第105話「キャロル姫の使者と、王都での陰謀」
そうして、結婚式の翌朝。
「おはようございます。ショーマ兄さま」
目覚めると、隣にリゼットがいた。
ベッドの横にあるテーブルには、鞘のままの剣が置いてある。
俺がリゼットに贈った『理絶途の剣』だ。
昨日、俺とリゼットは結婚式を執り行った。
みんなに祝福されて、村中、お祭り状態だった。
そうして夜になり、リゼットは予告通り『理絶途の剣』を俺の前で試した。
文字通りに『理絶途の剣』は、あらゆる理を断ち切ってしまう力がある。魔法や、服の生地の縫い目、とか。
その剣を抱きしめていたリゼットの服は……やっぱりバラバラになり──
……結婚式の疲れと緊張からか、リゼットはそのまま熟睡してしまった。
俺もリゼットも、兄妹の時間が長かったからな。
普通の夫婦になるまでには、もう少し時間かかるのかもしれない。
「…………な、なにか言ってくださいませんか。兄さま」
「…………おはよう。リゼット……その」
むちゃくちゃ照れくさい。
というより、リゼット、着るものがないよな。
『理絶途の剣』を使ったせいで、服が分解しちゃったもんな。
「……これからも、末永くよろしく」
俺はリゼットの髪をなでた。
照れくさいのか、リゼットは毛布をかぶって、顔を隠してしまったけれど──
「はい。ショーマ兄さま……ふつつかな妻ですが、よろしくお願いします」
──そんなふうに、答えてくれたのだった。
──その日の午後──
「『辺境の王』! 『辺境の王』はいらっしゃいますか!」
その日の午後『ハザマ村』に、馬に乗った兵士がやってきた。
背中に旗をつけている。
あの紋章は『グルトラ太守家』のものだ。キャロル姫の使いか。
後ろには馬車と、数名の兵士がついてきてる。
村人をおどろかせないためか、少し離れたところに停まっているようだ。
「我が主君、キャロル=グルトラ太守よりの書状をお持ちしました!」
兜をかぶった兵士は、城門の前で声をあげた。
「武装はしておりません! 『辺境の王』にお取り次ぎをお願いいたします!!」
「俺はここにいる! 少々待たれよ!」
俺は『翔種覚醒』して、城壁から飛び降りた。
そのまま、兵士の前に着地する。
「俺が『辺境の王』だ。キャロル姫からの書状、ありがたく頂戴する」
「は、はい」
兵士は少しおどろいたようだけど、うなずいてくれた。
俺は続ける。
「ご苦労だった、使者どの。今から『グルトラ太守領』に帰るのは大変だろう。今日は泊まって、明日の朝に出発するといい」
「……よろしいのですか?」
「キャロル姫とは同盟関係にあるからな。その使者なら歓迎するよ」
本当は『結界転移』で送れればいいんだけど。
あれをおおっぴらに使うと面倒なことになるからな。物流とか
『ハザマ村』の人たちやシルヴィア、キャロル姫以外には、あまり存在を知らせたくないんだ。
「は、はい。ではお言葉に甘えます」
伝令の兵士はそう言って、兜を取った。
声から予想はついていたけど、女性の兵士だった。
というか、その顔に見覚えがある。
──キャロル姫の侍女、ケイトさんじゃないか。
以前、キャロル姫と一緒に『キトル太守領』に逃げて来た人だ。この人。
「ケイトさん。兵士だったんですか……?」
気づくと俺は、一般人口調で訊ねていた。
ケイトさんは不思議そうに首をかしげてから、
「私は姫さまの護衛を担当しておりましたので、一般の兵士くらいには戦えるのです。弟のトニアさまはずっと、キャロル姫さまを追い落とそうとしてましたからね」
そう言ってケイトさんはため息をついた。
なるほど。
だからキャロル姫を領土から連れ出せた、ってことか。
「それにしても……キャロル姫はお忙しいようだな」
結婚式の数日前に『結界転移』で迎えに行ったんだけど、来なかった。
キャロル姫は、領土に侵入してくる兵士の対応に追われていたからだ。
といっても戦ってるわけじゃなくて、『敵兵ホイホイ』で捕らえた兵士をどう扱うかで手一杯だったようだけど。
「『グルトラ太守領』には、何度も兵士が侵入していると聞いているが」
「はい。すべての兵士が『盗賊を追いかけていた』と言っていました」
ケイトさんはため息をついた。
「こちらでも、盗賊探しをいたしましたが、そんな者はどこにもおりませんでした」
「領土に入り込むための口実だったってことか」
「『辺境の王』にはいくら感謝しても足りません。あなたが『敵兵ホイホイ』を仕掛けてくださらなければ……『グルトラ太守領』は混乱の極みにあったことでしょう」
不意に、ケイトさんは俺にむかってひざまずいた。
「私がここに参りましたのは、キャロル姫さまに代わり、『辺境の王』とリゼットさま、ハルカさま、ユキノさまの婚礼を祝うため。その贈り物をお渡しするためです」
「気を遣わなくてもいいのだが」
「『辺境の王』は私たちの恩人ですから」
「……ありがとう。人の領土のものは、俺たちにとって貴重品だ。ありがたくいただくよ」
それにしても、ケイトさん、意外と大きな馬車を連れてきたな。
……なにが入っているんだろう。
「それと、キャロル姫さまからの書状についてなのですが」
「キャロル姫はなんと?」
「書状には『グルトラ太守領』のどこに敵兵が侵入したかを描いております。敵兵の規模と、その装備等についても。『辺境の王』と情報を共有されたいとのことでした」
「助かる」
キャロル姫は本当に真面目だな。
彼女が領主でいる限り『グルトラ太守領』は大丈夫だろう。
……裸同然で踊る趣味がなければなぁ。完璧な姫君なんだけど。キャロル姫は。
「しかし、何度も敵兵が来ているのであれば、その対処も大変だろう」
「いえ。一部を除いて全員が元農民でしたので、農地を与えて村を造らせることにしたそうです」
「……そうなの?」
「原因はわからないのですが、最近の『グルトラ太守領』は土地が肥えておりまして。作物がサクサクできるのです」
「……不思議だねー」
「おかげで、農民兵たちはあっさりこっちの味方について、今は家族を呼び寄せる準備をしております。元々、戦乱で土地を追われた者たちだったようで」
「それはよかった……けど、王都の『十賢者』はなにを考えているんだろうな」
「彼らの背後には軍師がいる、と、兵士たちは言っていました」
「軍師……ということは、なにかの作戦があるということか」
「はい。意図は不明ですが」
「でも、こんなに何度も兵を動かしたら、費用も食料も必要になるだろ。それに派遣した兵士が捕まってばかりでは、王都に残る兵士も不安になるんじゃないか? 治安にも影響するだろうし」
「キャロル姫さまも同じことをおっしゃっていました」
「普通、そう思うよな」
「でも、『辺境の王』はさすがです。戦場を見ずに、キャロル姫さまと同じ結論に達するとは……」
それはきっと、俺が『女神に喚ばれた転生者』のことを知ってるからだ。
今まで戦ったトウキ=ホウセとカクタス=デニンは、この世界の人間のことを考えていなかった。
兵士のことなんか考えず、能力で押し切ろうとしてたからな。あいつら。
王都にいる『軍師』が同じように『女神ネメシス』から喚ばれた者なら、似たようなやり方をする可能性がある。
その結果が、今回の作戦なのかもしれない。
「まぁ、あくまで予想だけどな」
「そうですねぇ。王都が不安定になって、反乱でも起これば話は早いんですけど」
「『十賢者』も反乱対策くらいしてるだろ」
「そうですね」
「それより、ゆっくりしていってくれ。ドレス姿を見てくれれば、リゼットたちも喜ぶと思う」
「ありがとうございます。お言葉に甘えますね」
そうして俺とケイトさんは、村へと入っていった。
ふと、俺は南の方を見た。
この街道の先に『遠国関』があり、王都がある。
そこには女神ネメシスに喚ばれた者と、『十賢者』がいるはずだ。
初代竜帝の子孫で、現在の皇帝である『捧竜帝』も。
「……今ごろ皇帝陛下は、なにを考えているんだろうな」
俺はなんとなく、そんなことを考えてしまったのだった。
──同日夜 王都──
「陛下──準備が整いました」
闇の中、緊張した声が響いた。
その声に応じて、天蓋のついたベッドの中で、小さな影が起き上がる。
小さな影の前にひざまずき、別の人影が言葉を発する。
「連日の出兵と敗北で、王都の守りが手薄になっております。脱出の好機かと」
「────あいわかった」
幼い声が返ってくる。
小さな影がベッドから降り立ち、寝間着から、動きやすい服装へ。
それを手伝いながら、背の高い女性の影がつぶやく。
「英雄を頼りましょう。悪を払い、新たなる秩序を打ち立ててくれる英雄を」
「──わかっている」
「おいたわしや……」
背の高い女性は、小さな少女を抱きしめ、震える声で告げる。
「──必ずや、あなたさまをここから出して差し上げます。この国で最も高貴な血を受け継ぐお方──『捧竜帝』クリスティアさま」




