慢な動きで盾を開ききると、身体を半歩右にずらす。


 するとその足元に、身を縮めて横たわる女の姿があった。どうやら気配の正体はこの二人のようだ。


 横たわる女は長い金髪が乱れて顔にかかり、ここからではどんな顔をしているかわからない。地面に倒れているのでゴブリンにやられたのかと思ったが、胸元は規則正しく上下しているのでただ眠っているだけかもしれん。服装は教会の尼僧のようにも見えるが、不思議と敬虔とか静粛といった感じがしなかった。


「わたしはデカンナ」


 横たわる金髪女を眺めていると、鎧武者が喋った。兜のせいでくぐもっているので、性別や年齢がまるでわからない声だった。


「こっちはアルチュ」


 自己紹介をするということは、敵意はないらしい。儂は構えを解いて、こちらも敵意がないことを示す。


「デカンナとアルチュか。儂は不破雷蔵。お前さんたちはどうしてここに?」


「それは――」


 デカンナとアルチュは、例の馬車にたまたま乗り合わせていたところをゴブリンに襲われ、善戦虚しく攫われてこの洞窟に監禁されていたのだという。


「しかしお前さん。見た目は強そうなのに、どうしてゴブリンなんかに攫われたんだ」


「それは……彼女を守りながらだったし、何より数が多すぎて……」


「まあ、多勢に無勢は仕方ありませんよね。けど彼女を今までずっとゴブリンたちから身を挺して守っていたんですから、大したものじゃないですか」


「ところでこっちのお嬢ちゃん、アルチュとか言ったか。ずっと寝ているようだが、具合でも悪いのか?」


「いや、彼女は最初からずっと酔い潰れているだけだ」


「なんだそりゃ」


 ゴブリンに攫われてもまだ寝こけているとは、肝が太いのか頭がおかしいのか。


「ともあれ、助けてくれて感謝する。わたし一人だけでは守ることしかできず、いずれ力尽きていただろう」


「礼には及ばんよ。儂らはゴブリン討伐の依頼を受けて、それを果たしただけだ」


「でも、まさかゴブリンシャーマンだけじゃなくオークキングまでいるとは、話が違うにも程がありましたけどね」


「ゴブリンシャーマンとオークキング?」


「安心しろ。全部こいつがぶっ殺した」


「なんと……」


 ドグマの言葉に、デカンナは驚嘆して儂を見る。


「しかし、こんな王都に近い廃坑にゴブリンシャーマンやオークキングが出るなんておかしくはないか」


「そうだな。冒険者ギルドに戻ったらそれも含めて報告しとかないと」


「王都イニティウムに行くのか。だったらわたしたちも同行させてほしい」


「構わないぞ」


 なあ、とドグマが同意を求めてきたので、儂とマリンは首肯する。


「助かる」


「それじゃ、さっさと帰るか」


 今度こそドグマの撤退号令で、儂たちは洞窟を後にした。


明日も投稿します。

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