第41話 心の幻影
互いの殺気がぶつかり合う。
「楽に死ねると思うな?罪深き悪たる魔人に、正義の執行者が破れるなどあり得ない!」
俺は、妄言としか思えないネストラの言葉を聞き溜め息を吐く。
「貴様……」
「お前、誰に魅了されている?」
「何の事だ?」
ネストラの体に設置されていた魔法や周囲の魔力の所為で、正確な魔力感知が行えなかった。
だが、全ての魔法を破壊した事でネストラの状態以上を見極める事が出来た。それによって、巧妙に仕込まれた魅了を見つける。
「哀れだな」
魅了は、通常の状態異常とは全く違う。
操られている自覚がない。それに、高度な術の場合は、いつ操られたかも本人は理解出来ない事がある。
しかも、本人が自分の意思で行動していると思い込む故に、余計に厄介だ。
ネストラから情報を得る事は、不可能だな。
「何だとっ」
「最初に言っただろ?お前じゃ力不足だってな」
「黙れぇぇええ!!」
ネストラが残された設置魔法を発動しようとするが、何も起こらず驚愕する。
「悪いが、この一帯にお前が仕掛けていた魔法は全て破壊させて貰った」
「なぁ!?」
『神器 ヴァナル・ガンド』は、リンの力の一部である破壊の力を宿す。
だが、その強力な力故に、装備すると魔法が発動出来なくなる。その原因は、リンから流れ込んで来る魔力が俺の魔法の構築を阻害してしまうからだ。それでも、発動出来ないのは魔法だけだ。
その他のスキルや固有スキル、それに極限スキルの使用も可能。そして、聖剣も使える。
俺は、剣を鞘に納めて、右手を虚空へと伸ばす。
「 底無き欲望宿りし聖剣よ 我が手に顕現せよ!
万物を喰らい尽くせ【聖剣・暴食王】 」
俺の聖剣を見た瞬間、ネストラの額から流れる汗が地面へと落ちる。
明日羽が、俺の情報を執行者達に伝えているのだとしたら、ネストラも俺の聖剣が魔力を喰らう力がある事を知っている筈だ。
「……」
「どうした、来ないのか?」
「くっ、第七階梯魔法〝火炎の渦〟」
俺の周囲を炎に包まれる。
魔法の発動速度、威力共に中々の完成度だが相性が悪い。
俺は魔導師でありながら、聖剣と神器を持つ俺は、魔導師に対してこれ以上ない程の天敵にもなる。
「魔法を食い尽くせ【暴食王】」
俺は、聖剣を炎を斬り裂くように数回振るう。それだけで、魔法は小さくなり跡形もなく消え去った。
【暴食王】は、食らう対象を限定する事で食欲が増加する。
だが、能力発動の前に喰らう対象を指定し、詠唱する事と指定したもの以外喰えなくなるのだ。
今の攻撃の場合、魔法は喰えたがそれ以外の物は一切喰う事が出来ない状態になっていた。
「これで終わりか?」
「ぅ……」
「なら、次は俺の番だ。〝神狼の咆哮〟」
『神器 ヴァナル・ガンド』に魔力を込め、俺とリンの魔力を混ぜ合わせ放つ。
「…………」
それは、魔法のように魔法を構築する過程も発動する際の美しさもない暴力的な魔力の塊だ。
だが、放たれた魔力は凄まじい咆哮を上げ、膨大な量の木々を薙ぎ倒し地を抉り取った。その桁外れの力の所為か、まるで一瞬空間が歪み、魔力の通り抜けた衝撃が空間を伝わり周囲へと走り抜けたように感じる。
「悪いな。この技を使うのは久し振りだったから、外してしまった」
「……」
抉られた森の木々に視線を向け、呆然と立ち尽くすネストラ。
「だが、次は外さない」
「ひっ……、魔人め…魔人如きに、私が負ける筈がない!」
その程度の出鱈目な魔力操作から放たれる魔法に、警戒など必要ない。
俺は、ネストラが放った魔法を全て神器で破壊する。
「お前は言ったな。俺が世界を汚した、と……。ふざけるのもいい加減にしろ!」
俺の魔力が再度溢れ出す。
「平穏な日常を奪われ、責任を背負わされ、心を殺し、俺は世界の為に全てを捧げた!それなのにお前達は、俺を裏切った!!」
息が荒くなり、暴力的な荒れ狂う魔力が無差別に周囲へと放たれる。
「俺の全てをお前達が奪った!俺が魔人なのだとしたら、魔人を創りだしたのは、この世界と異世界人《お前達》だ!!俺は許さない。お前達を!この世界を!!」
「ひぃ!」
俺は〝身体強化〟を発動し、ネストラとの間合いを詰めた。そして、【暴食王】を躊躇いなく、ネストラの胸へ突き立てる。
「苦しみに、踠いて死ね!喰い尽くせ【暴食王】!!」
バキバキ…ベキュ……
「ぁ、あ、嫌だ…こんなの!」
バキ…ベキッガリ……
「…死に……」
ネストラは、【暴食王】が魔法を喰らった後のように跡形もなくなった。
残っているのは、俺の記憶に残るネストラの死を目の前にした姿と生を渇望する声だけだった。
俺は、戦闘で乱れた呼吸を整えつつ周囲を警戒する。
伏兵の気配はない。それでも、明日羽と戦った時の失敗もあるので、一瞬でも気を緩めたりはしなかった。
周囲を警戒したまま【暴食王】を消す。そして、神器も虚空へと姿を消す。
その時、まるで頭をハンマーで殴られたかのような激痛と込み上げてくる吐き気を感じた。
「な…んだ……!?」
まさか神器を使った副作用……いや、嘗て何度か神器を使った事があるが、その時にこんな事はなかった。
《トウヤ・イチノセに対する上位者の干渉を確認。
…………記憶の一部を強制解放。》
「!!」
次々と湧き出して来る記憶。
嘗ての忘れていた記憶と目を背けていた記憶。それに呼応して、ネストラと戦った時以上の憎悪に染まった感情が吹き出した。
自分でも抑え切れない感情が、怒涛の様に溢れ返る。理性が感情に呑まれるのを必死に耐えているが、俺の頭に再度無機質な声が響き渡った。
《上位者により、記憶の一部が改竄・再度封印されました。更に、上位者????が、トウヤ・イチノセの精神及び魂に対して侵食を開始しました。》
「ぐ……くそっ……」
自分の身体の内側で何かが蠢く不快感。そして、自分という存在が書き換わっていく恐怖が、同時に俺を襲う。
光属性や闇属性の魔法で、一時的に抵抗しようとするが、魔力が上手く循環出来ず、魔法を発動する事が出来ない。
必死に意思の力だけで正気を保っているが、少しずつ意識が薄れ身体の力も入らなくなって行く。
《【神獣】のスキル〝神への叛逆者〟が発動しました。『契約者』トウヤ・イチノセに対する侵食に抵抗…………魂の保護に成功しました。》
その途端、俺の意識は身体から離れるような違和感に囚われた。
□□□□□
無機質な声が聞こえなくなってから一体どれだけの時間が経過したんだ?
1分?
……1時間?
…………それとも、数日経過したのか?
まるで夢でも見ているかの様に、なんとなく意識はあるのに身体の自由が効かない。それでも、自分の目を通して景色は見える。感覚を通して、周囲の魔力も鮮明に感じる。
その時、見覚えのある3つの魔力が近付いて来た。
俺は、身体に染み付いた動作で、右手をこちらへと迫る魔力の方角へ右手を向ける。そして、魔法を瞬時に構築する。
空中に、無数の黒槍が出現する。
「第七階梯魔法〝黒槍舞う舞踏会〟」
抑揚のない、まるで感情を感じさせない声音の声が喉を通し発せられる。それに従い、槍が3つの魔力へ向かい降り注ぐ。
「……」
3つの魔力はそれぞれ健在。速度を上げて近付いて来るな。
俺は、更に追撃の魔法を構築する。
次は、相手の速度も考え引きつけてから放つ。
「第七階梯魔法〝氷閉……?〟」
魔法を放とうとすると、先程まで3つだった魔力の反応が急に歪む。
「?」
幻影系の闇属性魔法やスキルを使用している可能性がある。
これでは、魔法を外す可能性がある。その為、魔法を発動せず剣を抜いて待ち構える事にした。
姿さえ見えれば、いくら魔法で似た様な幻を創り出しても直ぐに分かる。
森を抜けて現れたのは、リツェア、ヴィルヘルム、メデルの3人だった。
予測していた事なのか、3人とも動揺している姿は見られない。
いや、動揺はしているな。それでも、冷静さも保っていた。
「主、一体何があったのですか!」
3人の中で、1番自分の感情を制御出来ていないメデルが俺に向かって叫ぶ。
「……気付いたんだ。俺は、人間が憎いってな。憎い?……いや、そんな言葉では生温い。俺の人生を狂わせ、全てを奪った人間の存在を俺は許せない!」
心の思うがままに、俺が言葉を紡ぐ。それなのに、どうしてお前達がそんなに辛そうなんだ。
どうして、俺が間違っている、と否定しないんだ。
「そっか…………良かった」
「何がだ?」
リツェアの言葉の意味が分からず聞き返す。
「忌蟲の森で、トウヤが私に気を使ってくれたのは分かってたから、本音が聞けて安心した」
俺が、リツェアに気を使った……だと。
「昔の勇者じゃなくて、失望したか?」
「言ったでしょ?安心したってね。トウヤの強くて優しい所とか、どこか子供っぽい所が、私の憧れた勇者と何も変わってない」
「……違う」
俺は俺だ。
勇者なんかじゃない!勇者であってたまるか……。
こんな世界が、押し付けた役割を認めてやる訳にはいかない。
「主は、いつも孤独であろうとしていますよね」
「……俺は、誰も信用していない」
俺の言葉に、メデルが首を横に振る。
「主は、恐れているのではないですか?」
「……恐れている、だと?」
「はい」
メデルが覚悟を決めたかの様に、流れそうになる涙を堪え俺を見据える。その姿を見た瞬間、遠くの方で声が聞こえた気がした。
「嘗て、信頼していた仲間や人々に裏切られたから、また誰かに裏切られる事に怯えているんです」
「違う」
「何が違うと言うのです!」
「!」
「怯えずに、私達を見て下さい!私達だけじゃない。イリーナさん、カシムさん、サティアさん、ミルさん、人の中にだって主の事を信じている人はたくさんいます。それでも、主は人間達の存在を許せませんか?」
メデルの言葉を聞いていると、今まで出会った連中の顔が浮かんで来る。
騒がしく暑苦しい連中、根は真面目な変わり者の連中、俺の為に涙を流し身体をはってくれた連中。そして、俺からの殺意の込められた魔法を受けてなお、目の前に立つ3人。
色々な感情がごちゃ混ぜになり、自分が何を考えているのか分からなくなる。それでも、身を焦がす様な憎悪の感情だけは、はっきりと感じていた。そして、またあの声が頭の中に響く。
『憎しみの指し示すままに、力を解き放て』
その瞬間、ごちゃ混ぜになっていた感情が消えて行く。
「今更、他人を信じて俺の失った物は戻って来るのか?この感情は無くなるのか?」
「そ、それは……」
「今更無駄なんだよ。俺は、感情の思うがままに、この力を使う」
それで良い。
これが正しい選択だ。
誰にも肯定されなくて良い。そんなものは、望ませない。




