第64話「覇王、報酬の話をする」
『十賢者』軍の騎兵部隊を無力化して、数日後。
俺は、城にやってきたシルヴィア姫と話をすることになった。
「まずは、改めてお礼を言わせてください。『辺境の王』よ」
部屋に入ってきたシルヴィアは、俺たちに向かって深々と頭を下げた。
「それと、本来ではレーネス姉さま父の名代となるところ、私が代行となることをお許し下さい。姉は『辺境の王に失礼があってはいけない』と言っておりまして……」
「それは別に構わないが。レーネス姫は体調でも悪いのか?」
「体調は問題ありません。ただ、姉さまは四方を塀──いえ、壁に囲まれた部屋が恐ろしいそうで」
「そうですか」
「ええ」
「……」
「……」
なんかごめん。
ここは、城の中央。城主の間。
普段は将軍ヒュルカさんが使っている場所だ。
部屋にいるのは、俺とリゼット、プリム。
シルヴィア姫と、将軍のヒュルカさんの5人。
俺たちはこれから、今後のことについて話をすることになる。
「本当に、あなたには感謝しております。『辺境の王』」
シルヴィア姫はまた、ドレスの裾をつまみ、深々と礼をした。
将軍ヒュルカさんも(もちろん兜は外してる)同じようにする。
「あなた方はまっさきに危機を知らせてくださいました。その上、こちらの兵を一人も傷つけることなく、敵を無力化してくださいました」
「『辺境の王』がいらっしゃらなかったら、周辺の村が多大な被害を受け、その立て直しに数年はかかっていただろう。『十賢者』軍の歩兵たちは侵攻を止めることなく、このキトル太守領は戦乱の渦に巻き込まれていたこと、疑いない」
「今回のことについての感謝は、このシルヴィア=キトルが生きている限り、消えることはありません。本当に、ありがとうございました」
2人のお礼とお辞儀は、5分くらい続いた。
「……俺としては、ご近所が平和であって欲しいだけだ」
俺はやっと、それだけを口にした。
もちろん本音だ。それに、今回の件では、俺たちにもメリットはあった。
キトル太守領で『魔法陣』を見つけたことだ。
シルヴィア姫たちとは今は友好関係にある。けど、彼女たちは姫であって領主じゃない。
領土についての決定権を持つのは領主のアルゴス=キトルって人だ。その人が辺境や亜人について、どう考えてるかなんてわからない。
だけど魔法陣があれば、万一の場合でも、俺たちは土地の魔力を使って対抗できる。
こっちとしては、むしろキトル太守領の喉元に突きつける武器をもらったようなもので、正直申し訳ないくらいなのだ。
……自称軍師のプリムはいらんこと言ってたけど。
『王さまが天下を目指すのなら、キトル太守領を乗っ取るのが早道よ。
せっかく「塀」でお城を作ったんだから、そのままにしておいたら?』
って。
めんどくさいからしないけどな。
それにあの塀たちは借り物だ。もう、町の人たちに返してある。
戦死した塀の遺族の、城の横町を曲がって3軒目にある肉屋の小粋な長男には、シルヴィア姫から塀の新築代金と見舞金を支払ってもらった。塀の残骸も返した。
さっき見てきたら、店先には『命がけで戦った誇り高き塀』の墓ができてた。
その前には、墓に花を捧げる人たちの大行列ができてて、ついでに肉屋も特売をはじめてた。こっそり話を聞いたら、この城で商売初めて以来の大繁盛になったそうだ。
もちろん、生きて帰った塀たちも、住民に感謝されてた。
次回からどの家の塀がどう活躍したかわかるように、塀に家人の名前を書いた板を貼るのが流行してるそうだ。表札のはじまりだ。異世界の文化って、こうやって発達していくんだな。
……それはそれとして。
とにかく、俺はこの戦いで得るものは得た。
キトル太守家は今後、辺境には敵対しないし、仮に敵対することになっても対処できるような手段も手に入れた。転生者の情報も手に入れた。
『十賢者』の情報も、わかりしだい教えてもらうことになってる。十分だ。
だから俺としては、あんまり感謝されても……なんかこう、くすぐったい。
というか、早く帰りたい。
『辺境の王』『覇王覇王』って言われ過ぎると、自分の深いところから、なにかがよみがえってくるような気がするんだ……。
「とにかく、姫さまたちが感謝してるのはわかった」
「は、はい。それで、領土の代表としてお礼をしたいのです」
「お礼?」
「はい。私にできることであれば……」
シルヴィア姫はドレスの胸を押さえて、言った。
「強大なる『辺境の王』であり『異形の覇王』でいらっしゃるあなた様の趣味嗜好については、私も一部しか知りません……ですが、領土を預かる者として、恩義に答える義務と、覚悟があります。どうぞ、なんなりとおっしゃってください。『上天の女神の仇敵、異形の覇王』よ」
趣味と嗜好?
そんなもん、シルヴィア姫に見せたことあったっけ。
……まさか、中二病のことじゃないよな? この世界にはそんな概念ないもんな。
『異形の覇王』とか『上天の女神の仇敵』を名乗る趣味嗜好……ってことじゃないよね。ないと信じたい。というか、お礼はいいから帰りたい。
「お礼と言うならリゼットとユキノ、プリムをねぎらって欲しい」
思わず、俺はそう言っていた。
「リゼットとユキノ──義妹のハルカも、普段は辺境で暮らしている。都に近いここと比べれば着物や雑貨……色々と足りないものもあるだろう。プリムは……遠くから旅をしてきたばかりで、やっぱり持ち物が少ない。だから俺としては、彼女たちが望むものを与えてあげて欲しい」
「わかりました」
シルヴィア姫は力強くうなずいた。
「太守領の首都である父の居城、その城下町には大きな市があります。私やレーネス姉さまが贔屓にしているお店もありますので、そちらをご案内いたしましょう」
「助かる」
「ヒュルカ。あとで『辺境の王』のご家族を、城下町にご案内するように」
「は、はいいぃ?」
将軍ヒュルカさんが声をあげた。
「わ、わたしがですか? 姫さま」
「『辺境の王』の配下の方々は美人ぞろいでしょう? ならば、一番美しい者が案内せねば、あの方々に見合うものは選べません。今さら驚くことはないでしょう、『美貌の将軍』」
「それは小さい頃のレーネス姫さまが広めた名前じゃないですかぁ! 自分で言ったことなんかないのに……。私、人と目を合わせるのが苦手だから兜を被ってるだけなのに……」
「レーネス姉さまも『ヒュルカはその美しさを人に見せるべき』とおっしゃっていました。いい訓練でしょう。恩義ある『辺境の王』のお仲間をエスコートしてくださいな」
「…………うぅ」
『美貌の将軍』の誕生秘話が明らかになった瞬間だった。
ヒュルカさん、涙目になってるけど。
「わ、わかりました。私、『辺境の王』のお仲間をエスコートいたします」
「よろしくお願いします。ヒュルカさま」「よろしくです」
リゼットとプリムも頭を下げる。
疲れて休憩中のユキノにも、あとで話をしておこう。
予定が決まったら、俺がハルカを連れてくる、ということで。
「それで、『辺境の王』はなにを望まれますか?」
「俺?」
「配下の方々にお礼を差し上げるのに、王たるあなたになにも差し出さない、というのは非礼にあたりましょう」
俺かー。
ぜんっぜん考えてなかった。
正直なところ、異世界でなんとかやっていくだけで精一杯で『欲しいもの』とか考えたことなかったもんな。『命名属性追加』があるから、武器は必要ないし、アイテムもなんとかなっちゃうし。
「まずは、宿かな」
「宿、ですか?」
「ああ。近いうちにまた、王都や遠国関に行くことがあるかもしれない。そのときにここに寄って、泊まれる宿があると助かる。そこそこ広くてお風呂があれば」
「はぁ。それはヒュルカに言っていただければ用意させますが……」
「ありがとう」
「それで、その他には?」
「他に?」
「この程度ではお礼にならないと思いますよ」
シルヴィア姫は言い切った。将軍ヒュルカさんも、同意するようにうなずいてる。
他か。あとは……。
「じゃあ、服で」
「服」
「着替えと下着を」
『ハザマ村』の鬼族はガタイがいいから、人間サイズの服と下着があんまりない。
元の世界から持ち込んだのを、繰り返し使って洗ってるけど、そろそろへたってきてる。
ここはシルヴィア姫の好意に甘えて、新品をもらおう。
「キトル太守さまが使われるような、ちょっとばかり高級品──肌触りのいい男性用下着が欲しいのだ。あと、普通に外を歩けるような男性用の服も」
「服と下着、ですか」
……あれ?
シルヴィア姫は、なぜかがっかりした顔をしてる。
ああ、さすがに『辺境の王』が「服と下着をください」はまずかったか。王さまらしくないもんな。領土のメリットになるものをもらわないと。
「それと合わせて、別のものもいただきたい」
「別のもの。はい。どんなものでしょうか?」
「ふかふかして、あったかくて、人を幸せな気分にしてくれるものだ」
「ふかふかして……あたたかい……」
「ああ。王たる者、そういうものをまわりにたくさん置いておくのが普通であろう」
「もしかして……それは血の通ったものですか?」
「その通りだ」
「……そのご希望については……私も覚悟をしておりました」
シルヴィア姫は胸に手を当て、一礼した。
「以前、レーネス姉さまと王の領土を訪ねたとき、いろいろなものを見せていただきましたから。王がそういうお方であることは、覚悟していました。今回、王がしてくださったことは、それに見合う価値があるということも」
「わかってくれたか」
「ええ、わかりました……」
シルヴィア姫は覚悟を決めたように、ドレスの裾を、ぎゅ、とにぎりしめた。
覚悟──そうだろうな。
キトル太守が不在の今、これは意外と大きな要求だからな。
「わ、私を王の妾として辺境に──」
「ふわふわであったかい『羊』のような家畜がいたら、何十頭か。あと機織りの職人も──」
俺とシルヴィア姫のセリフが重なった。
……え?
今、シルヴィア姫、なんて言った?
真っ赤になって口を押さえているのだが……なにを?
「か、か、家畜と職人ですね!? わかりました。とてもよくわかりました『辺境の王』よ!」
シルヴィア姫は壊れたように、首を縦に振り続けてる。
「え、ええ! 大丈夫です。それくらいはなんとかなります。『羊』──はい。キトル太守領は長毛種の『曲がり角メーヨー』の産地です。このシルヴィアの所領にもおります。父、アルゴス=キトルが不在ですが、このくらいは構いません。『辺境の王』に差し上げましょう! 50頭でよろしいですか!? だめですか!?」
「姫さま」「……シルヴィア姫さま」「……姫さま」
ヒュルカさんとリゼット、プリムも、呆然としてる。
俺も同じだ。
シルヴィア姫が言ったのは、あまりに予想外のセリフだった。
妾……つまり、側室、って。
「あの、シルヴィア姫」
「…………はふぅ」
シルヴィア姫は力が抜けたように、がっくりと、椅子に腰を下ろした。
「失礼いたしました。ええ、確かに申し上げました。申し上げましたとも! 私を『辺境の王』の側室として辺境に、と! 言いました!! 言いましたらからぁっ!!」
いや、キレなくても。
シルヴィア姫は真っ赤になって、両手で顔をおおってしまった。
「……なんでそんなことを……?」
「以前、レーネス姉さまと一緒に辺境にお邪魔したとき、辺境の民が言っておりました。『辺境の王』には第一夫人、第一正妻、第一愛妻──つまり、3人の妻がいらっしゃると」
あったなそんなこと!!
というか、よく覚えてたなシルヴィア姫!!
あれは村に兵士が侵入しようとした直後で、キトル太守領を無茶苦茶警戒してたときだ。
今後、あんなことがないように、「辺境はたいしたことない」って思ってもらうために、俺は暗君のふりをしてたんだっけ。
そうか、シルヴィア姫はそれが俺の『趣味と嗜好』だと思ってたのか……。
「英雄は色を好む。それは当たり前のことです。また、領土を守ってくださった『辺境の王』には、返しきれないほどの恩があります」
シルヴィア姫は、床の上に膝をついた。
「父が今回の件について知れば、間違いなくキトル太守家と『辺境の王』との政略結婚を考えるでしょう。あなたほどの力を持つ王に対して敵対はできない。ならば、子のひとりを差し出し、縁続きになるのが領土の安定のためでしょう」
「……予想外に早いです。王さま」
プリムが俺の耳元でささやく。
「……太守家よりこのような申し出があることは予想済み。けれど、早すぎます。太守家から申し出があるにせよ、それは『十賢者』との件が片付いてから。今の段階で申し出れば、足下を見られることがわかっているはず。ということは、これは姫の……?」
自称軍師のプリムでも予想外か。
俺もさすがにこれは考えてなかったよ。
リゼットは……こわばった顔してる。そりゃおどろくよな。
「今、シルヴィア姫がキトル太守領を離れるわけにはいくまい」
俺は言った。
「そのような話は、アルゴス=キトル太守が戻られてから考えるべきであろう。留守の間に姫君をかすめとったのでは、父君の恨みを買うかもしれないからな」
「さ、さようでございます。つい先走ってしまいました。失礼をして申し訳ありません」
そう言ってシルヴィア姫はドレスの膝を払い、立ち上がる。
「『辺境の王』と、皆さまのご希望は、すべて叶えましょう。それともうひとつ、領土内の通行権をさしあげようと思います」
「通行権?」
「はい。『辺境の王』の旗を立てた者は、キトル太守領を自由に通行できる権利です。これは私とレーネス姉さまの権利で差し上げられます。父が戻ったら……また相談ということになりますけれど」
「旗かー」
そういえば王都に行く前に、そんな話もしてたような……。
背後にいるリゼットが、目を輝かせているような。
「後ほど『辺境の王』の旗印を教えていただければ助かります」
「わ、わかった。それはリゼットに任せ──」
「はい! 任されました!」
リゼットが俺の後ろで手を上げた。
「すでに王都で布と染料を仕入れてあります。兄さまの『鬼竜王旗』について、ショーマ兄さまの一番の身近な家族であるリゼット=リュージュが、シルヴィア姫さまにお見せいたしましょう!」
そんなことを──なぜか挑戦的な顔で、リゼットは言ったのだった。
次回、第65話は、今週の後半に更新する予定です。
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