第94話「覇王、古い刀剣を手に入れる」
2019.08.16 文章と誤字を、一部修正しました。
──数日後、『ハザマ村』村長の館──
「お邪魔いたします。『辺境の王』さま」
「シルヴィア姫がいらっしゃいました。『人質交換』の日程が決まったそうです」
夕方、シルヴィアとプリムが俺の部屋に駆け込んできた。
ふたりはそれぞれ、手紙と地図を持っている。
「日程は、5日後。場所は南西の街道です」
「『キトル太守領』と『グルトラ太守領』の中間地点でございます。王さま」
シルヴィアとプリムは、俺の前に手紙と地図を広げた。
「場所は『キトル太守領』の南西か」
俺は地図を見た。
『グルトラ太守領』は『キトル太守領』の南西にある。
向こうが『人質交換』の場所として指定してきたのは、互いの領地の境界線だ。
「だけど、向こうは境界線の近くに砦があるな」
「そうですね。小さな砦ですが、おそらく向こうはそこに兵を配置しているでしょう」
シルヴィアは心配そうな顔だ。
彼女はどうしても父と姉を取り返さなければいけない。
けれど、相手の『グルトラ太守』は、まったく信用できない。
心配になるのもわかるよな。
「以前は、ここに砦はありませんでした。おそらく、新しい太守が大急ぎで造ったのでしょうね」
「逆に『キトル太守』側は、領土の先まで行かないと砦がないな」
俺はプリムの方を見た。
彼女は地図を指さして、うなずいた。
「王が心配されているのは、敵の砦の兵が襲ってくることでございますね?」
「そうだな。で、『ミルバの城』はどこまで来てる?」
「プリムは手配済みです。2日あれば、領土の境界線まで移動できましょう」
「そこまで行かなくてもいい。街道沿いに配置しておいてくれ」
「……城って移動するものなのですか!?」
シルヴィアは、びっくりしてる。
そういえば彼女はまだ『ミルバの城』を見たことなかったっけ。
「辺境の建物は移動するんだ。キャロル姫が休んでた小屋も移動したし、城は移動しながら盗賊やならずものを退治してる」
「『辺境の王』のすごさには慣れたつもりでおりましたが……わたくしはまだ甘かったようです……」
シルヴィアは額を押さえてる。
まぁ、そのうち慣れるだろう。
「『ミルバの城』には、分散して、姿勢を低くして森に隠れてもらう。一応、ポーションは渡しておく。あんまり数がないから、いざという時に使うように指示しておいてくれ」
「わかりました。わが王」
「城が……分散して? 姿勢を低くして……ポーションを飲むのですか?」
「最近の辺境ではそうなんだ」
「……わかりました。もう、わかったことにいたします」
シルヴィアはうなずいた。
慣れてくれたようだ。
「で、プリムに相談だが……敵は獣人に使っていた『支配魔法』を、キトル太守とミレイナ姫に使ってると思うか?」
「確実に使っているでしょうね」
「そうだな。じゃあ、人質交換の後は、キトル太守とミレイナ姫には『ミルバの城』で休んでもらうことにしよう。結界内にいれば、魔法も消えるだろ」
「問題ありませんね。歓迎パーティを開くことにすれば、足止めできましょう」
「獣人たちの話では『支配魔法』を使ってるのは白いローブの男性で、指先が直接額に触れることで魔法を発動するそうだ」
「やっかいですね……」
「大丈夫だ。元の世界で対策は考えた」
「……今さらですが、どういう世界にいらっしゃったのですか、我が王」
「接触型洗脳魔法対策にはハチマキを使えばいい。魔力が通りにくい素材とか、そういうのはないか?」
「素材はないですが、魔力防御用の呪文があります。それをハチマキの裏に描きましょう」
「わかった。支配魔法対策はそれでいこう」
「……ほんとに、あなたが敵でなくてよかったです……」
シルヴィアが、ぽつり、とつぶやいた。
「……ショーマさまが味方でいらしてくださるから、わたくしは落ち着いて……『人質交換』に向かうことができるのかもしれません」
「まだ対策は充分じゃない。相手には『召喚者』がいるかもしれないからね」
前に戦ったトウキ=ホウセのこともある。
『十賢者』側には、女神の正式な召喚者がついているのかもしれない。
トニア=グルトラが、いきなりキトル太守と娘の幽閉なんてことをしたのも、その召喚者の力を当てにして、っていうことも考えられる。
「女神の正式な召喚者を相手にするんだ。どれだけ警戒しても足りない」
「……女神、ですか」
「何人もいて、この世界を落ち着かせるために召喚者を派遣しているらしい。俺はルキア、ユキノはフィーネ、って女神に召喚されてる」
「ルキア……フィーネ。聞いたことのない名前ですね」
「あたくしも存じ上げません」
シルヴィアとプリムは首を横に振った。
女神は、この世界の人の前に姿を現したことはないらしい。
「異世界の女神だからな。知らないのも無理はないよ」
「異世界……天や、空の上にいるお方、でしょうか?」
「まぁ、そんな感じだ」
「……それで思い出しました。少々お待ち下さい。ショーマさま!」
シルヴィア姫は不意に、部屋を飛び出していった。
しばらくして、隣の部屋の魔法陣が光を放つ。
『結界転移』で自分の城に戻ったようだ。
それから10分。
俺とプリムが打ち合わせを続けていると、また、シルヴィアがやってきた。
今度は両手に、長細い箱を抱えている。
「助力いただくお礼に、これをショーマさまに差し上げます」
そう言って、シルヴィアは箱を開いた。
中に入っていたのは──
「……日本刀……じゃないか。片刃の剣?」
「太古に天から降ってきた石で作られた『流星刀』でございます」
シルヴィアは箱から刀を取りだし、捧げ持つ。
そしてそれを、俺に向かって差し出した。
「過去のキトル太守が宰相の地位についたとき、当時の皇帝陛下より下賜されたものです。『人質交換』の対価として使おうと思っていたのですが……トニア=グルトラに、これは相応しくありません。ぜひとも、ショーマさまがお使いください」
「あたくしも聞いたことがあります。太古に天空より降り下りし隕鉄で作られた刀剣……つまり、神々の領域から来たものですよ。王さま」
プリムは興奮した顔だ。
シルヴィアが手にしているのは、真っ黒な片刃の剣。
日本刀に似ているけど、鍔はない。鞘には不思議な文様が刻まれている。
文様の意味は、プリムとシルヴィアも知らないようだ。
「つまり、隕石でできた刀剣、ってことか」
「竜帝さまの時代に作られたという伝説があります。それと──」
シルヴィアは少し考えてから、
「わたくしがそれを思い出したのは、ショーマさまから女神の話を聞いたからです」
「なるほど……天空は神々の領域だから、でございますね」
「はい。女神に召喚されたショーマさまなら、この刀がふさわしいと思いまして」
「わかった。ありがたく使わせてもらうよ」
普通に考えれば、これはただ『隕石で作られた刀剣』だ。
でも、この世界の隕石が『神々の領域から来たもの』とされているなら──
この刀を『命名属性追加』で強化すれば、俺の切り札になるかもしれない。
……その時までとっておこう。
それから、俺とプリムとシルヴィアは作戦を立てて──
辺境の見回りから戻って来たリゼットとハルカも交えて、作戦を再確認して──
『人質交換』の後の、キャロル姫の護衛についても話し合って──
次の日にはユキノと合流して、彼女に、俺の技の使い方を教えて──
そしてついに、『人質交換』の日がやってきたのだった。
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