24. 魔女と呼ばれた薬師~魔女の狼狽~
「ふぅ……」
つい、ため息が漏れてしまいました。
自分で思っていた以上に気が張り詰めていたのでしょう。
部屋を出て扉を閉めると解放された気分になったのです。
先ほどの事が悔しくなかったわけではありません。
ただ、それ以上にほっと安堵してしまったのです。
自分で思っていたよりも、他者からの悪意が堪えていたのかもしれません。
さあ、もう嫌な事は忘れてかえりましょう。
と思ったのですが、どなたか玄関までの案内を頼もうと屋敷の人達に声を掛けると――
「すみません……」
「ひっ!」
――逃げる様に去ってしまわれるのです。
誰も私に近づこうとせず遠巻きにされてしまっています。
「困りました……」
この様な貴族の屋敷では、後々のトラブルを避ける為にも家人に案内をしてもらうものなのです。
ですがこれでは如何ともしようがありません。
ついついため息が漏れ出てしまいました。
この屋敷に来てからため息が出るのはいったい何度目でしょうか。
「まあ、私もついておりますので大丈夫でしょう」
「仕方がありませんね」
肩を竦めたハル様に相槌を打ち彼の手からさりげなく鞄を取り戻そうとしました。
しかし、ハル様もさるもの私の思惑をいち早く察知して、私とは反対側の手に鞄を持ち直して私から鞄を遠ざけてしまうのです。
「あ、あの……ハル様?」
私は困ったといった風に顔を向けたのですが、ハル様は素知らぬふりでにっこりと私に笑い掛けるばかり。
「その……私の鞄……」
「さあ、参りましょう」
「――ッ!!!」
上目遣いで鞄を取り返そうと手を差し出してみましたが、なんとハル様は私の意図に反してその手をご自分の空いた手で握ってきたのです。
お陰で私の心臓は、またもや激しく悲鳴を上げています。
きっと握られた手から私の鼓動は伝わっているでしょう。
私の緊張がハル様に見透かされていると思うだけで更に恥ずかしさが増しまして、落ち着けたくても私の心臓は言う事を聞いてくれないのです。
そんな私の羞恥心を知ってか知らずか……いえ、絶対に勘付いている筈なのに、ハル様は狼狽える私の手をしっかりと握って離してくれません。
人の良さそうな微笑みを湛えているハル様ですが、あたふたする私の姿を見て楽しんでいるに違いありません――絶対です。
意外とハル様はいけずです。
そんな筈はないと……
絶対あり得ないと……
これは勘違いだと……
そう分かっているのです。
ですが……
もう、ここまで優しくされて……ああ、こんなにも甘い微笑みを向けられて……そして、これほど強引に手を引かれたら……
もしかしたらハル様は私を……とそんな淡い期待を抱いていまいそうになるのです。
「ほ、本当にハル様は他の女性にこの様な真似をされていないのですか!?」
「ええ、決して……トーナ殿以外にはしていませんよ」
手を強く握られたまま耳元で囁かれ、私の頬は熱くなり、二の句が継げず口をぱくぱくと開閉させてしまいました。
きっと今の私は間の抜けた顔をしているでしょう。
絶対に違うのだと自分に言い聞かせても、もしかしてハル様は私を口説かれているのでは、私に好意を抱いているのでは、との思考に頭の中を支配されてしまうのです。
もう、私の胸はどうしたってときめきを抑えきれません、隠しきれません。
意識するなと言っても無理です。
寧ろ意識しないようにすればする程に意識してしまいます。
ああ、もうダメ。
頭の中がハル様でいっぱいになってしまっています。
男性に少しちやほやされただけで、こんなに浮つくなんて……
そして、気が付けば屋敷の玄関に到着してしまっていました。
何処をどう歩いたのか分からないくらい逆上せていたなんて。
「ハ、ハル様……あ、あの……もうここまでで……」
ハル様は握った手を離してくれないので、逆の手を差し出して鞄を受け取ろうとしました。
ですが、ハル様はそれに全く応えるつもりがありません。
「家までお送りすると申し上げた筈ですが?」
「いえ、そこまでして頂くわけには……」
これ以上ハル様の傍にいたら私の心臓が持ちそうにありません。
それでなくとも頭が変になりそうなのです。
自分はもっと冷静で理性的だと思っていたのですが、どうやらその考えを改める必要がありそうです……




