第30話 忌まわしき森の女王
忌蟲の森の調査村付近に到着した。
すると、早速各冒険者パーティーのリーダー達が招集される。俺とカシムも揃って、バルザックの元に向かった。
「早速で悪いが、小隊の振り分けを発表する」
バルザックは3つの役割毎にパーティー名、ソロ冒険者の場合は名前を読み上げて行く。
主に魔物の討伐を目的に、調査村の正面から攻める戦闘部隊は、白金級以上の高ランク冒険者や魔物戦闘が得意なベテランの冒険者達が配置された。
逆に、回り込んで敵の撹乱と村人の救出を主に行う遊撃部隊には、金級〜ミスリル級冒険者の中でも若手と言われる冒険者が多く配属されている。そして、最後の後方支援部隊は、俺達を含めた戦闘経験が少ない冒険者パーティや回復などの特殊なスキルや魔法を取得している者が配属された。
「後方支援部隊の冒険者達は、この場で待機し、その都度指示を出す。君達の臨機応変な対応に期待している」
バルザックの編成に、文句はない。
だが、遊撃部隊に実力はあるのだろうが、若手を多く配置したのには不安が残る。若手は、良くも悪くも勢いにムラがあり、纏める人の采配や人選によって、毒にも薬にもなってしまう。
他にも、後方支援部隊には、金級になったばかりで、こういった戦場に慣れているようには見えない冒険者も多く見受けられる。
これは俺の推測だが、後方支援部隊には、今後の為に危険の少ない場所から経験を積む役割もあるのかもしれない。
俺からすると回り諄い、と感じるが、確かに経験を積んだ者とそうでない者では決定的な差が生まれてしまう。
だが、逆を言えば直接の戦闘から遠ざけられている、と言う事だ。それに、突然のトラブルに対して迅速かつ的確な動きが出来るかも分からない。
「雪」
小声でカシムから話しかけられ、そちらに視線を移す。
「後から俺がギルマスに言って、配属を変えて貰うか?」
カシムは、村の裏口から攻める遊撃部隊のリーダーを任されている。
「いや、俺達が戦闘に参加せず終わるなら、その方が良い」
無理に、俺達の手の内を晒す必要はない。
俺の言葉に、「分かった」と頷くカシムを確認して再度説明を続けるバルザックへと視線を戻す。
それにしても、カシムには意外な才能がある様だ。
こうしている間にも、常に周りの冒険者達を観察し、バルザックの配属に不満を感じている冒険者の何人かをさりげなくフォローしている。
このヴァーデン王国の冒険者達は、他国の冒険者よりも実力主義の考え方が強いらしい。
その分、影では、妬みや焦りといった感情を持ちやすい連中が多い。カシムの話では、特に若手の冒険者にはその傾向が強く、周りと問題を起こしやすく馴染めない奴もいるそうだ。
だが、カシムはその若手冒険者の手綱を上手く握っている。
前に言った時は全力で否定していたが、流石は《子育て》の2つ名を持つだけはある。
因みに、俺も実際に冒険者になって知った事なのだが、ヴァーデン王国の冒険者制度は他とは少し違い飛級制度があるらしい。
この制度は、危険地帯に囲まれたヴァーデン王国ならではで、実力のある者を少しでも早く高ランクの冒険者に育てようとする狙いがあるようだ。それ故に、金級以上の冒険者にも若者は意外と多い。
早く昇級するには飛級制度が、ヴァーデン王国の正道らしく、横入りのような仮冒険者登録制度は邪道だと感じる者も多い様だ。
仮冒険者登録制度は、白金級の実力を持つ事が条件になる。その為か、正式な冒険者登録を行う際には、白金級として登録される事が通常だ。
バルザックの話が終わると、隠密系のスキルを持った冒険者が周辺の探索へと向かう。
俺もヴィルヘルム達に、配属部隊を報告した。
3人も特に配属に拘りは無かったらしく、寧ろ「他の冒険者のお手並み拝見だ」と言っていた。
その後は、周囲に広げていた魔力感知の範囲を狭め体を休める。
俺の魔力感知能力は異常らしく、集中すれば半径100メートルの範囲は朧げではあるが、魔力を持った生物の動きを捉える事が出来る。
だが、魔力感知とは特に脳に負担をかけたり、精神的な疲労にも繋がる為、範囲を狭めたり使わずに置く事も大切だ。
今は敵が近くにいる可能性もあるので、魔力感知を切る事は出来ない。
「雪、偵察に行っていた冒険者が戻って来たぞ」
ヴィルヘルムの言葉に、バルザックに報告を行っている身軽そうな冒険者数名に視線を向ける。そして、その後直ぐに各パーティーのリーダーが再度招集され作戦が伝えられた。
「遊撃部隊がある程度村の付近まで近付いたら合図を出してくれ。それを確認した後、正面の戦闘部隊が攻め込む。後方支援部隊は、この場で俺と待機し、状況により増援、怪我人の治療を行って貰う」
「いくつか質問しても良いか?」
カシムが、バルザックを見ながら口を開く。
バルザックは頷き、カシムの質問を了承する。
「まず、生存者はいたのか?」
「偵察部隊の話では、村内部の様子は分からなかった様だ」
バルザックの言葉に、場の空気が重くなる。
「今の所、全滅した証拠もない。遊撃部隊には、事前に言っていた通り、生存者の探索を主に行って貰う」
「分かった。次に、魔物の数と種類は?」
「数は流石に不明だ。魔物の種類は、Dランクがワイルド・ホッパー、ムルカデ、ウォータル・スパイダー、Cランクはショット・スパイダー、毒蛾、幻粉蝶。偵察が見つけたのはここまでだ」
見事に蟲だらけだ。それに加えて、有利な属性魔法などが使えない冒険者には厄介な魔物が多い様に感じる。
本来なら、火属性の魔法で、村ごと焼いてしまうのが手取り早い。
だが、住人の救出が依頼条件に組み込まれている事から、魔物を村ごと焼く手段を選ぶ事は出来ない。
正直、生存者は見捨てるべきだ。
もし魔物が逃亡し、数を増やせば、何れ王国に被害は出る可能性がある。
たった数十人の為に、王国全体を危険に晒す、どう考えても吊り合わない。それに、重要な戦力である上位冒険者を、この村程度の為に危険に晒すのは愚かな事の様に思えてしまう。
酷い事を言っているかもしれないが、この状況を作り出したのは、村の連中が敵より劣っていたからだ。
つまり、自業自得。情けをかける必要があるとは思えない。
嘗ての冒険の中でも同じ事は、何度もあった。
救える命と見捨てる命の選別。
いくら命を助けたいと望んでも、俺には全てを救う力は無かった。だから、選ぶしかなかった。
救った人から怨まれ、罵声を飛ばされる事は、何度もあった。でも、嘗ての俺には選ぶ事しか出来なかった。
「……っ」
俺は、数回深呼吸をし、溢れ出た感情を奥に押し込める。
余計な事を思い出した。
「会議はここまでだ。遊撃部隊が位置に付いたら、作戦を開始する」
バルザックの言葉に、冒険者はそれぞれでお互いを鼓舞し仲間の元に向かう。
俺もヴィルヘルム達の元に戻る。




