27. 第二の患者～薬師の矜持～

　

「落ち着きなさいソアラ殿」

　掴みかからんばかりに激した態度を見せるソアラさんから私を庇う様にハル様が間に入ってきました。

「トーナ殿は医師が適任であると言っているだけで、あなたの娘を見捨てたわけではないでしょう」

　興奮して声を荒げるソアラさんと困惑して狼狽する私の混沌としたこの状況を見かねたのでしょう。

　ハル様は間に入って仲立ちを買ってくださいました。

「で、ですが私にはもう他にお縋りできる方はいないのです！」

　しかし、ハル様が場を収めようとした甲斐も虚しく、ソアラさんは平静さを欠き、あまり反応は芳しくありません。

　ソアラさんはどうして私に固執するのでしょうか？

　まったく理由が分かりません。

「何故です？」

　ソアラさんが私を嫌悪されているのは間違いない筈です。

　伯爵が私を指名した時にこの方は顔を顰(しか)めたのですから。

　それほど私が嫌ならば、他の治癒師に依頼をすればよいのではないでしょうか？

　薬師(くすし)には断られたと言っていましたが、もともと魔狗毒の治療は医師の領分なのです。

　街へ行って医師に頼まれればよいだけだと思うのですが……

「この街には優秀な医師がたくさんいるではないですか」

「そ、それは……」

　ですが、ソアラさんどうにも決まりが悪そうです。

　こちらの問い掛けに彼女の目が泳いでいます。

「何か医師を呼べない理由でもあるのですか？」

「その……実は……最初は医師の方々も呼ばれていたのですが……」

　どうやらバロッソ伯爵は薬師に断られたので、招いた医師にエリーナ様の治療を任せようとしたのだそうです。

「ところが、ガラックさんが医師の出る幕はないと仰ったのです」

「もしかして伯爵は医師の面子を潰す真似をなさったのですか！？」

「はい、その意見を伯爵様は全面的に支持なさったのです」

　頭を抱えたくなりました。

　伯爵もガラックさんも何をやっているのですか。

「テナーさんもカンカンに怒って、もう今回の件では関わらないと……」

　テナーさんとはファマスの医師達の重鎮だと目されている大御所です。

　彼を怒らせたのでしたら今回の件で医師の力は借りられないでしょう。

　だから伯爵は、医師を持ち上げる私の提案や治療法に全く聞く耳を持ってくれなかったのですね。

　今さら医師達に頭を下げられないのでしょう。

　ご自分の娘の命がかかっているというのに……

「はぁ……」

　あまりの愚かな行為に、またもやため息が漏れ出てしまいました。

　ファマスに来てから何度目のため息でしょうか。

　しかし、こうなっては致し方ありません。

「分かりました。すぐに取りかかりましょう」

　私しか助けられない患者がいるのです。

　色々と問題を孕(はら)んではいますが、それが治療を拒む理由にはなりません。

　それに、だいぶん時間も浪費してしまいました。

　患者の病状は刻一刻と悪くなっているでしょう。

　もうあまり猶予はありません。

「引き受けてもよろしかったのですか？」

　治療を承諾してソアラさんの後に続く私に、眉根を寄せて心配顔のハル様が耳打ちしてきました。

「適任とは申せませんが、全くの素人ではありませんので」

「いえ、そう言う事ではなく――」

　何か言いにくそうにされるハル様はおそらく私の身を案じてくださっているのでしょう。

　ソアラさんは露骨な嫌悪感を私に見せていましたから。

「私は医療人なのです。患者が求めるのであれば如何なる相手であっても手を差し伸べる……」

　ですが、経緯はともあれバロッソ伯爵と異なりソアラさんは私に助けを求めているのです。

「――それが薬師(くすし)である私の責務であり矜持なのです」

　本来なら医師に回すべき症例ではあります。

　ですが、今回の件は致し方がないでしょう。

　何故なら、今ソアラさんの娘を救う事ができるのは私だけなのですから……