第102話「覇王、報告を受ける」
そんなわけで、俺とリゼットとシルヴィア姫は、『結界転移』でハザマ村に帰ってきた。
「お帰りなさいませ。我が王」
村長の屋敷では、プリムが待っていた。
手には羊皮紙の束を持っている。なにか報告があるようだ。
「ただいま、プリム。ハルカとユキノは?」
「おふたりは結婚式の打ち合わせをされております。リゼットさまが戻られたら、来てくださるように、と」
「では、わたくしも参加してよろしいでしょうか?」
シルヴィアがドレスを手に前に出た。
「おふたりに似合いそうなドレスをお持ちしました。ぜひ、合わせてみたいのですが」
「願ってもないことです。シルヴィア姫さま」
「ありがとうございます。シルヴィアさま」
プリムとリゼットがお礼を言う。
それを見たシルヴィアは、照れたように、
「そこまでていねいなお礼は必要はありませんよ。わたくしも『辺境の王』──いえ、ショーマさまの配下なのですから。あなたがたから見れば、むしろ後輩でしょう」
「それとこれとは話が別です」
「……そうなのですか?」
「リゼットはショーマ兄さまの……第一夫人として、できるだけ礼儀正しくしなければ……兄さまが恥ずかしい思いを……されてしまいますので」
言いながらこっちをちらちら見るリゼット。
ごめん。この時点ですでに恥ずかしい。
「というわけなので、リゼットはこれから一層、礼儀作法をしっかりしようと思っているんです。よければ人間の世界の作法について、教えていただけませんか? シルヴィア姫さま」
「ええ、わたくしでよろしければ」
「できれば人間の世界の貴婦人としての作法も」
「はい。うけたまわりました」
そう言ったシルヴィアは俺を横目で見て、笑った。
なにをするつもりなんだろう。気になる。
シルヴィアは生まれついての姫君だけど、怪しい武器を所持してるし、中二病っぽいところもある。
その彼女がリゼット、ハルカ、ユキノと結びついたら……。
なんだろう。怖いことになりそうな予感がする。
「俺もついていっていいかな?」
「我が王にはいろいろ報告がございます」
プリムが、くい、と俺の袖を引いた。
長い髪を揺らして、一言。
「辺境の状況、『キトル太守領』と『グルトラ太守領』の件についてです。領土が増えたようなものですから、確認をお願いいたします」
「了解」
俺はプリムと一緒に、自室へと向かった。
「まずは農作物の状況ですけど……これはまったく問題ございません。正直、売るほどあります。『フララ豆』『カルツロ麦』『ホロロモロコシ』が、すでに2度、収穫できていますからね」
「土地が肥えてるのは、やっぱり『竜脈』の影響か」
「はい。私の祖母のナナイラに聞いたところ、辺境でこれほど農作物が採れたことはなかったそうです。祖母は100年近く生きていますから、間違いないかと」
「ナナイラは他になにか言ってたか?」
「最近、なにを食べてもおいしいとか」
「元気でなによりだ」
「いえ、辺境の作物というのは、元々小さいものや貧弱なものしか採れなかったんです。それが豆も麦もモロコシつぶぞろいで、味もジューシーでとてもおいしいと」
「なるほど」
作物の出来がいいのは、たぶん、ここが『優先強化エリア』になった影響だな。
結界の魔力が集中したおかげで、温泉までも魔力水になっちゃってるからな。
土地にも魔力があふれていて、その結果、作物の成長も桁違いによくなってるんだろうな。
「食べきれない分は、『キトル太守領』と『グルトラ太守領』に売ることにしよう。価格交渉はプリムに任せるよ。ただ、あんまり高くしないように」
「承知いたしました。あとでシルヴィア姫ともお話いたします」
言いながら、プリムは腕組みをした。
「ただ、あまり安くはならないと思います」
「そうなのか?」
「辺境産の作物は『交易所』でも大人気なので。あまり安くすると、釣り合いが取れなくなるかと」
「ちなみに『交易所』って順調なのか?」
「順調すぎますね。毎回、参加申し込み多すぎて、抽選になってますから」
年2回開催の即売会のようだった。
「この世界には、あんまり自由市場ってなかったんだっけ」
「どこも領主の息がかかってますからね。誰でも、というのは難しいと思いますよ。治安の問題もありますし」
「『意志の兵』を配置しておいてよかったな」
「販売ブースであり、兵士であり、許可証でもありますからね」
まぁ、順調ならなによりだ。
少し前に、俺たちは辺境に交易所を作った。
そこで旅商人と出会って、彼女たちが商売の場所を探していることを知った。
だから俺たちは『交易所』に、旅商人用のスペースを確保することにしたんだ。
代わりに俺たちは、旅商人たちから情報をもらうことにした。
彼らは行商のために国中を巡ってる。
安全や危険情報についても敏感だ。
『交易所』にスペースがあれば、彼らはかならずやってくる。
そこでプリムや村の代表者が、情報をもらうことになっているんだ。
「旅商人からは様々な情報が来ています」
「プリムが気になるものはあるか?」
「都で……『十賢者』への、離反の動きが出ているそうです」
「離反? もしかして、反乱が起こるのか?」
「まだその段階ではないようです。ただ、都にいる兵士や将軍たちの中には『十賢者』への不満を持つ者もいますからね。それが表面化したということでしょう」
「……なんで突然」
「いえ、我が王が原因かと」
「俺?」
「正確には、我が王が暗躍したのが原因ですね」
プリムは羊皮紙を手に、にやりと笑った。
「王は、自称『武力100』──最強をほこる将軍トウキ=ホウセを倒されました。さらにグルトラ太守領では『十賢者』の配下だったトニア=グルトラを倒し、奴らが派遣した将軍と配下の兵士を捕虜にしました。もちろん、表向きは『十賢者』が関わっていないことにはなっていますが、真相を知る者もいるでしょうからね」
「噂にはなるか」
「もちろん、我が王のことを知る者は少ないでしょう。けれど『十賢者』に対抗できる者が現れた……その事実は動きません」
なるほど。
王都にいる『十賢者』は、今まで軍を動かして好き放題やってきた。
俺たちはそれに初めて土をつけたことになるわけか。
「それで相対的に『十賢者』が弱くなったように見える、ってことか」
『ですね。十賢者は大口たたくがたいしたことはできない』という噂も流れているようです。都の方も、かなり動揺しているとか」
「奴ら、こっちに手を出してくるかな……いや、無理か」
対策はしてある。
『キトル太守領』にはレーネス姫に預けた『塀団』がある。
『グルトラ太守領』はキャロル姫を中心にまとまっている。
その上、どちらの領土も結界の中だ。黒魔術も魔物も役に立たない。
「その状態で、辺境まで来るのは無理だろうな」
「辺境まで入り込んだとしても、動く城の『ミルバ城』が定期的に巡回していますからね。ここまで来るのは無理でしょう」
「ミルバか。あいつ元気かな」
「最近は放牧を楽しんでいるようです」
「羊と牛だっけ」
「定期的にハーピーのルロイとロロイ……さんが見に行っています」
ふたりの名前を口にしたとき、プリムの身体が小さく震えた。
本当にあのふたりが苦手なんだな。
『ミルバ城』には、村の住人が数人か常駐してる。
最初は眼球の姿をしたミルバにびっくりしていたようだけど、すぐになじんでくれた。
ミルバは空を飛べるからな。たまに子どもが乗って、城の周りをふよふよ飛んでるみたいだ。
『ミルバ城』は『意思の兵』でできてるから、辺境の中を自由に移動できる。
今は牛と羊を連れて、草がたくさん生えているところをさまよってるらしい。
「あの城は変形合体できるから、自由度が高いよな」
「夜の間は羊と牛を城壁の中に入れておいて、朝になったら城ごと分解しております。 羊と牛を取り囲む長い長い壁になり、他の野生動物から守っているそうですからね」
「そのうち遊びに行こうか」
「羊の毛刈りの時期がよろしいかと」
「楽しそうだな。予定に入れておくよ」
俺が言うと、プリムは羊皮紙をまとめた。
報告は終わったらしい。
「もう終わりか。なにか問題がありそうなものは?」
「問題はなにも……いえ、ひとつ残ってました。キャロル姫──いえ、現在の太守であるキャロル=グルトラさまから書状が届いております」
「キャロル太守からか。なんて?」
「『竜帝廟』の見学にうかがいたいそうです」
「あー。なるほど」
俺はうなずいた。
キャロル姫はいわゆる『竜帝マニア』だ。
領地にある牙の城の塔には竜帝の壁画があって、そこで踊ったり祈りを捧げたりしてたらしいからな。竜帝の遺産の『竜帝廟』を見たがるのも、無理はない。
なつかしいな。『竜帝廟』。
俺がこの世界に召喚されたあと、あの場所でリゼットと出会ったんだっけ。
今は村の人たちが掃除をしてるはずだ。
結婚式も、あの場所で行うつもりだから。
「『了解しました』と返信しといてくれ。キャロル姫が来たら俺が立ち会うよ」
「承知いたしました」
「ただし『竜帝廟』にお参りするときは服を着ているように、と」
キャロル姫は、竜帝の壁画の前で、薄衣一枚で踊ってたらしい。
さすがに『竜帝廟』の前で同じことされたら困る。
姫さまは竜帝の巫女っぽい扱いだから。みんなが影響を受けそうだ。特にリゼットが。
「……ひとつおうかがいしてもいいですか。我が王」
気づくと、プリムが難しい顔をしていた。
「どうしたプリム」
「結婚式のお話です」
「結婚式の?」
「王がこの時期に、リゼットさま、ハルカさま、ユキノさまとの結婚式を行われるというのが、少し解せないのです」
「そうか?」
ちょうどいい機会だと思ったんだが。
シルヴィアとの政略結婚もあるし。
儀式も一度で済むし、調度品なんかも使い回せるから。
「シルヴィア姫との戦略結婚に合わせてということは……もしかして王は、亜人の忠誠をお疑いなのでしょうか?」
「いきなりどうした!?」
プリムはまっすぐ、俺を見つめている。
冗談を言っているようには見えない。
でも、俺が亜人のみんなの忠誠を疑うって……?
「みんなは配下──というより仲間だし、疑ったりするわけないだろ」
「……ですよね」
「どうしてそう思ったんだ?」
「ですから、王が、シルヴィア姫との政略結婚に合わせて、リゼットさま、ハルカさま、ユキノさまと結婚式をされるからです」
プリムは言った。
「シルヴィア姫との婚姻を結ぶことで、辺境に住む亜人の皆が不安に思うかもしれない。だから王は、亜人の住む『ハザマ村』が最優先であることを示すために、リゼットさまとハルカさまとも婚姻を結ぼうと考えている……そのように思えたからです」
「ユキノは?」
「仲間はずれにしたら、ユキノさまがすねるでしょう?」
「すねるよな」
「手がつけられないほどすねますね」
俺とプリムはうなずきあう。
でも、プリムが考えていることはわかった。
俺がシルヴィア姫と政略結婚するということは、俺が『キトル太守』と婚姻関係になるということだ。つまり、俺が人間の世界の権力者に近づくことになる。
俺が人間の権力者になると、亜人のみんなが不安に思うかもしれない。
だから、それを解消するために、俺はリゼットやハルカと結婚式をして、そうではないことをみんなに伝えようとしている──
軍師プリムとしては、そんなことを考えていたらしい。
「確かに、それも理由のひとつではあるけど」
この世界に来たとき、俺を助けてくれたのは『ハザマ村』のみんなだ。
みんながいなかったら詰んで──は、いなかったかもしれないけど、今のように安心して生活することはできなかったと思う。
人間の世界に行ってトラブルに巻き込まれるか、下手をすると『十賢者』や、正式な転生者とバトルになってた可能性もある。
この世界で最初に出会ったのがリゼットで、最初に落ち着いたのが『ハザマ村』だったことで、俺はかなり助けられているんだ。
だから、そこに住むみんなを優先するのは当たり前だ。
……こういうことを考えてるから、俺は王様には向かないんだろうけどね。
「リゼットたちとの結婚を決めたのは、今回戦った連中から、女神の情報を聞いたからだよ」
「女神の情報を……ですか」
「正確には、転生者たちをこの世界に呼び寄せた3女神の名前を」
女神『ネメシス』『グロリア』『フィーネ』。
これがユキノたち転生者を、この世界に呼び寄せた女神の名前だ。
俺を召喚した『女神ルキア』は、この中に入っていない。
「そのお話はうかがっています。ですが、おかしなことではないと存じます」
でも、プリムは不思議そうな顔で、首をかしげてる。
「だって、我が王ほどのお方なら、女神とやらの全力でなければ召喚することはかなわないですよね? 能力も器も桁違いなのですから。そもそも、他の転生者と同列に扱うことが間違いかと思います。そもそも、ユキノさまが部下になっている時点で、我が王は凡物の転生者ではなく、『転生者を超越するもの』──すなわち『超越転移者』であるのは間違いないかと」
「プリム。最近ユキノとよく話してない?」
「見てらしたのですか?」
「中二病的なものが混じってるからな……それはともかく」
俺は話を戻した。
「俺を召喚した女神ルキアが『正式な女神』でないとすると、ひとつ、重要な問題があるんだ」
「どういうことでしょうか?」
「『3女神』は、辺境には転生者を送り込んでいないってことだよ」
俺の言葉に、プリムが目を見開いた。
わかったらしい。
女神ルキアは俺を、この辺境に送り込んだ。
彼女が『正式な女神』だとすると、つまりは辺境を担当する女神がいたことになる。
でも、そうじゃないとするなら、女神は辺境には転生者を──つまりは『力ある者』を送り込んではいないということになる。
例外はユキノだけど、彼女は俺を探して辺境に来てるからな。
正式な女神に、辺境に送り込まれた人間はひとりもいないってことになるんだ。
「……盲点でした」
プリムはため息をついた。
「そうですね。我が王がいらっしゃるから、辺境は強力な戦力を有しているのです。逆に我が王がいらっしゃらなくて、正式な転生者に率いられた軍を向けられていたら──」
「辺境には、正式な転生者に対抗できる者はいなかった、ってことだ」
この世界の権力者は、亜人を見下してる。
そいつらに仕えている転生者も、似たような感じだ。
その連中が兵を率いて辺境に来ていたとしたら──
「あっというまに、滅ぼされていたでしょうね……」
「そういうこと。女神ルキアは、辺境と、亜人のみんなを救うためだけに、俺を召喚したかもしれない。そして、他の3女神は、少なくとも辺境のことを考えていない。そういう推測もできるんだ」
まぁ、仮説だけどな。
本当は召喚を担当する女神は4人いて、女神ルキアもその中に入ってる、って可能性もないわけじゃない。
あるいは、3女神に呼ばれた転生者に、辺境の味方がいるのかもしれない。まだ、ここにたどりついていないだけで。
「でも……どっちにしても、今更俺が元の世界に帰るわけにはいかない」
俺はこの世界に残って、『辺境の王』を続ける。
3女神の話を聞いたとき、そう決めた。
不思議なくらい、後悔はなかった。
というか、この状態で帰ったら、死んだじいちゃんに怒られそうな気がする。
『この「竜悟狼」の孫ともあろうものが、よるべなき者たちを置いて戻るとはなにごとだ』──って。
俺の中二病に付き合ってくれた頃のじいちゃんならそう言う。間違いなく。
「結婚式をやるのは、その決意表明みたいなもんだよ。転生者の俺がリゼットたちと結婚することで、他の転生者が亜人を攻撃しづらくなる、って効果も考えてるけど」
「……なるほど」
「式にシルヴィアとキャロル姫を呼ぶことにしてるのも、そういう理由だ。2人を通して『辺境の王』が亜人の少女と結婚したことを広めてもらう。転生者同士の争いを好まないやつなら、それで辺境に手を出しにくくなるだろ」
「我が王」
「どうしたプリム」
「……そこまであたくしたちのことを考えてくださったことに、感謝します」
いきなりだった。
プリムは俺の目の前に、ひざまづいた。
「このプリムディア=ベビーフェニックス。王に永遠の忠誠を誓います。この身、この知恵をすべて、王のためだけに使うことをお許しください」
「そこまで堅苦しく考えなくてもいいんだけど」
この世界で生きていく目処も立ったからな。
結婚式をやるには、いい機会だと思ったんだ。
「いいえ!」
でも、プリムは勢いよく、首を横に振った。
「我が王のお心に感服しました。より一層、王のために力を尽くすことをお許しください!」
「……わかった」
俺はプリムの肩に手を乗せた。
「我が『翔軍師』プリムディア=ベビーフェニックスよ。その知恵を活かし、我が生活のために力を尽くすがいい」
「わかりました」
プリムはうなずいた。
「では早速、辺境に『異形の覇王ソング』を流しましょう。作詞・作曲は我が祖母ナナイラが、歌は同族であるルロイとロロイが担当しております。すでに準備はできております。あとは彼女たちが、辺境中を歌って回るだけです」
「わかった。今すぐ検閲させてくれ」
そんな感じで──
俺たちは結婚式と、キャロル姫による『竜帝廟見学ツアー』の準備を進めるのだった。




