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異世界召喚されたのは、『元』勇者です  作者: ユモア
第3章 勇者と冒険者
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第25話 不穏の始まり





 鶏冠蛇竜バジリクス達との戦闘から、5日程が過ぎたが、俺の生活は対して変わってはいない。


 戦闘訓練を兼ねて冒険者ギルドから依頼を受け、毎日のように4人分の飯を作る。その合間に、新しい魔法取得を目指す。

 日常生活に冒険者活動が入っているが、この世界では、危険が身近な事は特筆すべき事なので平和と言っても差し支えない。

 唯一変わった事と言えば、自宅に度々カシム達が押し掛けて来るようになった事だ。

 理由は、大抵飯を食う事だが、依頼に協力して欲しいと言われて、合同で依頼を受けた事もあった。

 内容は、カシム達を指名した護衛の依頼だ。依頼側の人数が急遽増えた事で、俺達に声がかかったのである。


 それ以外では、冒険者活動にも変化や緊急の依頼もなく穏やかな日々。

 寧ろ、例年より魔物の被害に関する依頼が極端に少ない事を冒険者ギルドが危惧している程だ。



「おはようございます、主」


 リビングで、近代の魔法に関する資料に目を通していた俺は、資料から目を離さずに「おはよう」と返答する。

 メデルは、俺に一礼した後に、庭の花壇へと向かった。


 近代の魔法関する資料は、イリーナに集めて貰った物だ。

 自分でも、本屋や図書館を回って探したのだが、貴重な魔法書は元より、魔法に付いての資料も多くは見つける事が出来なかった。

 イリーナに確認した所、嘗ては多くの魔法書や魔法に付いての資料が出回っていたが、現在は国がその殆どを管理している様だ。

 何故なら、魔法の研究資料でもある魔法書は、一点物の貴重な物が多く、魔法も国レベルで研究が進められている。その為、魔法に関する資料も自動的に国にとっての重要書類になるからだそうだ。


 では、何故俺がこの資料を持っているかと言うと、別に盗みなどの犯罪に手を染めた訳では無い。

 魔法に関する資料が読みたいとイリーナに相談した所、どうやら魔法学校に知り合いがいるそうで特別に犯罪にならない程度の資料を集めてくれた。

 それに目を通しているのだが、どうやらヴァーデン王国では戦闘よりも日常生活などに関係する魔法や魔法道具が中心に研究されているようだ。

 だが、これは他人に流出しても問題が無い程度の情報なので本当の所は分からない。


 資料に大体目を通した俺は、それを汚さない様にアイテムボックスにしまう。


 その時、屋敷の玄関が開き汗だくのヴィルヘルムが入って来る。


「今帰った」

「汗だくだな。早くシャワーでも浴びて来いよ」

「そうだな。それにしても、これは良い訓練になる」


 そう言いヴィルヘルムは、手首に付けていた腕輪を外す。

 小さな緑色の石で装飾された見た目は、普通の腕輪だが、実は俺が錬金魔法で魔法を付与した魔法道具だ。付与した魔法は、〝身体能力低下〟〝魔力阻害〟である。


 単純に目的が、身体能力向上なら〝重量増加〟の魔法でも良かったのだが、そうすると色々と問題が起きる。

 まず、歩った地面が過度に凹んだり、床が壊れてしまう。

 他にも、人にぶつかれば、重量差で相手が転んだりして怪我をする可能性もある。

 だが、〝身体能力低下〟と〝魔力阻害〟なら地面も凹まず、他人にぶつかっても迷惑にならない。それに、身体能力と魔力操作が低下している為、〝身体強化〟を行いつつ運動をすれば筋肉への負荷と魔力操作の訓練を同時に行える。


「……雪。俺は慣れて来たが、少し魔法が強過ぎないか?」

「弱かったら意味ないだろ」

「カシム達は、悲惨な事になっていたぞ」


 ヴィルヘルムの言う通りだ。

 あの腕輪の魔法道具ーー『虚弱の腕輪ウィーク・ブレスレット』の魔法は、少し強めに掛けている。その為、装着した人の殆どが地面に四つん這いの様な格好になってしまう。


「お前等の〝身体強化〟が下手なだけだろ」


 身体能力が低下すると言われても分かり難いが、故意に筋力が低下した状態作り出している状態である。

 例えるなら、今まで片手で持てていた物が持てなくなったり、自分の体重を支えていた筋力が低下する事で立てなくなるのだ。

 この状態を瞬時に作り出すのが、『虚弱の腕輪ウィーク・ブレスレット』である。

 身体能力が急激に低下した状態で、筋トレをしたからといって腕力が著しく上昇する訳ではないが、通常通りの動きをするには一定した〝身体強化〟をかけ続けなければいけない。



「おはよう〜」


 ヴィルヘルムが浴室に向かった時、2階からリツェアが眠そうに目を擦りながら降りて来た。


「朝ごはんは?」

「作ってあるから今並べる。庭にいるメデルを呼んで来てくれ」

「うん」


 欠伸をしながらリツェアは庭に向かった。

 その間に、熱を生み出す魔法道具である魔道コンロで、鍋の中身を温めて、炊いていたお米を人数分用意した茶碗に盛る。そして、サーモスと言う川魚の身に軽く塩を振り焼く。その間に人数分のサラダも準備する。


 3人が戻って来る頃には、全員分の食事をテーブルに並べていた。


 庭から戻ったメデルとリツェアは、手を洗い席に座る。ヴィルヘルムは、シャワー浴びた後の濡れた体を大きなタオルで拭きながら姿を見せた。

 獣人族の獣毛は、濡れると乾き難いらしい。それに、濡れると体格が変わって、少し印象も変わる。


「……何だ?」

「濡れたあんたって、なんか残念よね」

「はい、残念です」

「仕方ないだろ」


 大きめの下着を履いて、バスタオルに包まれたヴィルヘルムに向かって魔法を放つ。


「もう少しで乾くから、じっとしてろ」

「ああ、ありがとう」

「本当に感謝しなさいよ。あんた、半渇きだと生臭いんだから」

「……喧嘩を売っているのか?」

「ふん。私に、勝てると思う?」


 ヴィルヘルムの拳からバキッと、関節の音が鳴る。それに対して、不敵な笑みを浮かべたリツェアも同じ様な動きでパキッと音を鳴らした。


「そろそろ乾いたぞ。それと、喧嘩なら城壁の外に行けよ」


 ヴィルヘルムとリツェアが、本気で喧嘩をした場合、屋敷と庭は間違いなく原型を止める事は出来ない。


「冗談よ。そんな面倒な事はしないわ」

「……」


 時折こういったやり取りがあるので、メデルも慌てる事なく席に座っていた。そして、ヴィルヘルムとリツェアも席に座る。


「何これ?」

「味噌汁だ」


 ヴァーデン王国の市場で売られていた、大豆の様な豆類や麦の様な穀物を醗酵させた調味料ーーウルグで作った。市場で味見させて貰った所、日本の味噌に近い味がした時には驚いた。

 元々は、森の奥地に住むエルフ族の保存食として作られていたらしい。

 

「味噌汁……確か、主の世界では一般的な物でしたよね」

「そうだ」


 因みに、ウルグで作った味噌汁の具は、豆腐とネギと油揚げだ。


「まぁ、食べてみてくれ」

「「「頂きます」」」


 3人が、ほぼ同時に味噌汁に口を付ける。


「……」

「「「ふぅ〜」」」

「どうだ?」

「美味しい」

「何だかホッとします」


 隣に座るメデルと目の前のリツェアは、味噌汁が気に入ってくれたようだ。

 ヴィルヘルムは、いつも通り無言でご飯や焼き魚、サラダ、味噌汁へと手を伸ばしている。


「お代わり」


 適度な熱さになった味噌汁を飲み干し、ヴィルヘルムは宣言する。


「はいはい」

「ヴィルヘルムさん、もっと上品に食べて下さい」

「ご飯くらい静かに食べなさいよ」

「……ぅぅ、すまん。やはり、自分でやる」


 その後、尻尾や耳をシュンとしたヴィルヘルムは、キッチンへと向かい味噌汁と山盛りのご飯と小皿に入れた生卵を持って来た。そして、生卵を俺の前に置く。


「頼む」


 俺は、溜め息吐きながら生卵を手に乗せる。


「第五階梯魔法〝浄化パージ〟〝状態回復クリアランス〟」


 この生卵は、依頼で知り合った農家から今日の早朝に届けて貰った物だ。だから、品質については大丈夫だと思うが、一応感染症などには気をつける必要がある。

 菌や寄生虫なども浄化系の光魔法には弱い。

 魔法を何度か重ね掛けし、ヴィルヘルムに返す。


 ヴィルヘルムは、それを受け取り熱々のご飯に割り入れ、いつの間にかテーブルに持って来ていた醤油に似た調味料であるウーネ、胡麻、刻んだネギを入れる。

 味噌ウルグがあった事で、醤油に近い調味料もあるかもしれないと市場を探し回って醤油ウーネを見つけた時は感動した。

 だが、ヴァーデン王国では味噌ウルグ醤油ウーネは需要が高い訳ではないらしい。


 そうこうしている間に、ヴィルヘルムはご飯の上に乗せた卵の黄身を割りかき混ぜ一気に掻き込む。そして、味噌汁を啜る。


「上手いっ」


 尻尾を振りながら、上機嫌で食べ進めるヴィルヘルムに2人の視線が向けられている。


「ヴィルヘルムさんは良いですね。そんなに一杯食べれて……」

「良く太らないわよね」


 ヴィルヘルムは、そんな嫉妬の籠った言葉を受けながらも夢中で卵かけ御飯を食べ進める。

 その時、扉が何度も叩かれる。それに、3人は揃って不機嫌な顔になる。


「……数は、2人だ」

「魔力からして、人間だな」

「朝の食事中に、失礼な奴ね」

「私が見て来ます」


 玄関の方でメデルと何者かの話し声が聞こえて来るが、内容までは分からない。


「……」


 ヴィルヘルムは、獣人族の鋭い聴覚故に内容が聞こえているようだ。その所為か、表情を顰めている。

 だが、箸を持つ手は止まらない。そして、思っていたより早くメデルが戻って来た。


「冒険者ギルドから緊急招集です」


メデルの口から出た言葉に、俺は顔を顰める。



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