シュナクと25ノ姫 1
目の前に差し出された杯を受け取り、タナトルア軍騎乗隊隊長シュナクは祝いの酒を飲み干した。
彼の隣には、純白の婚礼衣装を身につけた花嫁がちょこんと座っている。
大柄で筋肉が発達したシュナクの隣に並ぶと、花嫁は本当に小さく見えた。
ウルボアール王国との戦争が終わり、軍に所属する独身の男に花嫁があてがわれることになった。
しかも正真正銘ウルボアールの姫ばかり。王族の姫が多すぎてタナトルアの王族だけでは管理しきれない、と言うことらしい。
もちろん、花嫁をもらうのは希望した者のみ。特に強制されたわけではなかったが、希望者はチラホラといた。
三年経って子供ができなければ離縁できる。生活費という名目で国から補助が降りる。姫からは決して離縁できない。などなど、様々な特典付きの報奨だった。
今まさに婚礼衣装に身を包んだシュナクも、この縁談を希望した一人だ。
つまり、シュナクの隣で座っている小さな女も、元はウルボアールの王族だ。通常、上位貴族でもなければ話すことさえ難しいとされる王族の女。
そんな雲の上の人間だと思っていた女が自分の隣に座っている。
(この俺の隣に……、だ)
シュナクはささくれだった自分の指を眺めて自嘲気味に口の端を上げた。
正直、自分は異性うけが悪い。
モテないし、付き合った女性もいない。
まず、見てくれが悪いのだと思う。威圧感たっぷりの大きな体。職業柄絶えない生傷。野太い声。いかつい顔。常に戦いに備えているため、殺気立っている時のほうが多い。
シュナクが宮廷に参上すれば使用人の女たちは青ざめて逃げていく。
市場に出れば自分の周りだけドーナツ状に空間ができる。
戦場で赤い死神と噂されているのも知っている。
だから、まさか自分が結婚できるなんて思ってもみなかったことだ。
それが、自分の隣にいるのは権利を剥奪されたとはいえ王族の娘なわけで……。
緊張しているわけではない、とは思いながらも、シュナクは不思議な気持ちで祝言を上げた。
酒を飲まされ、上司の恭しい格言を聞き流し、同僚の意味有りげな視線を黙殺し、部下の祝いの言葉に頷き……。気づけば寝所だった。
婚礼用の羽織を脱ぎながら、シュナクはようやく自分の妻になる女をはっきりと見た。
使用人達が丁寧に整えたベッドの上に、やはりちょこんと正座している。
ややクセのある長い栗色の髪は、ふわふわとしていて綿毛のようだと思った。
顔色は良く、健康的な印象を受けた。
大きな緑の瞳が、まっすぐにシュナクを見上げてくる。
何と可憐な女なのだろう。シュナクは目の前に座る姫に目を奪われた。
大柄で武骨な自分と同じ人間とは思えないほど繊細で美しい。
これからすることは分かっているけれど、どう声をかけていいのか分からずシュナクはしばし呆然と立ち尽くしていた。
しばらくして動いたのは姫のほうだった。
「これからどうぞよろしくお願いいたします、旦那様」
鈴を転がしたような透明な声。
ペコリと頭を下げた姫を見ながら、シュナクはゴクリとツバを飲み込んだ。
「俺は、シュナクだ」
「はい、シュナク様」
手を伸ばし、栗色の髪をひとすくい手に取る。
何と柔らかい髪の毛か。
シュナクが驚いて姫を見つめると、姫はニコリと微笑んだ。
瞬間、シュナクの鼓動が大きく跳ねた。
王の御前で模擬戦闘を披露する時よりも手が震える。
シュナクは強靭な精神で指先の震えを抑え、腹に力を込めた。
「名前は?」
「はい?」
「お前の名前を聞かせてくれ」
「私は25ノ姫です」
「……」
思っていた答が返ってこず、シュナクはすっと冷静になった。
「それは、お前の生まれた順の数字だろう? 本当の名前を、聞いている」
戦場でも、宮廷でも、名乗ることは絶対の礼儀だ。
今、シュナクは自分の名を告げた。
しかし、姫はそうしなかった。
まさか、自分の妻が一国の元姫がそんな不敬を働くわけがない。
シュナクはそう信じ、再度問うた。
「あの、ですから……、25ノ姫です」
しかし、姫は困ったように首を傾げるばかりだ。
(俺に名乗る名はない、と言うことか)
そう思えば、頭に冷水を浴びせられた気分になった。
なるほど、自分は姫に求婚したわけではない。姫はあくまで報奨品として自分に与えられたものだ。姫の意思も関係ないのだろう。なにせ、シュナクは姫の国を制圧した張本人だ。
無理矢理奪われ、無理矢理シュナクにあてがわれた。
体は奪われても、心は売り渡さない。
そんなところか。
頭の整理がつくと、無性に腹がたった。
「まあいい。どうせお前は逃げられない。せいぜい、上手に鳴けばいい」
「えっ……」
新婚初夜に、シュナクは適当に乱暴に妻を抱いた。




