第111話「『異形の覇王』、異能の矢を打ち払う」
──ショーマ視点──
「うちの子を傷つけたのはお前だな」
『双頭竜』が放つ光が、巨大な弓を手にした少年を照らし出している。
木に刺さった矢も見える。
矢羽根が大きく、矢そのものも長い。ルロイの翼を傷つけたものと同じだ。
やっぱり、こいつが犯人か。
『意志の兵』とハルカの足音は、もう聞こえない。
ハルカには、女性をシルヴィアのところに連れて行くように言った。『九炎の矢』はハルカも見てるから、迷わずたどりつけるはずだ。
俺は目の前にいる弓使いを見据える。
「あんたは、闇を見通すほどの視力があるんだよな、だったら、飛んでるのは鳥じゃなくて亜人だってことはわかったはずだ。どうしてお前は矢を放った? 対策をしてなかったら……ロロイが近くを飛んでなかったら、うちの子は大けがしてたかもしれない」
俺は言った。
大弓の少年は両目をこすって、顔を上げた。
「こっちはあんたにケンカを売るつもりなんかなかったんだ。邪魔もしていない。ただ近くを飛んでただけなのに……うちの子になんてことしやがる!」
「くっ!! だ、黙れ!!」
大弓の少年がこっちを見た。
早いな。もう視力が回復したのか。
その視力と目の回復力がスキルによるものだとすると、こいつも『転生者』か?
「亜人のことなど知るか!!」
大弓の少年は叫んだ。
「亜人は人間じゃない。弓で射てなにが悪い!? 自分は力を見せる必要があったからそうしただけだ!」
「……そうかよ」
「それより貴様は何者だ!? 『キトル太守領』の者か!?」
「俺はあんたが射た子の主君だ。だから、まずは武器を捨てろ。話はそれからだ」
「話すことなどない!! 『捧竜帝』は、このカリクゥ=フエンのものだ!!」
「それは、今はどうでもいい」
「……え?」
大弓の少年──カリクゥ=フエンが首をかしげた。
さっきこいつと女性が、『捧竜帝』について話しているのは聞いてた。
でも、今はそれよりうちの子の話だ。
「だ、だから、『捧竜帝』をお前には渡さ──」
「だから、今はそれはどうでもいいと言っている!!」
「ふざけるな!! このカリクゥ=フエンが求めるものが、どうでもいいだと!?」
「ああ。俺が問題にしてるのは、あんたが問答無用でうちの子に矢を射かけたことだ。武器を捨てないなら、あんたの弓を俺がたたき折る。ついでにこの土地を安全な場所にする。以上だ」
「……理解できない」
「おたがいさまだ」
「このカリクゥ=フエンには大望がある。それを邪魔する者は消す!」
カリクゥ=フエンが弓を引く。
俺は『双頭竜』に指示を出す。
「──奥義『拡散矢』!!」
「行け。『双頭竜』!!」
奴が矢を放つと同時に、俺は『双頭竜』を突っ込ませる。
カリクゥ=フエンの矢が空中で分裂する。数は5本。すごい能力だ。やっぱり転生者か。
「悪い。あれを受け止めてくれ」
『グゥオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアア!!』
『双頭竜』が巨大な身体をくねらせる。長い胴体と尻尾で、矢を払いのける。
けれど、すべての矢は防げない。
光る竜の胴体に、数本の矢が突き立つ。
「くそ! 消えろ化け物!!」
さらにカリクゥ=フエンが矢を放つ。
10本目の矢を受けて──『双頭竜』が爆散した。
タイミングを合わせて、俺は『翔種覚醒』。
『双頭竜』の閃光が森を包んでいる間に上昇。
側面からカリクゥ=フエンに向かって飛翔する。
「二度もめくらましに引っかかるか!!」
カリクゥ=フエンが双頭竜を見ていたのは数十秒。
奴が俺に気づいて、弓を引く。
だけどこっちも、矢の対策は準備済みだ。
俺は『王の器』から、お椀を取り出した。
お椀には『フララ豆』が山盛りになってる。
これがルロイとロロイに食べさせた、矢避けのアイテムだ。
「──『命名属性追加』はまだ効いてるな」
俺は飛びながら、山盛りの豆を口に入れた。
「『山盛りの豆』──転じて『矢守りの豆』」
「貫け! 『絶・貫通矢』!!」
カリクゥ=フエンが矢を放つ。
矢は深紅に輝きながら、こっちに向かって来て──
──俺の手前で、斜めに逸れた。
「──なに!?」
「悪いが、飛び道具対策はしてある」
『山盛りの豆』には『命名属性追加』で『矢守り』の能力をつけてある。
食べれば一定時間、身体のまわりに『矢を防ぐバリアー』が生まれるというすぐれものだ。
ルロイとロロイに偵察を命じたのは俺だ。
当たり前だけど、対策なしで送り出したりしない。
ふたりには、矢の攻撃を防ぐための豆を与えておいたんだ。でも、豆嫌いのルロイは半分残した。だからバリアーが半端になっちゃったんだ。今度は小さなお椀で、山盛りのご飯にしよう。
「貴様は……そんな能力があるのに、どうして天下を狙わない!?」
カリクゥ=フエンは矢を放ち続ける。
「そうだ、このカリクゥ=フエンと組もう! 軍師リーダルを排除して、王都を占拠するのだ。そうして大陸を統一すれば、女神ネメシスに認めてもらえる。このカリクゥ=フエンが元の世界に戻るまでの間、この世界の神として──」
「断る。そういうのは中二病時代に卒業したんで」
俺はカリクゥ=フエンに近づいてから、『翔種覚醒』を解除。
機動性と防御力特化の『竜種覚醒』に変更。
そのまま──
「まずは一発殴らせろ。これは──うちの子の分だ」
俺は『王の器』から取り出した棍棒で、カリクゥ=フエンをぶんなぐった。
「がはあああっ!?」
大弓が折れる。矢が散らばる。
カリクゥ=フエンの身体が吹っ飛ぶ。
手加減はしてる。
ハーピーの代表が一発ひっぱたきたいって言ってたから、その分は残しておかないと。
それにこいつからは、根こそぎ情報を引っ張り出さなきゃいけないからな。
「────カリクゥ=フエンさまが……こうもあっさりやられるなんて」
「────我々が敵う相手じゃない……」
「────こんな任務で死ぬのか……オレたちは……」
カリクゥ=フエンの配下は、真っ青な顔をしてる。
それでも武器を手にしてるのは、さすが王都の兵士ってとこかな。
「武器を捨てれば殺さない」
とりあえず『竜種』の角を見せながら、言ってみた。
ついでに最低出力の『竜咆』でおどしてみる。
「「「…………降参する」」」
兵士たちはあっさりと武器を捨てた。よし。
俺は収納スキル『王の器』から出した鎖で、カリクゥ=フエンを拘束する。
転生者封じ用の『喪綿の封帯』も忘れない。
これは以前にトウキ=ホウセと戦ったときに作ったものだ。
『木綿の包帯』に『命名属性追加』で、能力封じの効果を追加してある。
「そろそろプリムが来るころかな」
さっき『九炎の矢』が見えたから、プリムにはそっちに行ってもらった。
こっちでは『双頭竜』を使うって言っておいたから、爆散の光を合図に戻ってくるはずだけど──
「我が王! お待たせしました──っ!!」
「お疲れ……って、どうしてダイブしてくる!?」
プリムの小さな身体が、俺の上から降ってくる。
『翔軍師覚醒』で飛んで来て、そのまま変身を解除したらしい。プリム、軽いからいいけどさ。
「そこまで急ぐことはなかったんだが」
プリムの身体を抱き上げながら、俺は問いかける。
ハーフハーピーのプリムの身体は小学生サイズだから、『竜種覚醒』状態の俺には負担にならない。上空から落ちてきても、受け止められるくらいだ。
「危ないことすんな。怪我の心配するのはルロイ相手で充分だ」
「王がお怒りだったので、急いで来たのです」
「それほど怒ってたか? 俺」
「怒っておりましたよ。私が見たこともないくらい」
「そうかな?」
「王ご自身が敵を殴るなど、滅多にないことでございましょう?」
「……そうだけどさ」
気づいたら殴ってたんだからしょうがない。
それでも剣じゃなくて棍棒を使ったし、パワー重視の『鬼種覚醒』じゃなくてバランス型の『竜種覚醒』にしてた。
最低限、理性が働いてた証拠なんだが。
「ハルカが保護した女性は?」
「シルヴィア姫の配下が保護しました。私が、途中まで案内しましたので」
「あの女性と、このカリクゥ=フエンが『捧竜帝』とか言ってたのは?」
「それは、ですね」
抱っこされたまま、プリムは俺の耳に顔を近づけた。
兵士たちに聞かれないための用心だろう。
「…………宮廷に仕える女性たちが、『捧竜帝』さまを連れ出したようです」
「…………やっぱりかー」
「…………陛下はまだ幼く、『十賢者』に迫害されていたご様子。それで宮女の皆さんが助け出すことにしたようです。この兵士たちは、それを追ってきたのかと」
「…………『捧竜帝』は今、どこに?」
「…………シルヴィア姫さまが保護されました」
だったら安心だ。
シルヴィアなら問題なく皇帝を保護してくれるだろう。
『キトル太守家』は、皇帝への忠誠心が強いって話だし。
「……でも『キトル太守家』が陛下を保護するとなると……『十賢者』の攻撃の矢面に立つことになりますね」
「……そうだな。じゃあ『キトル太守領』と『遠国関』の間にある魔法陣を全部再起動しよう」
「……やっちゃいますか」
「……やっちゃおう」
そうすればこのあたりにも『意志の兵』を配備できる。しかも稼働時間、無限で。
地面に塀を伏せておいて、敵を迎撃することもできるようになる。
ついでに『キトル太守家』に『強化』した武器を貸そう。
管理はシルヴィアに任せれば大丈夫だろ。
あとは──シルヴィアにも『竜将軍』『鬼将軍』のような称号を与えてみるか。
リゼットやハルカ、ユキノやプリムみたいな力が使えるようになれば、シルヴィアも楽になるはずだ。
「…………ふふっ」
「どしたのプリム」
「やはり王はご自分が、『捧竜帝』陛下を手に入れようとは考えないのですね」
「ああ。うちの幼女はプリムたちだけで充分だよ」
「むむぅ。たまに王は失礼です。他はともかく、このプリムは立派な大人です」
「だったらそろそろ、俺の腕から降りてくれ」
「大人ですので、王を独占したくなることもございます」
「また変な理屈を」
「軍師ですから」
「軍師は関係ねぇだろ」
それはともかく、俺が皇帝を手に入れてもしょうがない。
そもそも『捧竜帝』がどんな人かも知らないし。
あ、でも、リゼットとキャロル姫は会いたがるだろうな。
シルヴィアに頼んで、会う機会を作ってもらおうかな。
「プリム。もう一仕事頼む」
「心得ました」
「他にも逃げた宮女さんがいるらしい。探して集めるように、シルヴィアに伝えるつもりだ。プリムは探す手伝いをしてやってくれないか」
「承知しました。ロロイにもお願いしましょう。王からの命令、ということで」
「ついでに、近くにいる『キトル太守領』の兵に、こいつらを連行するように伝えてくれ」
「はい。居場所はわかります。連れて参りましょう」
プリムがそう言って、再び『翔軍師覚醒』しようとしたとき──
「ふ、はははっ。皇帝は、お前たちのものにはならぬ!」
不意に、カリクゥ=フエンが叫んだ。
奴は木に寄りかかり、足元を見つめている。
そこには、破れた革袋が転がっていた。
近くには千切れた袖が落ちてる。さっき逃げた、宮女の人のものらしい。
「王都を出てずっと、皇帝は荷物の中に隠れていた。自分たちも、その存在をつかめなかった。おそらく、皇帝に伝わるという停滞の術で、仮死状態になっていたのだろう」
「……そういえば、宮女の方がそんなことを言っていました」
プリムが俺の耳元でささやいた。
カリクゥ=フエンは、破れた革袋を踏みしめている。
「聞いたことがある。その仮死状態は、特別なポーションがなければ解くことはできない、と」
よく見ると、革袋のまわりの草が濡れている。
もしかして……あの革袋に、ポーションが入っていたのか?
「お前たちが皇帝を手に入れたとしても、利用することはできない! 皇帝は眠ったままなのだからな。このカリクゥ=フエンなら、宮廷からそのポーションを持ってくることもできるがな!!」
「……このプリムの不覚です。もっと早く来るべきでした……」
プリムのせいじゃない。
ポーションがこぼれたのは、さっきの女性がカリクゥ=フエンの矢を受けたときだ。
俺が来たときは、もう手遅れだったんだ。
「さぁ、この鎖と、妙な包帯を解け!!」
カリクゥ=フエンは叫んだ。
「宮廷に戻り、ポーションを持ってこれるのは、このカリクゥ=フエンだけだ! この戒めを解いて、カリクゥ=フエンに従うと約束するのだ。それから、宮女カタリアを連れてこい。あの美しさは自分にふさわしい」
「……さすがカリクゥ=フエンさま」
「……鎖など、あなたにとっては問題にもならなかったのですね!」
「……亜人ども!! さっさとカリクゥ=フエンさまの鎖をほどけ!!」
兵士たちもわめきはじめる。
「さっさとしないか。それとも『捧竜帝』を、永遠に仮死状態にしておくつもりか……?」
……仮死状態になる魔法か。
それについては、さすがに予想外だ。
というか、皇帝がいること自体、俺たちは知らなかったんだけどさ。
皇帝──幼女か。
確かに、ずっと仮死状態にしておくのは気の毒だよな。
『十賢者』に利用されて、やっと脱出してきたっていうのに……。
「いや待て。お前がそのポーションを持ってこられるという証拠はあるのか?」
「信じなければそれでいい。『捧竜帝』が、ずっと仮死状態でいるだけだからな!!」
鎖に縛られたまま、カリクゥ=フエンは楽しそうに笑ってる。
俺は続ける。
「だいたい、お前がそのポーションを持ってきたとしても、それが本物だとどうしてわかる?」
「宮女の者に聞けばいい」
「区別できるものなのか?」
「ああ。あれは濃厚な魔力を宿したポーションだからな。宮廷にはひとつだけ、濃い魔力を宿した水が湧く井戸があるのだ。ポーションはその水をくみ上げたものだ」
「「…………ん?」」
濃厚な魔力?
「それほど濃い魔力を含む水を、お前たちが手に入れることはできまい!」
「濃い魔力というと、どのくらいだ?」
「それを振りかけるだけで、ゴーレムを一日動かせるほどのものだ!!」
「「…………へー」」
「おどろいているようだな! そんな特別な水は、貴様らには手が出ないものだからな! 入手できるのはカリクゥ=フエンのみ……って、おい。どこへいく!? 兵士たちを縛ってどうするつもりだ!?」
「情報に感謝する。お礼に、あんたたちはここに置いていくことにするよ」
俺は兵士たちを縛り上げてから、カリクゥ=フエンに向けて告げた。
「あとで宮女さんたちと兵士たちが、あんたを迎えに来るだろ。その後で改めて、俺からあんたに文句を言わせてもらうよ」
「話が見えてないようだな。『捧竜帝』を目覚めさせるには、濃い魔力が必要なのだ。それは初代竜帝に祝福された土地にしかないはず……って、本当に行くのか!? え? いいのか!? おい、ちょっと待って…………話を…………」
「プリムは予定通りに、近くの兵に連絡を。俺はシルヴィアと合流する」
「わかりました。ポーションは『王の器』に?」
「ああ。まずは『捧竜帝』を目覚めさせることにするよ。シルヴィアも心配してるだろうから」
カリクゥ=フエンの言う『初代竜帝の祝福』が、結界の魔力のことなら、話は通る。
王都が強力な魔力スポットだというのも、ありそうな話だ。
だとすれば『優先強化エリア』の魔力ポーションで、『捧竜帝』を目覚めさせることができるかもしれない。
まずは宮女さんに魔力ポーションを見せて、確認してもらおう。
「『翔種覚醒』!」
「『翔軍師覚醒』いたします!」
ぱーん。
お互い翼を生やした俺とプリムは、それぞれの目的地に向かって飛び立ったのだった。
いつも「ゆるゆる領主ライフ」をお読みいただき、ありがとうございます!
書籍版2巻は本日発売です!!
ユキノとシルヴィアも登場して、『辺境の王』の仲間はますます充実します。
新たに参戦する兵たちも、戦いに家事に大活躍です!
書き下ろしエピソードに陣形図もついた、書籍版『ゆるゆる領主ライフ』2巻を、よろしくお願いします!!




