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第56話「覇王、ヘイを集めて陣を敷く」

 ──国境近くの城──




『絶・斬神魔城』を出た俺たちは、将軍ヒュルカが治める城に戻った。

『十賢者』の侵攻に備えて、独自に『へい』を集めるためだ。


「断っておくが、キトル太守家の民は(ほこ)り高い」

「だろうな」

「そなたが偉大なる『辺境の王』とはいえ、民が募兵(ぼへい)に応じるとは限らない」


 将軍の言葉に、俺はうなずいた。

 キトル太守領の人間のプライドが高いことは、シルヴィア姫の使いと初めて会ったときに気づいている。

 最初は辺境の亜人を見下してたからな。シルヴィア姫の配下も。

 けれど、ちゃんと話せばわかってくれる。それもまた、確かなことだ。


「断られたからといって、民に怒りを向けるようなことはしない」

「信じよう」


 将軍ヒュルカは、面甲で顔を隠したまま、うなずいた。

 それから、腰に提げた剣を、かちん、と鳴らして、


「貴公は『残魔の塔』の魔物たちを滅ぼしてくれた。そのことには感謝している。あの塔の魔物が外に出てこないように、我らは常に見張りを立てなければいけなかったからな。それに割く兵が不要になったのは大きいのだ」

「まだ完全に安全になったわけではないが」

「わかっている。『辺境の王』よ。我が主君が戻るまで、あの塔には入らぬと約束しよう」

「感謝する」

「言っただろう? 感謝するのはこっちだ」


 そう言って、将軍ヒュルカは(かぶと)を外した。

 青い目と白い肌。金色の髪があらわになった。


 これが『美貌の将軍ヒュルカ』の姿か。

 口調からもっと年長の美女を想像していたけど、意外と若い。リゼットより少し年上って感じだ。美女というより、美少女だな。


「おお! ヒュルカさまが兜を外された!?」

「我らの前でもそのお顔を見せたことがないのに!?」

「……ああ、後ろ姿なのが残念だ。いや、我らはまだ、そのお顔を目にするほどの功績は立てていない。これは『辺境の王』にのみ許された……」


「こら。そんな大層なものでもあるまい。『辺境の王』に笑われてしまうぞ」

「「「いやいやいやいやいやっ!!」」」


 兵士たちは全員膝をついて、顔を地面に向けている。

 その様子を見て、将軍ヒュルカはすぐに兜を着け直した。


「素顔をお見せしたのは、貴公への信頼の証だ」

「……それほど大層なことはしていないが」


 実際のところ、塔の屋上まで飛んで魔物を一体斬って、『魔法陣』を起動しただけだからな。この地の結界も、敵軍を追い払ったら解除するつもりでいる。キトル太守が戻ってきたら、面倒なことになるかもしれないからな。ご近所トラブルはごめんだ。


「だが、将軍のご厚意には感謝する。よいものを見せてもらった」

「身分違いを承知で申し上げれば、貴公には友情のようなものを感じるのだ。貴公が王ではなく、この地の将軍であったら、と思うよ。本当に」

「残念だが、俺にはもう辺境に家族がいるのでな」


 俺はユキノの頭に手を乗せた。


「むぅ。子どもあつかいしないでってば。ショーマさ──じゃなかった、我が王」


 頬をふくらませるユキノだけど、結局、俺の手に自分の手を重ねてる。

 今の俺とユキノの年齢は一回り違うけれど、俺たちは幼なじみのようなものだからな。俺が元の世界に戻ることになっても、辺境で平和に暮らせるようにしないと。

 ……ユキノに中二病を感染させたのは俺だからなぁ。しょうがないよな。


「では、辺境とこの地の平穏を守るため、準備をしたいのだが」

「わかった。『辺境の王』よ。募兵(ぼへい)を始められるがよかろう」

「ついてきてもらってもいいだろうか? よそ者の俺だけだと、城内の者が警戒するかもしれないからな」

「もとよりそのつもりだ」


 将軍はうなずいた。

 俺は黒馬『斬空黒曜(ざんくうこくよう)』のたずなを引いて、歩き出す。

 俺たちは馬に乗り、城の中にある家々を見てまわることになった。




──1軒目──



「端から見ていってよいのですな?」

「ああ。頼む」「お願いします」

「最初の家はこちら……って、通り過ぎておるが? 『辺境の王』よ!?」

「もう見た」

「見た、とおっしゃるが……声をかけなくてもよいのか?」

「時間がない。最後に一斉に呼びかけることとしたい」

「……なるほど。わかった。で、この家はどうだ?」

「門構えは立派だ。家を囲む塀も、なかなかのものだったな」

「どこを見ているのだ」

「戦力になりそうなところだ」

「家の中には青年がいたな。健康そうだったが」

「この家は駄目だ。ヘイを取るわけにはいかぬ。病人がいた」

「あたしも見ました。小さな子どもさんが、伏せってましたね」

「ああ。だからこの家から『ヘイ』を持っていくわけにはいかない」

「病人がいる家からは兵は取らぬと?」

「すきま風が入ると身体に悪いからな」「そうですね。病人にはよくないですね」

「……家族の心にすきま風が吹かないように……そこまでお考えなのか『辺境の王』……」

「次行こう次」「次ですね」


 俺とユキノ、将軍ヒュルカは次の家に馬を進めた。




──2軒目──




「ここは……3人兄弟がいるな。病人もいないし、父親も元気だ。声をかけずとも良いのか?」

「残念ながら、俺の望む『ヘイ』はいないようだ」「垣根(かきね)がありますけどね」

「……垣根? 確かに、下の子ども2人は母親の連れ子だそうだが……まさか、実子と連れ子の間に垣根があることに気づいているというのか!? 『辺境の王』よ!!」

「もうそれでいいや」「次行きましょう。次」




──3軒目──



「ここは三つ子の少女が母親と住んでいるだけだ。兵を(つの)るのは無理かと思うが……」

「いや、層が厚いな」「高さもそろってますね」

「はぁ!?」

「層が厚いと粘りが利くからな。背の高さが同じなら、息の合った陣が作れそうだ」

「ここに声をかけてみますか? 我が王」

「むろんだ」

「ちょっと待つがいい! こんな幼子たちを!? 塀に手を当てて……あ、呼ばないのか」

「呼ぶのは後だ。いきなりよそ者が声をかけると、びっくりするかもしれないからな」

「我が王は無理強いはいたしません」

「……無理強いというか、三つ子の幼子の家に声をかけるのは無茶だと思うが」

「「次、次」」



 そうして俺とユキノと将軍ヒュルカは、急いで城内の家々を回った。

 できるだけ息の合った陣が組めるように考えて、選んだのは約200軒。

 ヘイ(りょく)としては十分だ。


「……うかがってもよいか。『辺境の王』よ」

「構わぬが」

「兵に統一性を持たせると言いながら、ずいぶん適当に選んだように見えるのだが」

「こちらとしては力強さ、高さ、厚みをそろえたつもりだが」

「正直に申し上げて、募兵(ぼへい)に応じる者がいるとは思えぬ。応じたとしても、戦力になるかどうか……」

「戦力になるかどうかは、将軍自身で試してみるといい」

「私が?」

「俺とて、ここで募集したヘイをそのまま敵にぶつけるつもりはない。練習……いや、練塀(れんぺい)は必要だろう。その相手を、将軍の兵にお願いしたいのだが」

「よいのか? 我が兵はキトル太守家の正規兵。しかも、騎馬兵が主力だ。機動力には自信がある。『辺境の王』の声に応える奇特な兵が、相手になるとは思わぬが」

「相手にならなければ、『十賢者』とも戦えないだろう。だから、その前のお試しだ」


 言いながら、俺たちは城の大通りにやってきた。

 時刻は夕方。いい具合に人通りも減ってきている。数名の大人と、遊んでいる子どもたちがいるだけだ。ここでヘイを集めても邪魔にはならないだろう。


「聞いてくれ。誇り高きキトル太守家の家々よ」

「いきなり語り始めた!?」


 黙っててくれ将軍。こっちだって恥ずかしいんだ。俺の前でユキノが目を輝かせてるし、俺たちが乗ってる黒馬『斬空黒曜(ざんくうこくよう)』は、ぶるるる、って吠えて人目を集めてるし。

 これで誰も応じてくれなかったら赤っ恥だ。


「今まさに、この地に危機が迫っている。俺は辺境の者ではあるが、ご近所としてこの地を守るつもりでいる。だから力を貸して欲しい。強制はしない。『強化(エンチャント)』はしたが、中にいる家族が大切ならそのままでもいい。

 が、敵を追い払うのに力を貸してくれる者は、どうか俺の呼びかけに応じてくれないだろうか」

「『辺境の王』──いえ、異形(いぎょう)覇王(はおう)、きりゅうおうしょ──もがぁ!? ちょ!? 名乗りくらい上げさせてくださいよ! ショーマさんっ!!」

「……なにをなさっているのだ、あなたがたは」


 あきれたように、将軍ヒュルカは言った。


「こんなところで呼びかけても、家々の民に声が届くはずが──」




『ヘイッ!』




 届いた。




『ヘイッ!』『ヘイヘイ!』『ヘイー』『ヘーィッ!』




 ざっざっざっざっ。



 足音 (?)が近づいてくる。

 大通りの向こう。夕陽を背にした住宅地。

 そこから歩いてくる、影絵のような四角形。

 それらはかけ声を上げながら、ゆっくりと近づいてくる。


『ヘイ』『ヘイ』『ヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイ!!』


「「「うわああああああああああっ!!??」」」

「わーい! (へい)が歩いてる!」「おまつりかな!?」「ついていこー!!」


 叫び声をあげる将軍と兵士。笑いながら列に混じる、順応性の高い子どもたち。


「……まさか、家の(へい)たちが『この地を守ろう』という呼びかけに答えたのか……?」

「建築物におくれを取ってなるものかよ!!」

「オレたちも行こう!!」


 なんかノリで駆けだしてくる大人たち。

 やがてそれは大行列となり、城下町の通りを埋め尽くしていく。




挿絵(By みてみん)




「──って。人間の義勇兵(ぎゆうへい)はいらないな」

「そうですね。ショーマさんの配下は、あたしとリゼットさんとハルカさんの『三巨頭(さんきょとう)』だけで十分ですもんねっ!」

「そういう意味じゃねぇ」


 しょうがない。町の義勇兵の扱いは将軍に任せよう。

 俺の仕事は呼びかけに答えてくれた『義勇塀(ぎゆうへい)』の展開と指揮だ。




「……ひえええ。ひぃえええええええ…………」

「では将軍。明日にでも、我が『意思の兵』の練兵に付き合っていただけるか?」

「……や、やらなきゃだめ? だめかなぁ……」

「そりゃそうですよ──いや、それはそうだ。俺は『辺境の王』であって、人間の世界の戦い方は知らぬ。実際に将軍に教えてもらわなければ」

「……う、うぅ」

「それに、俺もここまで大規模な塀団(へいだん)を率いるのは初めてだ。むしろ、将軍にボコボコにされる心配の方が大きいのだが」

「よ、よかろう」


 将軍ヒュルカは顔を(おお)面甲(めんこう)を、こつん、と叩いた。


「我が騎兵200名が相手をいたそう! 『辺境の王』の実力を見せていただき、レーネス姫とシルヴィア姫にご報告しようではないか!」

「ああ。お相手願おう」

「ただし、飛ぶのはなしで」

「わかった」

「と、飛び道具もない方がいいかなぁ? あくまで兵同士の訓練であるから!」

「そうだな。怪我人が出たら大変だからな」

「も、もちろん。それを考えてのことだ。あとは手加減無用! 存分に、互いの兵の力を比べることとしようではないか! 『辺境の王』よ!!」




 ──翌日。『辺境の王』と『将軍ヒュルカ隊』は対陣した──



挿絵(By みてみん)



 ──十数分後──



「全部隊は相手陣地の背後より回り込め! ゆくぞ、『辺境の王』よ!」





「すべての(へい)は指示通りに展開。昨日ユキノと話し合った、対騎兵のいやがらせ陣形を取る!」

「お願いしますね。皆さん!」



『『『『『『ヘイっ!!!』』』』』』



挿絵(By みてみん)




「む!? (へい)が分散した!? 我らの進路をふさぐつもりか……って、待てええええ!?」

「将軍! 我々はかんちがいしていました。相手は複数の塀が合体したものだから、分散すれば障害物に……なんで、なんで塀をあんなに整然と操ることができるのだ──っ!?」

「我々が減速したところで……再度合体だと!? ああっ。左右から塀があああああ!? 来る! せまってくるううううわあああああああっ!!」



『ヘイ!』

『ヘイヘイ!』

『ヘ──────イッ!!』



挿絵(By みてみん)




 そして──








 ──数日後──



「シルヴィア! 西の城にいる将軍ヒュルカから文が届いたぞ!」

「『辺境の王』が向かわれた場所ですね。それで、将軍は何と?」

「待て待て……えっと」




『てかげんむようと言いました。いいましたけどぉ! ほんとに真に受けることないじゃないですかああああああああああっ! なんなんですかあのお方は……なんなんですかぁ。騎兵200を無傷で封印ってええええええっ。レーネス姫さまぁ。私、わたしほんとにしょうぐんをやっていていいんですかぁ…………』




「……なつかしいな。幼い頃のヒュルカはこうだったなぁ」

「……文面から察するに将軍は、『辺境の王』と模擬戦(もぎせん)をしたようですね」

「なんたる勇気か!」

「武門のほまれですね。お父さまが戻られたら、ヒュルカの俸給(ほうきゅう)を上げるように進言いたしましょう」

「それは後の話だ。我らも急いで兵をまとめ、西の城に向かわなければ。援軍(えんぐん)である『辺境の王』のみを頼るわけにもいくまい」

「急がなければなりませんね」

「ああ。『辺境の王』に任せておいたら、彼らだけで敵軍を撃退してしまうかもしれぬ。そうなったら……」

「将軍ヒュルカが辞表を出しますか」

「あの者は、面を取ったら泣き虫になるからな」



(さらに翌日)



「──再び早馬が来たと!?」

「ああ。将軍ヒュルカからだ。緊急報告──『遠国関(おんごくかん)』より、先遣部隊(せんけんぶたい)が出たと。数は1000。すでに西の城に向かっている……!?」

「その報告はどこから!?」

「『遠国関(おんごくかん)』で情報収集をしていた、『辺境の王』の妹君からだそうだ。どうやって敵軍より先に城についたのかは……わからぬが」

「『辺境の王』の配下ですからね。だが、早すぎる……」

「兵のほとんどは騎兵。残りは歩兵と輜重隊(しちょうたい)ですか。騎兵で村を襲い、兵糧は現地調達するつもりですね。後に歩兵で占領……と」

「いずれにしろ。こちらもすぐに動かねば!」

「それで、将軍ヒュルカはなんと言っていますか、姉さま!?」

「……ああ、それが」


 手紙に視線を向けたレーネス姫は、一言。


「敵軍に同情する……だそうだ」

「『辺境の王』になにされたんですか。というか、なにがあったんですか」

「わからぬ。が、急ごう。現在集まっている兵のみで動く。将軍たちにはすぐに情報を伝えよ。もはや迷っている場合ではないと!」

「はい、姉さま!」


 そうしてシルヴィアとレーネスは走り出した。


覇王さんは大きな塀力(へいりょく)を手に入れました。

そして、敵軍の情報をもたらしたのは……。

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