第115話「初代竜帝の伝説と、辺境へのいざない」
──捧竜帝クリスティアの話──
始祖さまについてお話ししましょう。
この国の最初の皇帝となり、世界を治めた方のお話を。
これは始祖さま──初代竜帝についての言い伝えです。
母から聞いたものなので……間違いがあったら、お許しください。
以前にお話したとおり、始祖さまは自分でスキルに目覚められた方でした。
始祖さまの身体には生まれつき、竜のようなアザがあったそうです。
そのアザがあの方に、自分が竜の加護を受けたのだと確信させたのでしょうね。
始祖さまが生きていた頃、この世界には巨大な竜が住んでいました。
竜は人の世界には干渉せず、ただ、世界を見守るだけでした。竜には巨大な魔力があったのですが、かなり年老いていたため、その魔力を使うだけの技がなかったのです。
そのころ、世界には黒い魔物があふれていました。
皆さまのご存じの通り、防御力がとても高く、知能の高い魔物たちです。
彼らは群れを作り、人の世界を圧迫していました。
始祖さまは世界を救うため『竜帝』と名乗り、人々を救うために立ち上がりました。
ですが『竜帝』とは仮の名です。
あの方は当初『絶対封邪神無敵竜帝』と名乗られていたそうです。
……あれ? どうされました? 『辺境の王』さま。
どうして頭を抱えていらっしゃるのですか?
もしかして、感動されているのでしょうか。
わたしも好きです。『絶対封邪神無敵竜帝』という名前。
ただ、当時の仲間に止められて、結局『竜帝』という名前に落ち着いてしまったそうですけど。
……どうして安堵の息をついているのですか。『辺境の王』さま。
え? 理性のある部下がまわりにいて良かった?
はい、そうですね。
始祖さまのまわりにいた方は、全員、名臣であったと言われています。
始祖さまは軍を立ち上げたあと、仲間に協力してもらって、深山の竜の元へ向かいました。
当時の始祖さまは修業をして『豊穣』と『停滞』のスキルを身につけたのですが、魔力は人のものでした。世界中の魔物を消すには、力不足だったのですね。
だから、竜の魔力を借りようとしたのです。
あまたの苦難を乗り越え、始祖さまは竜に会いました。
竜は言いました。
「よかろう。我が魔力をお主に与えよう」と。
始祖さまは答えました。
「自分の目的は世界を救うこと。天地を揺るがす邪悪なる魔物を消滅させ、人の世に光を取り戻すこと。その願いが叶うかたちで力を貸して欲しい。これぞ、真なる天地開闢の理なり。我が名は『絶対封邪神無敵竜帝』──天地を支える柱となることを望むもの。そして──」
え? この名乗り、いつまで続くのか、ですか?
名乗りだけで、言い伝えの半分を占めていますから、あと15分ですね。
いえ、特に名乗りに意味はありません。
そうですか。左腕がうずくから飛ばして欲しい、ですか。『辺境の王』さまがそうおっしゃるなら。
あとで羊皮紙に記録しておきますね。
そうして始祖さまの名乗りが終わったあと、竜は言いました。
「汝の意志は、よくわかった」
竜は川をうめつくすほどの長く、大きな身体を伸ばして、始祖さまを見下ろしていました。
その後の竜の言葉は、始祖さまにも、よくわかりませんでした。
意味は不明のまま──ただ、言葉のみが伝わっています。
「間もなく、この世界での我が寿命は尽きる。
元々、我はこの世界の者にあらず。人の世に興味を持ち、竜の姿で降りてきた者。
生命としての寿命が尽きれば、精神は第8天へと帰るであろう。
我は本来の姿に戻り、この世界を見守る者となる。
だが、汝が世界の安定を望むのであれば、我の魔力のみをこの世界に残すとしよう。
我が魔力は大地を流れる──土地の魔力と一体となり、世界をうるおすであろう。
汝はそれを用いて、人と世界を救うがいい」
竜の身体は始祖さまが見ている前で、地に溶けていったと言われています。
その後、大地の魔力は活性化して、『竜脈』が生まれたそうです。
その力をもって、初代竜帝──始祖さまはこの国を治めたのです。
けれど、始祖さまの『豊穣』の力は、子孫には受け継がれませんでした。
わたしたちが竜のことを忘れてしまったからだと、母は言っていました。
わたしが持つ『停滞』の力は、生命を一時的に止める力です。
自分や他者を仮死状態にすることしかできません。
竜帝の子孫は、竜を忘れ、力を失ってしまったのです。
時は流れ、やがて『十賢者』の専横が始まりました。
『十賢者』は代々の皇帝を使い、大地の魔力と繋がる方法を探していたのです。
わたしも……母も、生まれたときから儀式によって、魔力を吸い取られてきました。
皇帝の魔力をからっぽにすれば、それを埋めるために『竜脈』の魔力が自然に使われるのだと、『十賢者』は考えていたのでしょうね。
『捧竜帝』は、わたしと母の名前です。
皇帝はずっと、同じ人間がつとめていることになっていました。
侍女や宮女は、その役目を終えるとき、魔法で記憶を消されてしまうのです。
だから、『捧竜帝』がどんな者なのか、誰も知らなかったのですね。
……え?
大地の竜は、どうして助けてくれなかったんだ。ですか?
それは、わたしにはわかりません。
もしかしたら、始祖さまに告げた通りに、その精神だけが第8天に帰られたのかもしれませんね。
でも、わたしは信じています。
大地の竜は、どんな姿になっても、わたしたちを見守ってくれていると。
だって、始祖さまの力を受け継ぐ方が、こうして、ここにいらっしゃるのですから。
『辺境の王』さま。
いずれわたしは、『キトル太守』と共に『十賢者』を討ち果たし、宮廷に戻ることになるでしょう。
どうか、それまで、そばにいていただけませんか?
始祖さまと同じ気配を持つ方と共にいて、普通の……女の子としての生活をしてみたいのです。
この『捧竜帝』クリスティアの願い。叶えていただけないでしょうか──
──ショーマ視点──
そう言って、クリスティアは話をしめくくった。
……えっと。
「ひとつ、聞いてもいいかな」
「はい。なんなりと」
「言い伝えの中に、大地の竜の名前って伝わってる?」
「申し訳ありません。かなり昔の話ですので……」
だよなぁ。
とにかく、この世界に巨大な竜がいたことはわかった。
その竜が大地に溶け込んで、今の『竜脈』になったらしい。
竜帝がその魔力を利用して、世界を治めた。
けれど、子孫の皇帝たちには、力が引き継がれなかった。たぶん、それは竜帝が自力覚醒したからだ。初代竜帝ほど中二病じゃなかった子孫に力は使えなかった──らしい。
気になるのは、竜が言い残した言葉だ。
『我はこの世界の者にあらず。人の世に興味を持ち、竜の姿で降りてきた』
『生命としての寿命が尽きれば、精神は第8天へと帰る』
『我は本来の姿に戻り、この世界を見守る者となる』
『第8天』が、俺の中二病ゼリフと一致してるのは……偶然だろうな。そうじゃなかったら困る。
問題は『我は本来の姿に戻り、この世界を見守る者となる』の部分だ。
この世界は3人の女神、『ネメシス』『グロリア』『フィーネ』の干渉を受けている。
その3女神が、俺の世界の人間をこの世界に転生させている。
そして、俺をこの世界に転生させた『女神ルキア』は、3女神に含まれない。
彼女は俺をこの世界に召喚したのは手違い──ミスだって言った。
でも、あれは本当なのか?
もしも、この世界にいた竜の精神が、この世界を見守ってるのだとしたら──
そいつは女神と近いところにいて、俺の召喚になにかの手を下したのかもしれない。
いや、もしかしたら女神ルキアが、この世界にいた竜の精神体という可能性もあるな。
人間を好きな女神が、この世界の生命体をかたどった姿で降臨して暮らしていたとか。だが、上位の存在が生命体として存在するのはタイムリミットがあり、やがて天上界へ戻らなければならなくなった。そこに初代竜帝が現れた。
彼に力を与えて天上界に戻った女神はこの世界に別の女神が干渉することを嫌って、異世界にいる『異形の覇王 鬼竜王翔魔』に大いなる使命という神託を授けることに決めた。すなわち鬼竜王翔魔に課せられた使命こそが女神の神託によるものうわぁ。
いかんいかん。妄想が暴走しすぎた。
いくらなんでも先走りすぎだ。
それに、初代竜帝の話が、今の時代まで正確に伝わってるとも限らない。
初代竜帝が死んでから、長い時間が経ってるんだから。
「話はわかりました。クリスティア」
今わかるのは、『捧竜帝』クリスティアがすごく苦労をしてきたということ。
彼女には、落ち着いた時間が必要だということだ。
だったら、まぁ、初代竜帝に近いらしい俺が、彼女の面倒を見るのは当然だよな。
「だったら、俺があなたを辺境につれていきます。『十賢者』との戦いのときが来るまで、辺境でのんびりしてください」
「……『辺境の王』さま」
「辺境には初代竜帝が作ったといわれる『竜帝廟』があります。案内しますよ。それに、このリゼットは竜帝の血を引いてます」
俺は後ろに控えていたリゼットを引っ張り寄せた。
そのまま、俺の隣に座らせる。
「ふぇっ? 兄さま!?」
「このリゼットは、クリスティアの親戚みたいなものです。仲良くなれるでしょう」
「は、はい。傍系ですけど、リゼットは、『捧竜帝』さまの遠い親戚です」
リゼット、がちがちになってるな。
メインで『捧竜帝』の面倒を見てもらうつもりなんだけど。
まずは、ちょっとリラックスした方がいいよな。
「そうだ。辺境には魔力たっぷりの温泉があります。リゼットたちと、背中を流しっこするといいでしょう。それから、お隣の『グルトラ太守』のキャロル姫は、竜帝マニアです。きっとクリスティアの前で、怪しい踊りを見せてくれると思います。きっと、みんなと楽しく──って、クリスティア?」
「…………」
話すのに夢中で、気づかなかった。
無言のまま、ぽろぽろぽろ、と、クリスティアは涙をこぼしていた。
「……ありがとう、ございます」
クリスティアは両目をぬぐいながら、そう言った。
「うれしい……です。『辺境の王』さま」
「辺境まではすぐですよ。いつでも、案内します」
クリスティア相手なら、『結界転移』させてもいいよな。
元々彼女のご先祖のものなんだし、それで一気に辺境に行こう。
そういえばリゼットとの結婚式もあるんだっけ。
せっかくだから、クリスティアにも参加してもらおうかな。
リゼットが緊張でぶっ倒れそうだから、だめかな。
「だから、どうかこころゆくまで、辺境での生活をお楽しみください」
俺はクリスティアの手を取って、言った。
『十賢者』の動きは、ハーピーたちが教えてくれる。シルヴィアからも情報は来るだろう。
本格的な戦いが始まるまで、クリスティアには、のんびりしてもらおう。
「『辺境の王』ショーマ=キリュウ……いえ、『異形の覇王 鬼竜王翔魔』が、ご案内いたします。陛下」
そんなわけで、俺たちは『捧竜帝』クリスティアを連れて、辺境に戻ることになったのだった。
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