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47. 常闇の魔女は恋をする~理不尽~

 

「この国は貴女にとって住みやすいとはお世辞にも言えませんから」

「そう……ですね」



 そうよ……思い違いをしては駄目。

 ハル様はただとても優しい方だから、私なんかにも気を掛けてくだっているだけなのだから。



「この地に赴任して初めて黒い髪と赤い瞳に対するこの国の忌避感を目の当たりにしました」



 この国で黒い髪と赤い瞳は今まで見た事がないとハル様は仰いました。

 両親が異国の出身であるハル様にはかなり衝撃的な事だったようです。



「正直に言ってかなり異常です。街から締め出すだけでも死刑宣告にも等しい所業です。それに加えて入市税の件や街の者達の態度……果ては領主までも咎のないトーナ殿に敵意を持っている」



 中にはメリルさんやデニクさんの様に私にそれほど嫌悪感を持たずに接してくれる方もいますが、ハル様の指摘通り大半の方は私に対して否定的です。



「ならばいっそうの事この国を出るという選択肢もあったのではありませんか?」



 ハル様の疑問はもっともです。


 薬を調合したお客や治療を施した患者から感謝の言葉もないどころか、酷い時には罵倒されたり支払いを踏み倒されたりされました。


 私の傍でその一端を垣間見たハル様にも、そんな私の状況が容易に想像がついたのでしょう。


 そんな扱いを受ける国に縛られるのは不思議に思われるのも無理ありません。



「今回の一件で貴女がどれほど理不尽に見舞われていたか分かりました」



 理不尽ですか……


 理不尽と言えばお祖母様の言葉を思い出します。


 医療は理不尽……


 常々お祖母様は私に説いていました。


 どう足掻(あが)いても人には克服出来ない病があり、そして必ずいつかは死が訪れる。


 病によって不自由になったり、最悪の場合は死を迎えるのです。

 そこに貴賎の差はなく、皆の身に上に最期は必ず降り掛かる不幸。

 だからこそ、それを受け入れられない患者はその理不尽(さいご)に対して他者への理不尽(やつあたり)で己の平安を得ようとするのかもしれませんね。



「確かにハル様のご指摘通り、私がこの国で暮らすのはとても大変です」

「大変と簡単に言える状況ではないでしょう」



 この世界で、人はそんなに強くはありません。

 だから、人は群れを作って生きていくのです。

 まして、私の様な非力な女なら尚更でしょう。


 だから、人は群れて生活するのです。

 まして非力な女である私なら尚の事。


 それなのに、私は街を追われ、魔獣の棲む森に追いやられました。

 更に、税を徴収され、街に入る時には入市税を払っているのです。


 これは死ねと言われているのと同じ。


 おそらく薬師(くすし)としての能力とラシアの効能がなければ、私は生きてはいなかったでしょう。


 この国は本当に私には優しくなく、息をしていくのも辛いのは確かです。

 ならば黒髪、赤瞳に偏見のない外国へ移り住めれば良いのでしょうが……



「あいにく私はあまり裕福ではありません。路銀も乏しく、身一つで出国しなければなりません」

「けれども、女の身で国を出るのは並大抵の事ではありません。また、無事に他所の国へ辿り着けたとしても、縁のない地で生計を立てるのは容易ではありません」

魔狗(まく)毒を見事に治療される程の腕があってもですか?」

「外国では使われる生薬が変わりますので」



 土地が変われば植生や動物も変化しますから、当然ですが使用される薬も変わるのです。また、例え同じ動植物であっても含まれる成分が微妙に違う場合もありえます。



「ですから他所の土地では、まず誰かに師事するなどして生薬を学ばねばなりません」



 それらを習熟して、尚且つ患者がつくまで糊口(ここう)(しの)げるか……おそらく難しいでしょう。


 だから薬師(くすし)は医師とは違い、己が薬学を修めた土地に根差すのが一般的なのです。その事が薬師の閉鎖性と発展の妨げになっているのではないかと私は考えています。



「なるほど、それは確かに容易ではなさそうです……浅慮な発言でした」

「いえ、外から見れば簡単そうでも実際にやってみたら難しかったという事は往々にしてあるものですから」



 私だってハル様の騎士団でのお仕事が、どれほど大変なのか想像も出来ないのですから。



「そうかもしれませんね……」



 それから私達は再び森の道を並んで歩き始めました。


 やはりハル様は私の手を離そうとはせず……寧ろ今までよりも力が篭っていて、それは決してこの手の繋がりを解きはしない意思表示のようで……


 その手は眉目秀麗なハル様からは想像が出来なかった剣を握る無骨な男性のものでした。


 だから強く握られると少々痛みを感じたのですが、私はそれを訴える気にはなれませんでした。


 その痛みよりもハル様と結ばれている事実が、私の胸中にえも言われぬ喜びを湧き上がらせ、だから私の方こそこの繋がりを切りたくなかったのだと思います。



 それが一時的なものであると分かっていても。




 木々が鬱蒼(うっそう)と生い茂った森の道は薄暗く、ですが差し込む木洩(こも)れ陽は僅かな光源でありながらとても清らかで暖かい……


 きっと、私にとってハル様の手はそんな光なのでしょう……


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