許せんな。ちょっとぶっ殺してくる
◇
ドグマから遅れること数分、儂もゴブリンたちの寝床に飛び込む。
ドグマが単身乗り込んでから大した時間は経っていないはずなのに、そこかしこにゴブリンの死体が転がっている。
むせ返るような血の匂いに眉をしかめる。マリンを密閉空間に閉じ込めたのは結果的に良かったかもしれない。あの気の弱い娘なら、この臭いだけで気絶するだろう。
さてドグマはどこだ――と探すまでもなかった。
広場に入って十数メートルほどの所に、ゴブリンたちが群がって人だかりのようになっている。ドグマはあの輪の中心で戦っているに違いない。
「邪魔だ、どけぇーッ!」
助走をつけて最後尾にいたゴブリンの後頭部に飛び蹴りをかまして頚椎を折る。そのままそいつを踏み台にして高く跳躍し、華麗に宙返りをしながらドグマの姿を探す。
予想通り、ドグマは輪の中にいた。ゴブリンたちに囲まれて難儀しているようだ。やはりこの数を一人で相手にするには無理があったのだろう。
しかし儂が来たからにはもう大丈夫。
「待たせたな」
着地を見事に決め、ドグマに向けて親指を立てて見せる。だが急に降って湧いてきた儂の姿を見て、奴は喜ぶどころか怒鳴りつけてきた。
「ば、馬鹿野郎、どうしてこっちに来た!? 逃げろと言っただろう!」
「そう怒るな。こっちだってお前さんを犠牲にして助かっても寝覚めが悪いからな」
「だがお前、あの嬢ちゃんはどうした!?」
「安全なところに隠しておるから安心せい。それより今は、この状況をどうにかすることを考えんか」
言いながら、飛び出してきたゴブリンの腹に前蹴りを入れる。蹴りを食らったゴブリンは吹っ飛びながら上半身と下半身に分かれると、それぞれが他のゴブリンを巻き添えにして砕け散った。
「お前、なかなかやるな……」
「それほどでもないがな。ところで随分と手間取っとるようだな。お前さんならこの程度の連中、ものの数でもなかろう」
「当然だ。ゴブリンなど数がいくらいようがどうということはない。問題は――」
「問題は?」
言葉の先を促そうとした矢先、どこからともなくソフトボールほどの大きさをした火の玉が飛んできた。
ドグマの死角から飛んできた火の玉に、儂も咄嗟のことで反応が遅れた。
「このぉっ!」
だがドグマはぎりぎりのところで火の玉に気づき、戦斧で叩き落とす。地面に転がった火の玉は、すぐに幻のように消えてなくなった。
「なんだあれは?」
「火球だ。ゴブリンシャーマンがこちらの隙を見て撃ってきてるんだ。正直、こいつが一番厄介だ」
「どこから撃ってきたんだ? 姿が見えんぞ」
ゴブリンシャーマンの姿を探すが、周囲にいるのはゴブリンばかりだ。よしんばこの輪の外から打ってきているとしても、ゴブリンたちを避けて打てるものなのだろうか。
「見えるものか。魔法で姿を隠してるんだよ。きっとすぐ近くにいるはずだ」
「なんと。みみっちいやつだ」
魔法を使うのを卑怯とは思わんが、姿を消してこそこそ隠れながら戦うというのは我慢ならん。
「許せんな。ちょっとぶっ殺してくる」
そう言うと儂はドグマから離れ、ゴブリンシャーマンが狙いやすいように独りになる。
「おい、俺から離れるな! 狙い撃ちにされるぞ!」
「まあ見ておれ。次に魔法を使った時が、あ奴の最期だ」
単独になった儂に、ゴブリン数匹が襲い掛かって来る。そいつらを殴り殺しながらも、周囲に気の網を張って制空圏を作る。こうしておけば、姿を消して攻撃してこようが気の網に触れた時点でどこから撃ってきたのかわかる。
だが儂の制空圏は所詮己の手が届く範囲。つまり半径一メートル程度と少々狭いのがネックだ。だから速度の速すぎる攻撃――例えば拳銃の弾なんかは気づいた時にはすでに当たっているので使えない。
さっきの火球とやらが弾丸よりも速いようには見えなかったが、それでも気は抜けない。呼吸を整え、丹田で練った気を周囲に放出して神経を研ぎ澄ます。気を張り巡らせるのは少々骨が折れる仕事だったが、不思議とこの身体とは相性がいいようで、儂が全盛期だった頃と遜色なく気を使いこなせている。
そうしていると、ついに待ちわびたものが来た。
ゴブリンたちが向かって来るのに合わせて、死角になる背後から火球が飛んできた。
火球の速度は思ったより速い。だがこんなもの、意表を突かれなければ恐るるに足りん。
儂が左に飛び退いて躱すと、火球は前から突っ込んできていたゴブリンを火だるまにした。
「小さいわりに威力が凄いな……」
これはちょっとばかし火球を侮っておったかもしれん。粗末ではあるが一応防具を着たゴブリンがあれだけよく燃えるのならば、布の服の儂は火葬されたように景気よく燃えるだろう。一応このこの身体は借り物なので、傷つけるわけにはいかない。
となると、さっさと片付けてしまうに限る。
今の攻撃でゴブリンシャーマンの気配は掴んだ。いくら姿を消して目には見えなくとも、気配を掴んでしまえば関係ない。どこに隠れていようと、手に取るようにわかる。
「言ったはずだ。次に魔法を使った時が、お前の最期だと」
それまで気を放出して周囲に張り巡らせていたのを止めると、今度は自分の中に集める。そして丹田で濃縮した気をこぶしに込めると、思い切り地面に叩き込んだ。
「そこだ!」
打ち込まれた気は急カーブを描き、儂の後方に向かって地面を走る。そして儂らを取り巻くゴブリンどもの手前で、鋭い土の槍となって獲物に襲い掛かった。
名づけて『土蜘蛛』。打ち込んだ気が地面を走り、獲物へと食らいつく。
次の瞬間、耳を覆いたくなるような悲鳴が発せられる。
するとどうだろう。さっきまで何もなかったはずの空間に、ゴブリンシャーマンの姿が現れる。
ゴブリンシャーマンの腹には、地面から生えた土の槍が深々と刺さっていた。
ゴブリンシャーマンは自分の腹を貫いたものを見て、信じられないという顔をする。そしてそれを放った儂の方を見て口を開くが、その口は僅かに動いただけですぐに息絶えた。
土の槍を伝って、ゴブリンシャーマンの血が地面に流れる。大量の血を吸った土の槍は、湿って脆くなると呆気なく折れた。
支えを失ったゴブリンシャーマンが、自分の血で作った血溜まりに倒れ込む。
どさり、という音がした後は洞窟内がしんと静まり返った。オークキングと共にゴブリンたちの群れを仕切っていたナンバーツーがいとも簡単に殺されたことに、奴らの小さな脳味噌では理解が追いつかなかっただろう。
最初に動いたのは、ドグマだった。
「やったなお前!」
興奮したドグマがやって来て、子供みたいにはしゃぎながら儂の肩に腕を回してくる。
「何だあれ。地面が盛り上がるやつ。どうやってやったんだ」
「どうやったと言われても、やってみたらできたとしか言えんな」
「何だよそれ!? まあいい、とにかくこれで厄介なのが減った。後は――」
ドグマの声を、ゴブリンたちのざわめきがかき消す。
海が割れるように、ゴブリンでできた壁が開いて道ができる。
そこを悠々と歩いてやってきたのは――
「――ようやくお出ましか」
オークキングの登場だ。
明日も投稿します。




