第6話 嘗ての理想
相変わらず、人通りの多いヴァーデン王国の大通りを4人で進む。
メデルは、逸れない様にヴィルヘルムが肩車をし、リツェアは俺の手を引いて様々な露店を見て歩く。
色々な種族が集まった国である所為か、エスティファム聖王国の城下町では見た事がない装飾品や食べ物が売っている。そして、軽く周りを見回すと矢張り他種族同士が、当たり前のように物を売り買いし、会話して笑い合っている。
「うわぁ、皆楽しそうですね」
「……いや、そうとも限らないぞ」
俺の見ている視線の先を3人も追う。
そこでは、質の悪そうな服を来た少年が、露店からパンを盗み出していた。店主である壮年の男性も直ぐに気付いたが、それでも遅い。少年は、道の角を曲がり姿が見えなくなっていた。
「ちっ!スラムのガキが!2度と来んな!!」
店主が怒声を飛ばしながら店に戻れば、他にも幾つかの商品が盗まれている事に気づく。
どうやら、先ほどの少年を囮として注意を引いている間に他の子供にパンを盗ませた様だ。
店の主人にとっては良い迷惑だが、露店を出している時点で盗難の危険性は少なからず存在している。それを防げなかったのは、店の主人が然るべき対策を怠った落ち度だ。
だが、スラムか。
俺の住んでいた日本ではあり得ない場所だが、この世界では珍しくない場所だ。
特に、こんな他種族共存を掲げる国では、スラム街があっても全く不思議じゃない。それに、スラム街は法の力が届き難い地域なので、好んで住む連中もいる。国も解体したりスラム街の住人を救済しようなどとすれば、強い反発や莫大な予算が必要になってしまうので放置しているのだろう。
稀にだが、国にとってスラム街がメリットになる場合もある。
「えっ!?ど、泥棒ですよ!」
メデルは、子供が犯罪を犯す姿を見て驚いている。
「メデル。今の光景をどう思った?」
俺は、自分で聞いておきながら意地悪な質問だと思った。
「人の物を盗むのは、悪い事です!」
「でも、パンを盗まなければ、あの子供達は飢えて死ぬかもしれないぞ?もしかしたら、飢えている家族がいるかもしれないしな。それでも、間違った事をしてると思うか?」
「うーん、間違ってない、です」
「でも、店主からしたら大事な商品を盗まれた訳だ。あの人にだって、養っている家族がいるかもしれないのにな」
「え、だったら、でもでも……ふぇ、もうわかりません」
メデルは、悩んだ挙句、白旗を上げた。
「メデルは、あの光景を善悪で判断しようとした様だけど、そんな単純な話じゃない」
一見盗人である子供達が悪だが、子供達にとって盗む事は必要な事だったんだろう。
「お互いが、生きる為に必死なだけなんだ。悪でもなければ、正義でもない。それでも、悪者を作る必要があるなら、格差や差別を生んだ全てが悪になる」
スラムの子供達が、生きる為に行った盗みを悪と決めつける事は簡単だ。
たが、子供達に盗みをさせた格差や差別、手を差し伸べずにいる全てが、子供達にとって見れば悪となるだろう。
「それは、流石に無茶ですよ」
「そうだな。無茶だって誰もが思う。でも、この国は、誰もが無茶だと、不可能だと思っていた事に挑戦して実現させた。そんな国の中にも、新たな格差は生まれてしまう」
「なら、どうすれば良いんですか?」
メデルの質問への答えを俺は持っていない。
「……。変えたいなら、悩んで、戦い続けるしかないだろうな」
「と…雪。それも、貴方の戦っていた敵なのね」
「っ……悪い。つまらない話をしたな」
なんで俺は、こんな話をしてるんだ。
「そんな事はない」
ヴィルヘルムが断言した。
いつの間にか、地面に向いていた俺の視線が上がる。
俺を見つめる3人の視線が、何故か恥ずかしくて、顔を背けてしまった。
「変な奴等だな」
再び俺は歩き出した。
□□□□□
「そういえば、何処に向かってるの?」
隣を歩くリツェアに問われて、門兵の人に聞いていた店の名前を告げる。
すると、リツェアは驚いた様な表情を見せた。
「リツェアさん、どうかしました?」
「え?別に何もないわよ」
絶対に何かある。
嘘を隠すのが下手なリツェアの事は無視して、道を歩く人々に気付かれない様に、アイテムボックスから袋と袋の中に素材を取り出す。そして、隣接している店よりも大きな、目的の店へと入る。
壁の色は白を基調として、清潔感を感じさせる外観だ。中に入ってみると、瓶に入った薬飴や薬草、治癒のポーションや魔力を回復するマナポーションなどが棚に並んでいる。
時間的な理由なのか、人の入りはそこまで多くはない。
俺は、受付に座っている少女に声をかけた。
「すいません。素材の買取をお願いできますか?」
「申し訳ありません。薬草などは、冒険者ギルドを通して頂かないと……」
「いえ、偶然手に入った物なんですが……まぁ、兎に角見るだけでもお願いします」
俺は、店に入る前に準備しておいた袋からマンドレイクを取り出し受付に置いた。
「これは!?」
「もし、こちらで無理なら他の商会に相談してみますが?」
「少々お待ち下さい」
受付の少女は奥に駆け込んで行った。
「今日の主は、受付さんを困らせてばかりですね」
メデルからの正確なツッコミを黙殺し、少女が戻って来るのを待つ。
その間、3人は店中の物を珍しそうに眺めている。
すると、少女が戻って来た。息は切れ、白い肌が朱色に染まっている。
「お客様、会長がお会いになりたいそうです」




