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卒業式当日を迎えた。
雲一つない青空と暖かな日差し、そして爽やかな風が髪を揺らす。
きっと今日は新たな人生の門出となることだろう。
学園の卒業式は無事に終わり、残すところは卒業パーティーだけとなった。
卒業パーティーは、卒業生を祝うために開かれる。参加できるのは卒業生と卒業生の家族、それと婚約者だ。家族と婚約者が参加できるのは卒業生をエスコートするためで、婚約者がいれば婚約者、婚約者がいなければ家族にエスコートされるのがこのパーティーの習わしとなっていた。その習わしに則れば、私のエスコート相手はシェザート殿下になるのだが、あの馬鹿は私をエスコートしたことなどこれまで一度もない。だから今回もエスコートされることはないし、おそらくアンバー男爵令嬢のエスコートをするのだろうと予想していた。
「まぁ、予想通りよね」
むしろ予想を外す方が難しいだろう。父にエスコートされ入場した会場には、すでに馬鹿とお花畑カップルがいた。二人はキャッキャウフフと楽しそうにしているが、明らかに周囲からは冷ややかな目で見られている。もちろんあの二人は気づいていないが。このような場所で婚約者ではない女性のエスコートをするなどやはり馬鹿としか言いようがない。
「あっ!リリアナさんだ!」
アンバー男爵令嬢が私を見つけて嬉しそうに手を振っている。彼女はいまだに己の行動が周囲にどんな影響を与えるか何も理解しておらず、その時の感情だけで生きている相変わらずのお花畑だ。当然周囲も彼女を異様な目で見ていた。
私の存在に気づいた二人がこちらに近づいてくる。何やら私に用があるらしい。父には目で合図し、少し離れた場所に移動してもらった。
「ようやく来たか!俺を待たせるなど何様のつもりだ!」
「……私に何かご用でも?」
「お前が仕事をしないせいで俺がどれだけ大変だったかわかってるのか?さっさと謝罪の一言でも言ったらどうだ!」
シェザート殿下の言う仕事とは元々自分の仕事のはずなのに、そんなことすら覚えていないとは本当に嘆かわしい。こんな男が次期国王ではこの国の未来は暗いだろう。
「何をおかしなことを仰っているのですか?王太子殿下の言う『お前の仕事』とは本来王太子殿下の仕事ですよ?それを数年前に私に婚約者だからと押し付けてきたのはあなたです。もうお忘れですか?」
「なっ!」
「そもそも結婚しているわけでもないのに、王家の重要案件をまだ婚約者である私に押し付けるなど、王太子として恥ずかしくないのですか?」
「なんだと!」
「ああ、そう言えばあなたのお母様からも仕事を押し付けられていましたわ。親子共々恥ずかしいですね?」
私の発言に会場がざわついた。まさか私がシェザート殿下と王妃の仕事をしていたとは誰も思わないだろう。この事実を知っているのは王城で働いている人たちだけなのだ。
「王太子殿下と王妃様の仕事をルーシェント嬢が?」
「まだ王家に入られたわけじゃないのに」
「じゃあお二人は今まで何を?」
「この国大丈夫か……?」
(当然王家を疑問視する声が出てくるわよね)
たしかに私はシェザート殿下の婚約者で結婚すれば王太子妃、いずれは王妃になるが、今はただの公爵令嬢にすぎない。それなのにたかが一貴族令嬢に国の仕事を押し付けていたなど恥以外の何物でもない。
シェザート殿下は羞恥からか怒りからか、顔を赤くしている。前回のことがなければ今にも手を上げそうな雰囲気だ。しかしそんな雰囲気など気にもせず、思ったままを口にした人物が一人。
「リリアナさん!今のはシェザくんに失礼だよ?シェザくんは未来の旦那様じゃない。仲良くしないとダメだよっ!」
相変わらずのお花畑である。私はすでにアンバー男爵令嬢との会話は諦めている。どれだけ説明しても彼女が理解することはないだろう。だから無駄な労力は使わないことにしたのだ。
しかし彼女の発言は、羞恥や怒りに震えていたシェザート殿下には勇気を与えたらしい。
「ユラン……!ああ、やっぱり俺にはユランしかいない!そこにいる生意気で可愛げのない女が王太子妃になるだと?そんなのダメだ!……そうだ!いいことを思いついたぞ!」
シェザート殿下の言ういいことなど、絶対にいいことなはずがない。自分のことしか考えられない人の思いつきなど、ろくなものではないはずだ。
そしてこの予想は当然当たることになる。




