第104話「覇王、1回目の結婚式を執り行う」
敵兵は全員捕らえた。
というか、向こうが捕まりたがってた。
「……もういやだ。終わりのない迷路を歩くのは嫌だぁ!」
「……なんでむりやり兵士にさせられて、こんな目に」
「……抵抗はしない。出して……ここから出してぇ!」
──阿鼻叫喚だった。
『意思の兵 無限迷路』は、平和的に敵を無力化するためのトラップだったんだけど。
ちなみに手順は、
(1)『意思の兵』で村っぽい空間を作る。
(2)侵入者が全員村に入ったら、みんなで迷路に変形する。
(3)侵入者が一方向に進むように誘導して、相手の視界から消えた塀はバラバラに移動。敵の進行方向に新しい迷路を作り出す。
(4)別方向に進んだ敵は、少数の塀で捕らえる
(5)以下繰り返し。
それだけだ。
捕らえた兵士たちは、キャロル姫の部下が連れて行った。
これから尋問するそうだ。
どうも相手は農民兵らしいから、武装解除してこっちに取り込むつもりだって言っていた。
『陸覚教団』や魔物が暴れていたせいで、村を追われた人たちが結構いるらしい。
そういう人たちが職を求めて王都に行き、農民兵として使われているそうだ。
武装解除して元の農民に戻せば、農地も増えるし、敵も減る。
キャロル姫はそういうやり方をしたい、と言っていたんだ。
「でも……『十賢者』はまだ、こちらに手を出してくるかもしれませんね……」
「わかった。対策をしておく」
『牙の城』に戻ったあと、俺はキャロル姫にそう言った。
「『意思の兵 無限迷路』は、領土内の何カ所かに仕掛けておくことにする。そうすれば我が『意志の兵』たちは、自動で敵を捕らえてくれるだろう。敵が引っかかったら、キャロル姫の方で、早めの救助──いや、拘束をしていただけるだろうか」
「ありがとうございます! 『辺境の王』さま!」
キャロル姫はほっとしたように言って、俺に頭を下げた。
「けれど……別の名前はないでしょうか?」
「名前か?」
「はい。『意思の兵 無限迷路』はとても強そうなのですが……その言葉の響きから、兵が恐れるかもしれません」
「それじゃ『永久に尽きぬ村落』はどうですか?」
俺の隣でユキノが、ぽん、と手を叩いた。
「あたしの故郷で『牛頭人身の者』を閉じ込めた神話の王の名を冠した名前です。オススメです」
「すいません。ちょっと意味がわからないので……」
「はぅっ!?」
ユキノがダメージを受けた。
……気持ちはわかる。かっこいいよな。シティ・オブ・ミーノースって。
「『辺境の王』がおっしゃっていた、『敵兵ホイホイ』はどうでしょうか」
「えー」
「ではそれで」
「……かっこよくないですよ。我が王」
だからね。気持ちはわかるけどね。わかりやすさ重視で行こうね。
いつかユキノの中二病が抜けたときに困るからね。
「わかった。では『意志の兵』に命じて『敵兵ホイホイ』を領土の境界付近に仕掛けておくことにする」
「ありがとうございます。『辺境の王』さま!」
「いや、使えるようであれば、シルヴィア姫に言って『キトル太守領』にも仕掛けるつもりだからな。キャロル姫は使い勝手をレポートして、あとで文書にして送ってくれ」
「承知いたしました。のちほど『ハザマ村』にうかがいますので、その際に」
「それじゃ、俺たちは辺境に戻るから」
「失礼します。キャロル姫さま」
そうして、俺とユキノは『結界転移』で『ハザマ村』に戻った。
さてと、そろそろ本格的に、結婚式の準備をしよう。
──数日後──
数日後。
俺はハルカと結婚式をすることにした。
本当は3人一緒にするつもりだったのだけど──
「それだと、一人ひとりが式をやる時間が短くなってしまいます」
「一生に一度のイベントだからね。じっくりとやりたいよね」
「10日ごとに。1人ずつというのはどうですか?」
──3人が話し合った結果、そうなった。
ちなみにハルカが最初になったのは、くじ引きの結果だ。
3人の中ではハルカが一番くじ運がいいらしい。
「それでは『辺境の王』であるショーマ=キリュウさまと、『ハザマ村』村長のハルカ=カルミリアさまとの婚礼の儀式をはじめますー!」
「ハーピーが司会をするのですー!」「村のみなさん、集まってくださいですー!」
ハーピーたちが村人に呼びかけてる。
俺はそれを部屋で聞いていた。
まさか、結婚式を異世界でやることになるとは思わなかった。
……いや、昔はそんなことも考えていたけどさ。
中二病時代には、天上に運命の相手がいると思ってた。
あまたの試練をくぐりぬけて真の覚醒を果たした『異形の覇王 鬼竜王翔魔』は天上界へと昇り、宿敵である第8天の女神と決着をつけたあと、地上にいる運命の相手 (いまだに自分の魂の記憶に覚醒していないが、俺と触れ合うことですべての記憶がよみがえる)と結ばれる──とかうわあああああああああっ。
いかん。中二病時代の記憶がよみがえりかけた……。
まだあの当時の記憶は、俺にとって痛いんだよな。
現実では当時の妄想以上のことをやってるのに……不思議だ。
5年以上、社会人をやってた経験が抜けてないんだろうか。
「…………兄上さま」
不意に、俺の後ろで声がした。
振り返ると──そこには、ドレス姿のハルカがいた。
「…………と、どうかな。ボク、おかしくないかな……」
「……い、いや」
言葉が出なかった。
目の前にいるハルカが、すごくきれいで──美しかったからだ。
ハルカが着ているのは、薄桃色のドレスだ。
これは、ハルカの後ろでどや顔してるシルヴィアが持ってきてくれたものだ。
動きやすいように裾は膝上まで、袖は最初からついていない。代わりに胸のあたりにリボンがたくさんついていて、ハルカの大きな胸をきれいに飾っている。
頭の角がなければ、別人だと思ったかもしれない。
今のハルカはまるで、宮廷にいる姫君のようだった。
「お、落ち着かないよ……。動いたらやぶれそうだよ。このドレス、本当にボクが着てていいの?」
「もちろんです。そのためにお持ちしたのですから」
ハルカの後ろで、シルヴィアは満足そうな息をついてる。
着付けにかなり苦労してたみたいだからな。
奥の方で「じっとしててください!」って声が聞こえてたし。
「ショーマさま。感想を言ってさしあげてください」
「ど、どうかな。兄上さま。ボク、おかしくないよね?」
シルヴィアとハルカは、じーっとこっちを見てる。
俺が黙ってるのが気になったらしい。
「……きれいだと思う」
「本当?」
「嘘言ってどうするんだよ」
「だって、兄上さま。しばらく黙ってたじゃない」
「……黙ってたのは、見とれてたからだよ」
「え?」
「その……いつもとは違うかわいさだったから、見とれてた」
「……兄上さま」
ハルカはびっくりしたような顔で、俺を見た。
それから──両腕を広げて……って、この流れは!?
「わーい! 兄上さま。大好き!!」
「せめて着替えてから飛びついてきなさい!!」
「ハルカさま。そんなに力いっぱい抱きつかれてはドレスが皺に……ああっ、わたくしが2時間かけて着付けをしたドレスが…………」
結果、ハルカは問答無用で飛びついてきて──抱きついて頬ずりして膝の上ですりすりしてきたせいで──ドレスは半脱げ状態のしわくちゃに。
人前に出られる状態ではなくなってしまった。
外ではみんなが待っている。
今からドレスを整えて着替えることは不可能だ。
というわけで──順番変更。
「大丈夫です。こんなこともあろうかと、リゼットが準備をしておきました!」
今日の結婚式は、リゼットが務めることになったのだった。
「義姉妹の中では、リゼットが一番長姉ですからね。こういうことが起きることも考えて、ドレスの試着をしていました」
「……ごめんなさい、兄上さま。リズ姉」
しょうがないよな。
みんな、俺たちが出てくるのを待ち構えてる。
いまさら中止にするわけにもいかないんだから。
でも、ハルカは落ち込んでる。
まぁ、今回のは俺も悪かった。ハルカがあれだけ喜ぶのを予想できなかったんだから。
しょうがないな。これは式の後で渡すつもりだったんだけど──
「ハルカ。こっち来て」
「……うん」
「ハルカにはこれをあげよう」
俺は収納スキル『王の器』から、一本の棒を取り出した。
「……これ……なにかな?」
「持ってみて。ハルカ」
「はい……」
涙目のハルカは、俺が差し出した棒を手に取った。
棒の長さは1メートル半。いつも使ってる棍棒と同じものだ。
でも、まだ『強化』はしていない。それはこれからだ。
「ハルカ。棒を持ったな?」
「う、うん」
「俺はこれをハルカにあげた。ということは、これは『ハルカの棍棒』だな?」
「そ、そうだね」
「では──起動『命名属性追加』」
俺は竜帝スキルを起動した。
「『ハルカの棍棒』を転じて、『破流火の金棒』となす。王の命名を受け入れよ!」
ハルカが手にした棒に、光の線が走った。
「じゃあハルカ、それを振ってみて。軽くな」
「は、はい!」
ハルカは『破流火の金棒』を振った。
棍棒の表面を、炎が覆った。
「「「ええええええええええええっ!?」」」
ハルカ、リゼット、シルヴィアが声をあげる。
「これが、俺からハルカに与える結婚の記念品だ」
指輪をあげることも考えていたけど、まずは実用的なものを。
そう考えて、しばらく実験を続けていたんだ。
前にリゼット本人を『強化』したときは『理絶途 流呪』の文字を使って、魔法を無効化する力を与えることができた。
けれど、使っているとリゼットの服がほどけて (布を糸で縫うという『理』も流し去ってしまうため)大変なことになった。
今回作った棍棒は、その対策を考えて作り上げたものだ。
棍棒なら、使わないときは手から放せばいい。
もしも誰かに奪われたとしても、その時点で『ハルカの (所有している)棍棒』ではなくなるから、エンチャントの効果も消える。
セキュリティも考えた、最適なアイテムだ。
「それには『破』って『流』して、さらに『火』を放つ力を与えてある。ハルカが使えば、強力な効果を発揮するはずだ」
「……兄上さま」
ハルカは棍棒を抱きしめて、涙ぐんでる。
そのまま、すぅ、と深呼吸して──
「兄上さまああああああああっ!」
「だから抱きついてくるなーっ」
「ボクの忠誠は永遠に兄上さまのものだよ。愛してるよ兄上さまーっ!」
「離れなさいハルカ。いつまで経っても式ができないでしょう!?」
「ああ、わたくしが整えた、ショーマさまの服が……」
こうして、感極まって抱きついてきたハルカを引き剥がすのに時間を取られてしまい、結婚式は遅れることになったんだけど──
当然ながら、俺たちの屋敷の声なんかは、外のみんなにも筒抜けだった。
そんなわけで、村のみんなもハーピーたちも、温かく待っててくれたみたいで──
「ご結婚おめでとうございます! ショーマさま。リゼットさま!!」
屋敷を出た俺とリゼットを、みんなからの拍手が包み込んだ。
「……し、仕方ありませんね。いきなりではありますが、リゼットが完璧に結婚式をつとめましょう!」
「よろしく。リゼット」
俺はリゼットの手を取った。
「それと、リゼットへのプレゼントも準備してあるよ。後で渡すから」
「ありがとうございます!」
「ハルカと同じように、リゼットの名前で『強化』した剣だ。それも『王の器』に入ってる」
「はい! でも……せっかくなので、皆さまにお見せすることはできませんか?」
リゼットは照れた顔で、俺を見た。
「これがショーマ兄さまからいただいたものです……一生大切にします、って……抱きしめて、皆さまに宣言したいんです」
「うん。それをやるとドレスがほどけるからね。『理絶途』で『命名属性追加』追加した剣だから」
「はぅっ!?」
リゼットが真っ赤になった。
握った手が熱くなる。以前、俺がリゼット本人に『命名属性追加』を使ったときのことを思い出したらしい。
「…………そ、それでは……ショーマ兄さま」
リゼットはみんなの見ている前で、俺の耳元に唇を近づけて、
「…………ふたりきりのときに、しますね」
そんなことをささやいたのだった。




