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18 ルナジー商会

 家庭教師の指示でいつでもワインと茶菓子が用意されるようになっている。


「ねえ。君。このカウチソファーってあの有名なルナジー商会の商品かい?」


 家庭教師は家庭教師のために勉強部屋のカーテンを閉めに来たメイドに問いかけた。


「…………左様でございます」


 メイドは無表情で返事をする。


「さっすが、腐っても王妃だよなあ。望んでも手に入らないと有名な家具をいとも簡単に手に入れるんだから。あんなガキの部屋にあるってことはこの宮にはたくさんあるってことだろう」


「左様でございます」


「バカ王子を産んだだけでこんな生活ができるってどうよ?」


 家庭教師が寝たままテーブルに手を伸ばしクッキーを一つ取り自分の口にぽいっと入れた。


「うわあ。これもうまぁ。これもルナジー商会のクッキーで、このワインもそうだったりするわけ?」


 グラスを持ってくるくると回すと一気に飲み干した。


「左様でございます」


「ルナジー商会ってさ、数年前まで織物系しか扱ってなかったのに、食品系も手を出して大成功。どの商品もいつも品薄なんだってさ」


「左様でございますか」


「ふふふ。俺が詳しくて驚いた? 俺って情報通なんだよねぇ。俺のママがいろいろ知っててねぇ、教えてくれるんだ。ママは僕の耳だね。今度は宝飾品に手を広げるらしいよ」


「左様でございますか」


「君って良く見れば、かわいいじゃん。ここで働けるってことはどこかのご令嬢でしょ? 俺の女になれば、ルナジー商会のネックレスをプレゼントしてあげるよ」


「………………」


 これまで無表情で軽返事をしてきたメイドが目をしばたたかせた。


「あー。信じてないでしょう。俺くらいになるとルナジー商会との繋がりを作ることなんて簡単なんだって。なんたって俺は侯爵子息様なんだら、さ!」


「ご遠慮申し上げます。では、おやすみなさいませ」


 メイドは大変に丁寧にお辞儀をするとくるりと背を向けて歩き出した。


「なんだよ。ちょっとかわいいから愛人にしてやろうと思ったのに」


 ドアを出る際にはカウチソファーで不貞寝を決め込んだ家庭教師の姿を確認し礼をして扉を閉める。


『キモチワルかったけど、あと数年の命だろうから笑って聞き流してあげようっと。さあって。報告報告っ!』


 尊敬する(あるじ)レイジーナの悪口を散々聞かされていた時の苛立ちを隠しきったメイドは家庭教師の最後の懺悔言葉を想像してスキップするようにメイド長の部屋へ向かった。

 一度ピタリと止まってそちらの部屋へ振り向く。


「そういえば、『ルナジー商会』じゃなくて『ルネジー商会』だって教えてあげればよかったかしら? んー、でもきっと自分の間違いを指摘されると逆ギレするタイプよね」


 自分に納得したメイドは足取り軽く再び歩き始めた。


 ★★★

 

 南離宮で穏やかに過ごしている時間は瞬く間に過ぎていき、アランディルスが十歳になる誕生日まで二ヶ月を切った。

 十歳の誕生パーティを大々的に催し、王子宮へ移るという慣例になっている。最近ではモニエリーカの店のデザイナーが頻繁に訪れアランディルスのための衣装の打ち合わせをしたり、ダンスの講師が来たりと大忙しの日々である。社交における内容であれば王宮に隠す必要もないので、ダンスのレッスンは堂々と受け、講師からの評価も上々である。


「王子殿下は馬術にもご興味があるようですね。陛下も馬術に大変に精通しておられますので、きっとお喜びになります」


 馬術やマナーなどは完璧であると言わしめている。


『まさか学術も優秀だなんて想像もしていないのでしょうね。あのクサレ教師が役にたったわ』


 レイジーナは妖艶にほくそ笑む表情を扇で隠した。家庭教師は未だに通っていて毎週のように高いワインを空けていく。


『カウチソファにワインを零して張り替えたのも一度や二度ではないし、料理をぶち撒けてカーペットを交換したのもすでに数回。

うふふ。蹌踉(よろ)めいてカーテンを破いたこともあるのよね』


 その家庭教師には「王子は社交さえできればいいから」という理由をつけて先月で退陣させた。名残惜しそうにしていたが、有無を言わせぬ眼力を初めて見せてやれば簡単に折れた。


『誹謗中傷を並べ立てている母親にもいつかお会いしなくては、ね。息子の言葉を鵜呑みにするのは勝手だけど、それを社交界でウキウキと話すのはいただけないわ。

それもこれも王妃宮へ戻ってからのお話ね。まだまだ忙しくなりそうだわ』


 アランディルスがダンスのレッスンをしている小ホールから漏れてくる音楽をなぞるように鼻歌を歌いながら満足気に笑った。

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