57. 常闇の魔女は牢の中~魔女と生贄~
「お祖母様……」
最近よくお祖母様の夢を見ますね……
薄暗い牢の中で目を覚ました私は身体を起こして冷たい石の寝台に腰掛けました。
その夢は、かつてお祖母様と森で暮らしていた頃の過ぎ去りし過去の記憶。
「お祖母様……」
再び呟けば、自然と目から涙が溢れて、頬を伝って流れ落ちていく……
それは、懐かしさとほろ苦さを伴った過去の記憶の詰まったひと雫……
当時の私はまだ幼くて、お祖母様の教えを十全に受け止められませんでした。
いいえ、今でも分かっていなかったのですね。
「私はなんて愚かだったの……」
伯爵が、ガラックさんやオーロソ司祭が……街の人達が私の黒髪と赤眼しか見ずに魔女と謗ると嘆いてばかりいました。
ですが、それと同じように私も病気ばかりを診て、本当の意味で患者を全く診ていなかったのです。
ああ、今この時になってやっとお祖母様の仰っていたことの意味を理解するなんて……
「伯爵が本当に求めていたものを無視して、自分が正しいのだとただ自分の正義だけを振り翳した。自分の正当性を認めさせる為に理屈のみ押し付け全く相手を見ていなかった」
確かに最初から伯爵は私に対し嫌悪を隠そうともしない態度でした。
ですが、私の方も伯爵から信頼を得ようとも考えていませんでした。
私が始めに伯爵に対して……いいえ、もっと前から私が街の人々に歩み寄る努力をしていれば良かった。
どうせ分かってもらえないからと、最初から諦め、理解を得る為の満足な説明もせずにいました。
始めから信じてもらえないと、信用を得る為の努力を怠ってきました。
その癖、相手に理解ばかり求める言動……
「だから、私は誰からも拒絶されたのですね…お祖母様……」
人は病や死と言う形の無い理不尽に抗しきれず、そのやり場のない思いの丈を目の前の医師や薬師に矛先を向けざるを得ないのです。
「だから、治癒師は病ではなく人を診なければならないのですね…お祖母様……」
お祖母様はいつも仰っていました。
人は必ず病を負い、死に至る
我々非力な人間は病や死という現実に歯向かえる筈もないのです。
昨日まで、ついさっきまで元気だった愛する人に突然振り掛かる不幸。
そんな彼らの寄る辺のない想い受け止めるのが治癒師の役目。
彼らの抱える不安や恐れ、絶望に寄り添うのが治癒師の本分。
私達がそうしなければ彼らに救いは訪れない。
人は病による苦しみや愛する者の死を受け入れられる程に強くはないのですから。
「だから、その理不尽を受け入れられるように彼らの想いを診なければいけなかったのですね…お祖母様……」
人には必ず最期が訪れます。
それはとても悲しい事です。
お祖母様を喪った私も嘆き悲しんだではないですか。
そんな想いと向き合う為には、その最期に納得がいかなければいけないのです。
患者が自身に降り掛かった病と向き合うには、その家族が最愛の者の死を受け入れるには、結果ではなく過程こそが重要。
だから、どう生きるか、どう生きたか、その最期はどうであったのか……それこそが理不尽と患者に、それを見守る人達に向き合わせる
その手助けをする為に病を診て患者に安らぎを与える……それこそが私たち治癒師の全うすべき本分だったのです
確かに人に訪れる死は不可避です。
ですが患者の最期はそれぞれです。
その最期の在りように平安を齎す事が、患者やその家族に受け入れ難き理不尽を許容する扶けとなるのです。
だからこそ、患者の看取りは、それに関わる者達にとってとても重要な犯すべからざる儀式なのです。
その神聖なものを穢したガラックさんもグウェンさんも、そして私も治癒師として失格なのです。
当然、死者を弔うべきオーロソ司祭も冒涜者として聖職者失格です。
こうして神聖な儀式を犯された遺族の怒りを鎮めるのには、相応の生贄が必要だったのでしょう。
それが私……
『魔女』という贄……
『魔女』……
それは私にとっても、このファマスの民にとっても理不尽の代名詞なのですから……




