第78話「覇王、キトル太守領の村人を説得する」
数日後。
俺たちは空路で、キトル太守の領土に向かった。
目的は『旅商人の休憩所』にある『魔法陣』の復活だ。
シルヴィア姫からは、領土内に魔物が出て困るということと、謎のうわさが流れてることについて相談されてる。
となると、まずは『結界』を復活させて、魔物を消滅させるのがてっとり早い。
「地図の通りですね……ここも洞窟のようです」
「まぁ、ボクたちが乗り込めば、魔法陣まではすぐだよ」
地上に降りたリゼットとハルカは、じっと洞窟をのぞき込んでる。
キトル太守領の村の近く、山のふもとにある洞窟だ。
前回攻略したものより、入り口が少し狭い。
規模が小さいなら、それだけ早く魔法陣にたどりつけるはずだけど──
「亜人どもめ! ここになにをしにきた!?」
不意に、大声が響いた。
村の方からだ。
見ると、数人の人々が、武器を手にこっちに向かってきていた。
「……誰かが飛んできたと思ったら、やっぱり亜人か!!」
「お前らが村で暴れたことはわかっているんだ!」
「魔物だってお前たちが連れてきたじゃないのか!?」
「姫さまの元へ突き出してやる!!」
先頭にいるのは2人の男性。後ろには女性や子どももいる。
手にしているのは細い棒。『強化』した武器で叩いたら、簡単に折れそうだ。
人々は震えながら、俺とリゼット、ハルカをにらみつけている。
「……俺たちが領内を移動することは、シルヴィア姫の許可を得ている」
俺は収納スキル『王の器』から『鬼竜王旗』を取り出した。
ちょっとアレな図柄が描かれたものだ。
これを持っているものは通すように、シルヴィア姫からお達しが出ているはずなんだが。
「それと、これはシルヴィア姫からいただいた書状だ。キトル太守家の家紋が押してある。俺たちが姫さまの許可を得てここにいることの証明になると思う」
「…………え」
人々が互いに顔を見合わせてる。
この人たちは、俺たちが飛んでくるのを見て、ここまで来たみたいだ。
ということは、近くの村の人だろうか。
でも、こんなところまで辺境の人が来ることは滅多にないはずだけど……なんでこんなに警戒してるんだ?
「何度も言うけど、俺たちはシルヴィア姫から依頼を受けている。その関係でここに来たんだ。別にあんたたちに迷惑をかけるつもりはない」
「……姫さまはだまされているのだ」
村人のひとりが言った。
「亜人と関わるとロクなことがない!! ここは見逃してやるから、さっさと帰れ!!」
「そうだ!!」「うちの村であばれないでよ!」「亜人なんかでていけー」
「……リゼット、ハルカ、抑えて」
俺は2人に向かって手を挙げる。
それから武器を置いて、村人の前に出た。
「亜人が、あなたたちになにかしたのか?」
「とぼけるな!!」
「とぼけてはいない。俺たちはここまで飛んできたばかりだ。村で起きたことについてはなにも知らない。もしも辺境の亜人がなにかしたなら、犯人を捜して連れてくるが?」
俺が言うと、村人たちは黙った。
それから、先頭の男性が進み出て、
「……村で獣人が暴れたんだ!」
「獣人?」
「昔、辺境に住んでいた、獣耳と尻尾を持つ一族です」
リゼットが説明してくれる。
「定住しない種族で、好戦的だったことから、他の領主さんの戦闘の手伝いなんかもしていたそうです。ずっと昔に辺境を出て……狩りをしながら国中を巡っているという話を聞いたことがあります」
「そういや会ったことないな」「だよね」
俺は村人たちの方に向き直る。
「あんたたちの言う『獣人』は辺境の住人じゃない。だから俺たちには関係ない……と言っても……だめだろうか」
「当たり前だ!!」「亜人は亜人だ!!」
困ったな。
俺もすべての亜人を管理しているわけじゃない。
辺境にいない種族がなにかしたとしても、こっちにはどうしようもないんだけど。
「どうすれば俺たちが味方だと信じてくれる?」
「……うるせぇ」「亜人のことなんか信じられるか」
「俺たちはこうしてあんたたちと話をしてる。攻撃もしてない。武器も手放してる。それじゃ駄目なのか?」
「こっちは必死なんだよ……」
村人は武器をこっちに向けたまま、話し始めた。
「……キトル太守さまがいなくなってから、おかしなことばかりなんだよ」
「旅人や商人たちは口々に、太守さまが死んだって言ってくる。おまけに、十賢者がこの領土に攻め込んでくる、とかな。こっちは不安で不安でしょうがねぇんだ」
「そのうわさを流している商人を、姫さまの兵士が呼び止めたら……獣人に襲われたんだよ」
「……そんなことが」
そりゃ警戒もするか。
でも……なんで獣人はそんなことしてるんだ?
亜人は基本的に、人とは交わらずに暮らしてるはずなんだけど……。
「おまけに村のまわりに魔物が現れて、夜になると襲ってくるようになったんだ」
村人のひとりが言った。
「だから、オレらはそいつらを討伐に来たんだ。そしたら、あんたたちが飛んでくるのが見えたんだよ! つまり、あんたらが魔物の仲間だってことだろうが!!」
「いや、それは理屈がおかしい」
「だったらそれを証明してみろ!!」
「わかった」
結局、やることは同じだ。
でもそういう事情なら、少し急いだ方がいいな。
まずは収納スキル『王の器』から『意思の兵』を呼んで、と。
『ヘイ!』『ヘイィーヘイィ!』『イヨゥヘイィ!』
ノリのいい声とともに、『意思の兵』が現れる。
その数、8枚。
「「「え。ええええええええええっ!!」」」
村人たちがびっくりしてるのは、とりあえず無視。
俺は『意思の兵』に指示を出す。
「いいか。『意思の兵』よ。俺たちが戻るまでの間、村の人たちと一緒に魔物に備えてくれ。魔物と会っても、戦う必要はない。俺たちは超特急でダンジョンに潜るから……前回と同レベルなら1時間足らずで戻れると思う」
『『『ヘイッ!』』』
「いやちょっと待ておかしいだろう!?」「なに言ってんだあんた?」「そもそもなに? この塀は!?」
「ボクも残っていい? 兄上さま」
ハルカが俺の手をつかんだ。
「…………情報収集、したほうがいいでしょ? ボクも村で暴れた亜人の話を聞きたいもん」
「大丈夫か?」
「『強化』した棍棒を持ってるもん。それに──」
ハルカは村人たちの方を見た。
……うん。村人たちの武器、貧弱だもんな。エンチャント版の棍棒なら一撃で無力化できそうだ。人数も、10人いないし。女性と子どもも交じってるし。おまけにこっちには『意思の兵』もいるし。
「近くに魔物がいるからな。危なくなったら『意思の兵』を盾にして、洞窟に隠れてくれ。中の魔物は、俺とリゼットで消しとくから」
「わかったよ。兄上さま。心配しないで」
「『意思の兵』も。お前たちに与えた魔力も1時間ちょっとは保つ。ハルカを頼むぞ」
『『『ヘーイッ!!』』』
「兄上さまがこれから、この地を平和にするからね。ちょっと待ってね」
ハルカは棍棒を手に前に出た。
俺はその隣に立ち、村人たちに向かって、
「とりあえずこれから、俺たちはあなたたちの敵じゃないことを証明しようと思います」
「「「……お、おぉ」」」
「ハルカと、この塀たちが、あなた方を護ります。このあたりで待っていてください。うまくいけば、魔物は1時間後にはいなくなるはずなんで。無事に村のまわりから魔物がいなくなったら、俺たちが味方だってことを信じてくれますか?」
「……お、おお」「なんかよくわからんが」「……あんたを敵に回すとやばいというのはわかった」
村人さんたちは素直にうなずいてくれた。
武器はもう、地面に置いてる。両手を挙げてる。
警戒心を解いてくれた……のかな?
「行くぞリゼット。時間がないからスキル全開でダンジョンを攻略する──『翔種覚醒』!!」
俺は変身して、リゼットを抱えた。
そのまま最大加速の超低空飛行で、ダンジョンへと突入する。
「「「えええええええええええええっ!?」」」
『『『ヘイヘイヘイヘイッ!』』』
「がんばって! 兄上さま!」
ハルカの声を聞きながら、俺とリゼットはダンジョン攻略に向かったのだった。
──ハルカ視点──
『ヘイッ!』『ヘイヘイ!』『ヘーイッ!!』
「ボクのことはいいから、村人さんたちを守ってあげてよ」
ハルカは『意思の兵』たちに命じた。
ここは『旅商人の休憩所』の入り口だ。
近くに魔物の巣があるということで、ハルカと村人、それに『意思の兵』たちは、あたりを警戒しながら、ショーマが戻るのを待っていた。
「……ひとつ聞いてもいいか?」
「いいけど、あんまり近づいちゃだめだよ?」
ハルカは棍棒を手に、おだやかな笑みを浮かべた。
「ボクはもう、兄上さまの『お嫁さん』なんだからね。他の人に触れられるわけにはいかないんだ。ボクは頭のてっぺんからつま先まで、兄上さまのものだから」
「そ、そんなことはしねぇよ」
「私たちがさせません。それで、ですね」
村人の男性を制して、村人の女性が前に出る。
「さっきはひどいことを言って、ごめんなさい」
「いいよ別に。よくあることだし……でも、兄上さまに武器を向けたことには、ボクはまだ怒ってるからねっ」
「…………ごめんなさい。私たちの村は……亜人さんもいろいろだって、知らなくて」
女性たちはハルカに頭を下げてから、
「それで……辺境の亜人の人たちって、どんな生活をしてるんですか?」
「どんな生活?」
「うわさだと、獣と一緒に駆け回ったり、土の上に寝転がったり、狩りと採取で生活してるって聞いてるんですけど」
「んー。最近は違うかな」
「そうなんですか?」
「村のまわりに大きな畑があるよー。大きさは……最近また広げたから、キトル太守さまの国境近くの町ひとつ分くらいのサイズはあるかな。『フラライモ』が1ヶ月に1回実って、『カルツロ麦』2ヶ月に1回収穫してるよ。放牧もしてるよー」
「「「うちの村より豊かだ!!」」」
村人たちがのけぞった。
「で、でも、辺境は魔物がたくさん出るんでしょう? 城壁はあると言っても、外に出るのは命がけじゃ? そんな生活って──」
「ううん。最近、魔物はさっぱり出なくなったんだ」
「え?」
「村のまわりに来る魔物は自動的に死んで『邪結晶』になっちゃうからねぇ。それを集めながら狩りをしてるよ? やっぱり、お肉も食べたいからね」
「「「…………」」」
「……どうかした?」
「「「い、いえ……」」」
うずくまり、仲間内でぼそぼそ言葉を交わす村人たち。
やがて一人の女性が立ち上がり、告げる。
「で、でも、辺境に娯楽はないですよね?」
「娯楽かー」
「辺境には吟遊詩人も来ないでしょう? 私たちの村なら、数日歩けば『キトル太守』さまがいる都に行けます。そこで吟遊詩人の話を聞いたり、劇を見たりできますけど──」
「でも、辺境には温泉があるよ?」
「「「……えー」」」
「それに最近、兄上さまが交易所を作ったんだ。商人さんたちがたくさん来るようになってね。今度は、吟遊詩人や劇団を連れてくるって話になってる。それとね、村にはたくさん、この子たちがいるからね」
『ヘイッ』『ヘイヘイ』『ヘイー!』
「この子たちが、子どもたちの遊び相手になってくれるんだ。洗濯の物干し台になってくれたり、高いところの木の実を取る踏み台になってくれたり、歩くのがめんどくさくなったら乗せてもらったり、結構、便利な生活をしてるつもり──」
「「「いいなああああああああっ!?」」」
「えっ、えっえっ?」
「わ、わたしたち、亜人さんたちを誤解してました!」
「そんな生活してる人たちが、オレらを攻撃するわけないよな!?」
「というか、辺境に住みたいんだけど!? どうすれば!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。すとーっぷ!!」
『『『ヘイッ!』』』
ハルカが叫び、『意思の兵』が村人との間に割って入る。
「それに、みんなだって魔物のことは心配しなくてもよくなると思うよ。だって……」
「──いたぞ、魔物だ!!」
不意に、村人が叫んだ。
木々の間に、巨大な猿がいた。
真っ白な体毛。大きさは、大人の2倍程度。
知能も高く力もある危険種、『ホワイトアウトエイプ』だ。
「『意思の兵』たち、村人さんたちを守って!!」
『『『ヘイッ!!』』』
3枚の『意思の兵』が整列し、文字通りの壁になる。
ヘイの後ろにいるようにと村人たちに告げて、ハルカはさらに前に出た。
「ふふっ。久しぶりに暴れられるよ」
『ウホォ。ホホホホホホ!』
『ホワイトアウトエイプ』が地面を叩き、吠えた。
「辺境の魔物は手応えがなくてね! 全力で戦える相手が欲しかったんだよ! 来なよ『ホワイトアウトエイプ』!! 『鬼将軍』ハルカ=カルミリアの力を見せてあげるよ!!」
『ウホホ────ィ!!』
長い腕を伸ばしながら、『ホワイトアウトエイプ』が突進してくる。
ハルカが棍棒を構える。
村人たちが、震えながら見守る。
『意思の兵』が衝撃に備える。
その瞬間──地面が光を放った。
『…………ウホ?』
『ホワイトアウトエイプ』の動きが止まった。
『ウホ? ウホウホウホウホッ!? ホホッ!?』
その身体が硬直したまま、震え出す。
『ホワイトアウトエイプ』はハルカに飛びかかろうとしている。
が、その身体は震えるばかり。
ふるふると小刻みに振動しながら、『ホワイトアウトエイプ』は固まっていた。
「もー。兄上さまったら、もう結界を再生させたんだ。お仕事が早すぎだよ……えい」
ハルカは棍棒で『ホワイトアウトエイプ』の胸を突いた。
『ギャー』
魔物が吹っ飛び、木に激突する。身体がひしゃげて動かなくなる。
そしてそのまま──きれいに消滅していった。
『ギャー!?』『グォオオオオオ!?』『ギィアアアアアア!!』
森のあちこちから、魔物たちの断末魔が聞こえる。
『結界』が完全復活したのだ。
しばらくして──
「ただいまー」「終わりましたよ。ハルカ」
「おつかれさま! 兄上さま。リズ姉」
洞窟の入り口から、ショーマとリゼットが姿を見せた。
「意外と小さなダンジョンだったよ。魔物もそんなにいなかった」
「てごわいのは『ホワイトアウトエイプ』だけでしたね」
「『竜咆』一発で終わったけどな」
「それに兄さまの『双頭竜絶対封滅斬』を放り込んでしばらく放置、というコンボは強力ですものね」
「無事に結界が再生したようでなによりです」
「あたしも心配してたんですよ」
「プリムちゃんも、ユキノちゃんも来てくれたんだ!」
さらにショーマたちの後ろから、プリムとユキノが現れる。
『結界』の転移能力のおかげだが、村人たちはそんなこと知るよしもない。
ただただ、目の前で起きた奇跡に、呆然とするばかりだった。
「ハルカの方は大丈夫だったか?」
「それだよ! せっかくボクがかっこいいところを見せようと思ったのに、直前で兄上さまが結界を再起動しちゃうんだもん! 出鼻をくじかれちゃったよ!!」
「そういう文句言われてもなぁ」
「でも……兄上さまが無事でよかった」
「村の人たちも大丈夫だったか?」
「うん。みんないい人たちだよ。話したらわかってくれたよ!」
「変なうわさを流した奴らと、獣人たちのことは?」
「あ、忘れてた……」
「うん。まぁいいか。俺から聞いてみるよ」
ショーマは、うずくまる村人たちの前でしゃがみ、彼らと視線を合わせた。
それから、できるだけ優しい声で、
「改めて言うけど、俺たちは敵じゃ──」
「「「す、すいませんでしたあああああああああっ!!」」」
土下座だった。
村の男性、年若い女性、少女はそろって地面に額をこすりつけた。
「「「知ってることはすべてお話しします。だから、だからご無礼をおゆるしくださいいいいいいいいいいいいいっ!!」」」
「……う、うん」
こうして。
結界を増やしたショーマは、キトル太守領の村人たちから話を聞くことになったのだった。




