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第109話「とある逃亡計画と、シルヴィアへのプレゼント(後編)」

 ──数時間後、『遠国関(おんごくかん)』北方の街道で──




 日が暮れかけた街道を、馬が走っていた。

 先行する馬には女性が乗っている。乗馬には慣れていないのだろう。それほど速くはない。

 女性は大きな袋を抱きかかえ、必死に手綱にぎっている。


「……せめて。約束の場所にたどり着くまで、捕まらなければ……それで」


 女性は歯をくいしばりながらつぶやく。

 後ろから追っ手が迫っているのはわかっている。


 兵士たちを酔い潰すのには成功した。

 気づかれずに馬を奪うこともできた。

 予定通り、担当する者それぞれが、バラバラの方角に逃げた。


 追われることも承知の上だ。

 本命の一人が、約束の場所にたどり着けばいい。そう思っていた。


「……運が悪いですね。本命に追っ手がかかるとは…………」


 捕まったら終わりだ。

 覚悟はしていても、恐怖で身体が震えそうになる。


 この場所に、自分たちの味方はいない。

 敵に作戦をさとられないように、『彼ら』には離れた場所で待つようにお願いしてある。


 けれど──


「もしも……見知らぬ誰かがこの声を聞いていたら……お願いします」


 女官は手綱を握りしめて、声をあげる。


「私はとある高貴な方にお仕えする、名もなき者です。その方はまだ幼く、世界さえも知りません。私の命を差し出しても構いません。どうか、その方が助かるように、自由な場所まで逃がしてさしあげたいのです……どうか」




『…………ヘーィ』




「……え?」


 女性は思わず左右を見回す。

 人の気配はない。街道のまわりには、森が広がっているだけだ。

 森は暗く、中の様子はうかがえない。


 気のせいだったのだろう。

 そう思って、彼女が馬を進めると──





『────ヘイ!? ヘイヘイ!!』





 遠く離れた背後で、再び、声がした。

 それと同時に──



 ヒヒヒヒィィィィン!!



「な、なんだ今の声は!?」

「こら。落ち着け! 暴れるな!!」

「馬を静めろ……いや、森の中には入るな。構うな! 今は奴らの後を────」




 声が遠ざかっていく。


「なんだったのでしょう。今のは」


 わからない。けれど、距離を稼ぐことはできた。

 彼女は空を見上げる。星の位置で、方向を確認する。距離は、あと少しだ。


「……もしかしたら今のは、初代竜帝さまの御使いでしょうか……?」


 彼女は袋の中にいる者に語りかける。

 答えはない。

 ただ、この選択は間違っていないという確信だけがある。


 彼女は必死に馬を走らせる。

 やがて、街道の左右の森が切れる。その先が開ける。


 その先には多くの人影がある。

 それを見た彼女は馬の鞍にくくりつけた小さな旗を取り出し、振った。



『彼ら』──『キトル太守家』への合図だった。







 ──シルヴィア視点──




「……見えました! 合図の旗です!!」


 兵士のひとりが叫んだ。

 シルヴィアは街道に目を向けた。

 夕闇の中に、小さな旗が見えた。ゆっくりと円を描いている。

 密書に書かれていた通りの合図だ。


「わたくしが出迎えに参ります」

「お待ちください姫さま。旗の者の後ろより、馬の足音がしております」


 将軍ヒュルカの言う通りだった。

 合図を出している騎馬を追うように、複数のものたちが近づいている。


「私が先に参ります。姫さまは、後ろからついてきてください!」

「わかりました。ヒュルカ」


 将軍ヒュルカと兵たちが先に立って走り出す。

 シルヴィアは最後尾だ。

 薄闇の中、街道を走る馬が見えてくる。乗っているのは女性だ。子どもが隠れられるくらいのサイズの袋を抱えている。

 あの中に『貴人』がいるのだろうか。


「『キトル太守』の方々とお見受けいたします。私は『捧竜帝(ほうりゅうてい)』さま付きの女官、ソレルと申します! 宮女カタリアさまの命令で、(とうと)い方をお連れしました!!」

「事情は後でうかがいます。追っ手の兵は敵ですか? 味方ですか?」

「『十賢者』の兵です!!」


 女性の声を聞いて、将軍ヒュルカが飛び出した。

 槍を手に、追っ手の前に立ちはだかる。


「私はこの街道を守る者である! 貴公らは何者か!?」

「──くっ」


 追っ手の兵が馬を止める。

 彼らは歯がみしながら、ヒュルカをにらみつけた。


「そこをどけ! 自分たちは、そこの女に用がある!!」

「まずは名乗れと言っている。話はそれからだ」


 将軍ヒュルカはにやりと笑う。

 敵の数は数名。数はこっちの方が多い。正面きって戦えば負けない。


「どけと言っているのだ!!」


 追っ手の中から、ひとりの騎兵が飛び出した。

 深紅の槍を手に、まっすぐヒュルカに向かってくる。


「我々の邪魔をすれば死ぬことになるぞ、女!」

「お気をつけください! この者は『十賢者』配下カリクゥ=フエン直属の配下です!!」


 女性が叫ぶと同時に、敵兵の男性が槍を突き出す。

 ヒュルカがそれを槍で受ける。

 双方の槍が震え、馬がいななく。


「──自分は軍師リーダルさまより、特別な武器をいただいている」

「なんだ!?」


 夕闇の中、将軍ヒュルカの(かぶと)が照らし出される。

 ヒュルカが声を上げ、馬が飛び退く。


 敵兵の槍が、炎を発していた。


「──くっ!?」

「ははははははっ! これがカリクゥ=フエン様にお仕えする、直属兵(ちょくぞくへい)の力だ!!」


 繰り出される槍を、将軍ヒュルカはぎりぎりで避ける。

 槍の腕なら互角だ。


 だが、敵の槍が放つ火炎はヒュルカの槍を焼いていく。

 槍の柄が焦げ、ゆがみはじめる。


「このままでは──」


 見つめるシルヴィアの額に汗が伝う。

 彼女は馬の鞍に手を伸ばし──(くら)に結びつけていた『石の槍』に気づいた。


「ヒュルカ! これを使いなさい!!」


 反射的にシルヴィアは、石の槍をヒュルカに投げていた。


 同時に、焼け焦げたヒュルカの槍が折れる。

 ヒュルカは手を伸ばし、シルヴィアの槍を受け取る。


「この槍は!?」

「ショーマさまがくださったものです!!」

「──ならば最強ですな!!」


 ヒュルカは迷わず、石の槍を構えた。

 彼女も『辺境の王』を尊敬(そんけい)している。


 敵の『炎の槍』への恐怖が消えていく。

『辺境の王』の槍があれば、怖いものなどなにもない。


「来なさい! 我が友の槍を受けてみるがいい!!」

「はっ!? そんなみすぼらしい槍がどうした!?」


 敵兵が火炎の槍を振るう。

 ヒュルカは石の槍を突き出し、敵の槍を受け止める。

 次の瞬間──




『ヤァァァァアアアアリィィィイイイイイ!!!』




 石の槍が、震えた。

 ヒュルカは思わず目を見開いた。


 石の穂先と木の柄は、高速で振動している。

 なのにヒュルカが握っている部分はなんともないのだ。




『YAAA! リリリリリリリィィィイイイイイ!!』




 ぶんっ。ぶんぶんっ!!



『ヤアアアアリイイイィ!! ヤァアアアアリィィィィィイイイイ!!』



 揺れる槍の穂先が、噴き出す火炎を振り払った。


「なにいいいいいっ!?」


 敵兵が思わず槍を引く。

 距離を開け、ヒュルカに向かって火炎を噴き出す。


 ──だが、届かない。

 石の槍が発する振動が火炎を振り払い、絡め取り、ヒュルカを守る。

 まるで槍そのものが意思を持っているかのようだった。


「き、きさまああああっ!! なんだその槍はあああっ!?」

「尊敬する友の槍に文句があるか!?」

「ある! 変すぎるだろうその槍は!!」


 敵兵が馬の腹を蹴る。

 そのまま槍を構え、ヒュルカめがけて突っ込んでくる。



『ヤァァァァアアリィィィィィフッォオオオオオオ!』



 ぺちぺちぺちぺちっ!!



 石の槍が(むち)のようにしなり、敵兵の槍を叩いた。



 ぺち、ぺちぺちぺちぺちっ!!



「おおおおおおおおおっ!?」


 衝撃に耐えきれず、敵兵が槍を取り落とす。

 さらに、石の槍の振動を受けた敵の馬が暴れだす。

 どすん、と音がして、敵兵は地面へと転がり落ちていた。


「なんと……これはすばらしい武器です。『辺境の王』よ」


 ヒュルカは目を輝かせて石の槍を見つめていた。

 そして彼女は顔を上げ、


「敵将にはすでに戦闘能力はない! お前たちはどうする!? 我が友よりたまわった武器を手にした私が相手になる!!」


 ヒュルカの叫びに応じて、『キトル太守領』の兵たちが敵兵を取り囲む。

 敵兵はがっくりとうなだれ、武器を投げ捨てた。


「……すごいです。ショーマさま」


 シルヴィアは胸を押さえて、ヒュルカの戦いを見つめていた。


 ショーマが『石の(へい)』を『意思の兵』にしたことは知っている。

 だったら『石の槍』をもらったときに、それが『意思を持つ槍』だということに気づくべきだったのだ。


「わたくしは、まだまだですね。辺境に行ったら、リゼットさまたちのご指導を受けなければ」


 シルヴィアは馬を降りた。

 自分が保護した、若い女官の元に向かう。


 彼女は地面に座り込み、大きな袋を抱えていた。

 シルヴィアが近づくと、慌ててその袋を開く。


 中には──幼い少女が隠れていた。


 年齢は10歳にも満たないだろう。

 髪は銀色で、肌は真っ白だ。

 着ているのは大きな綿入れだった。ただし刺繍や装飾がされた高級なものだ。


 少女は目を閉じている。

 胸がかすかに上下しているから、生きてはいるのだろう。

 だが、これだけの騒ぎの中でも、眠ったままだ。全く反応していない。


「……お怪我はないですね。よかった……」

「その方は?」

「…………私たちが王都より連れ出した、貴人──」


 女官は顔を上げ、シルヴィアを見つめた。

 そして──


「この方こと、現在の皇帝陛下。『捧竜帝』クリスティアさまです」

「今は……眠っておられるようですね」

「クリスティアさまはその血筋に伝わる魔法を用いて、仮死状態になっておられます」

「仮死状態?」

「初代の竜帝さまは『停滞(ていたい)』と『豊穣(ほうじょう)』の魔法が使えたそうです。その一部、『停滞』の魔法を、クリスティアさまは受け継いでおられます。見つからずに王都を抜け出すには、禁断の魔法を使うしかなかった──」


 そこまで話して、宮女は気づいたように、


「『キトル太守家』の方にお願いがございます! カタリアさまをお助けください!!」

「カタリア?」

「今回の脱出計画を作られたお方です。追っ手を引きつけるため、(おとり)になっています。陛下を目覚めさせるためには、あの方が持つポーションが必要なのです!! 私のものは……逃げる途中で割ってしまいましたので……」

「わかりました。すぐに手を打ちます」


 シルヴィアは左右を見回した。

 日はすでに暮れかけている。

 宮女カタリアも、その追っ手も、どこにいるのかわからない。

 しかもこのあたりは『キトル太守領』の外だ。シルヴィアには土地勘がない。

 カタリアを見つけるには、空でも飛ばないと無理だろう。


「空を飛べれば……いいのですけれど」


 シルヴィアは荷物から矢筒を取り出した。

 中から、ショーマがくれたもうひとつのアイテム『救援の布』を抜き出す。


「ヒュルカ。この布を矢に結びつけ、空に向かって放ってください」

「この布は?」

「『辺境の王』がくださったものです」

「わかりました!」

「ただし、飛んでいる者がいないか確認してください。ショーマさまは、このあたりを偵察(ていさつ)するとおっしゃっていましたから」

「ご心配なく。尊敬する『辺境の王』の仲間を傷つけるようなことはいたしません」


 将軍ヒュルカは、とん、と胸を叩いた。


「もしもそんなことになったら、私は『辺境の王』の下僕となってわびることでしょう」

「うかつなことを言わないでください!」

「それだけの覚悟があるということです。では!」


 ひゅーん。


 ヒュルカの放った矢が、宙を舞った。

 朱色の布が、風に震えている。

 これを見たハーピーがやってくる仕掛けだろう。そう思っていると──



 シュボッ。パ──────ン!!



「「……え?」」


 矢は空中で爆発し、九つの炎となって炸裂(さくれつ)した。


「ここのつの炎……九個の炎。まさか、九炎(きゅうえん)の布だったのですか!?」


 シルヴィアは空を見上げて、目を見開いた。

 ヒュルカや『キトル太守領』の兵士たちも同じだ。


「え?」「なにか起きたか?」「なにを騒いでるんだ? あいつら」


 けれど『十賢者』の兵士たちは、ぽかん、としている。


「なるほど、あの『救援』──『九炎(きゅうえん)』は、助けを求める者と、ショーマさまたちにしか見えないのですね……」


 さすがはショーマさまのマジックアイテム。便利です。

 ──なんてことを考えながら、シルヴィアがうなずいていると、


「姫さま! 誰かがこっちに飛んできます!!」


 ──ヒュルカが空を指さした。


 夕焼けの中、白い翼をひるがえした少女が、こっちに向かってくる。

 宙を舞うその姿に見覚えがあった。

 ショーマの配下。『翔軍師(しょうぐんし)』プリムディア=ベビーフェニックスだ。


「救援要請の九炎(きゅうえん)を確認し、プリム。参上しました」


 プリムはシルヴィアの目の前に着地すると、懐からポーションを取り出した。

 それをごくりと飲み干してから、翼を(たた)む。


「失礼、魔力を補給させていただきました」

「素早いですね。プリムさま」

「ちょうど近くにおりましたので。なんのご用でしょうか」

「人捜しをお願いしたいのです」

「これまた急なお話ですね」

「詳しい事情はあとでお話ししますが、高貴な方を護衛していた女性が、弓使いの騎兵に追われているようなのです。わたくしにはその方を救わなければいけない理由がありまして……大急ぎで、居場所を見つけたいのです」

「弓使いの騎兵……」


 プリムは首をかしげた。


「もしかしてそれは、黒髪で、黄色の大弓を持っている少年でしょうか?」

「そうなのですか?」


 シルヴィアは女官の方を見た。

『捧竜帝』を抱きかかえながら、女官は何度もうなずく。


「そういうことでしたら、すでに我が王が向かっているはずです」

「……え?」

「そいつは、私の家族の、ルロイを傷つけました」


 プリムは──シルヴィアが初めて見る真剣な顔で、うなずいた。


「私とハーピーたちは、このあたりを調査していたのです。その途中で、ルロイは地上から矢の狙撃(そげき)を受けました」

「ルロイさまは大丈夫なのですか!?」

「幸いにも、翼を軽い傷を受けただけで済みました。王さまから頂いた『矢の命中率を下げる豆』を食べていたおかげです。ルロイったら『できるだけ高く飛び、知らない人を見たらすぐ逃げろ』と言われていたのに、それを守らないから……」

「それで、ショーマさまは!?」

「……あんなに怒った王さまを見たのは初めてです」

「……そうなのですか?」

「はい。王さまはその弓使いを探そうと、このあたりの森に『偵察塀(ていさつへい)』を降下させたくらいです。兵士の姿をしている者を見つけたら、とりあえず声をかけるように設定されたようですね」

「……ショーマさまが、そこまで」


 シルヴィアの知るショーマは、自分から戦いを挑むようなことはしない人だ。

 それがここまでするなんて……。


「ショーマさまは……本当に配下を大切になさるのですね」

「我が王ですから。そして、王はもう相手を発見されました。現在、その弓使いの元へ向かっているはずです。よろしければご案内いたしますが──その前に、弓使いの能力を教えてください」


 プリムは女官の方を見て──


「できれば、そこで眠っておられる幼女の名前と、今起こっていることの事情も。力をお貸しする代わりに、すべて教えていただきたいのですが」


 ──再び白い翼を広げ、そんなことを宣言したのだった。

書籍版2巻は2月10日発売です。

表紙も公開されました。「氷結の魔女」を目指す謎の少女ユキノが目印です!

書き下ろしエピソードも追加していますので、ぜひ、読んでみてください!

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「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ 〜異世界で竜帝の力拾いました〜」
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― 新着の感想 ―
[良い点] カリクゥ君はとんだ藪蛇でしたね。 怒ったショーマさんがどこまでやるか、見ものです。
[良い点] 第7章 第109話「とある逃亡計画と、シルヴィアへのプレゼント(後編)」 更新ありがとうございます。 『石の槍』ほしい。 [一言] 次回の更新も、楽しみにしております。
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