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「え?それはどういう……」
「君はまもなくこの国を出ていくことになる。その時に心残りがないようにしてあげたかったんだ。これまで辛い思いをしてきたとしても、この国を嫌いになったわけじゃないだろう?」
「!」
あまりいい思い出はないが、やはりここは私が生まれ育った国だ。嫌いになれるはずがない。今まで口にしたことはなかったのに、皇太子殿下には心を見透かされているようだ。
「君は真面目で優秀な人だからね。なんでもできてしまう分、一人で背負い込もうとしてしまうところがあるだろう?でもそれじゃあいつか君がつぶれてしまう時が来るんじゃないかって不安になったんだ」
「それは私が皇宮文官になったからですか?」
「違う!これは帝国のためじゃない。ただ私にとって大切な女性が、新たな一歩を堂々と踏み出せるようにしてあげたかったんだ」
「大切な女性って……」
「この前贈り物をもらった時に私が言ったことを覚えている?」
「この前の……?~~っ!」
私はこの間のやり取りを思い出し頬が熱くなる。
『迷惑だなんて思うわけない!……その、さっきすぐに受け取れなかったのは、リリアナ嬢にとってこの贈り物は特別な意味なんてないんだろうけど、僕が特別な意味を期待してしまったからなんだ』
あの時は迷惑がかかるからとあれ以上何も言わずに別れたが、まさかここでその話が出るとは思わなかった。驚きからだろうか、心臓がうるさい。
「あの時に言えなかった言葉がある」
「それは……」
「好きだ」
「っ!」
「短い時間だったけど君と過ごした日々はかけがえのないものだった。できることならこれから先も君と共に過ごしていきたい。……どうか私の手を取ってはくれないだろうか」
彼の手が私の目の前差し出された。真剣な赤い瞳が私を見つめている。男性に好意を伝えられたのは生まれて初めてのことで、どうするのが正解なのかわからないし、私は彼のことをどう思っているのだろうか。
(私は彼のことが、好き?)
彼と過ごした日々は私にとっても忘れがたい思い出だ。いつの日かまた会いたいと思っていた。友達としては好きなのは間違いないが、彼と同じ好きなのかと聞かれるとまだ自分でもよくわからないというのが正直なところで。
それに今は留学生のラルフ様ではなく、メルトランス帝国皇太子のラルフレット殿下だ。私なんかが彼の側にいていいのだろうか。
「……殿下には私などではなく、もっと相応しい女性がいるはずです」
「私は君がいいんだ」
「でも……」
「私のことは嫌い?」
「っ、嫌いなわけないじゃないですか!ラルフ様は私にとって初めてできた友達です!」
「でも好きではない?」
「……友達としては好きです。だけど男性として好きなのかは、その、よくわからないんです」
好きという気持ちは幼い頃からの婚約者相手に抱いたことはなく、婚約破棄で傷物になった私がこれから先も抱くことがないと思っていた。
私がそんな未知の感情に戸惑っていると、皇太子殿下が口を開いた。
「今はそれでもいいよ」
「え?」
「少しでも可能性があるのなら、私のことを好きにさせて見せるまでさ」
「っ!」
皇太子殿下が近づき、私の耳元で囁いた。
「……だから覚悟してね?これからは毎日口説くから」
「こ、皇太子殿下!」
「二人きりの時は今まで通り名前で呼んで」
「それはっ……」
「ね?」
(……ずるい)
そんな言い方をされたらダメだと言えるわけが
ない。
「……ラルフ様」
「っ!……そんな可愛い顔、他の男には見せないでくれよ?」
「なっ!か、かわ……」
「クスッ。これから楽しみだ。よろしくね、リリアナ嬢」
「も、もう……!こちらこそよろしくお願いします!」
私たちは握手を交わした。今の私たちにはこれくらいがちょうどいいだろう。だけどこれから先どうなるかはまだわからない。ただいつか彼の隣に立てるような人間になりたいと思ったことは恥ずかしいので秘密だ。
そして私はウィストリア王国から旅立ち、メルトランス帝国で新たな人生を歩み始めることになる。
◇◇◇
――十年後。
この日新たに即位した皇帝陛下の隣には、銀髪に紫の瞳の美しい女性が立っていた。その女性は他国出身でありながら、皇宮文官として自らの価値を証明した人物である。
国民は仲睦まじく寄り添い笑顔で手を振る二人の姿に、大きな歓声を贈ったのだった。




