契約と採用、不採用 よん
「ひゃっほー!」
エドガーが歓声をあげ、マキシムが部屋の灯りを1つだけつける。だっていきなり全部つけたら、眩しくて目が開けられないからね。
床の上では、何が起きたのか理解できていないロビーとゴスが、それでも目をしばしばさせていた。
今回使ったのは、お屋敷の必需品『盗っ人ポイポイ』の『パクンとタイプ』。
これは一辺が20mi、厚さが1mi程の四角形で、魔力登録してない人が踏んづけると、中に仕込まれている金属板が大きく広がって、踏んだ足をパックンと包み込む罠だ。しかもパックンと同時に過重の魔法陣が発動するから、重くてその場から動けなくなる。
3人で魔力を登録した物を、扉を開けてすぐの所に先ずは2つ、運良くそれを踏まなくても、次の一歩でひっかかるように、残りを設置した。
これ、暗くないと作動しないのが難点なんだけど、今回の作戦にはちょうど良かったわ。間違ってライドさんが踏んだら、大変なことになってたもの。
ポイポイには他にも『ガブッとタイプ』があるんだけど、アレはね、さすがにかわいそうだからね……うん。
扉を押し開けて勢いよく入ってきたロビーは、パックンされてそのままつんのめって倒れ、ゴスは器用なことに2つも作動させていて、しかも1つは右腕と頭半分がパックンされた状態で転がっている。
「どこのクソガキだ!お前らこんなことして、タダですむと思うな!俺もこいつも、貴族だぞ!」
作戦がうまくいって喜んでる私たちをにらみつけたロビーは、さぁ驚けとばかりに言うけど、そんなことは、とっくに知っている。宿の食堂で、大声で話すのを聞いてたからね。
ロビーの横ではうなずこうとしたゴスが、ブチブチッという音をさせていた。見ると、動く方の手で、おでこの辺りを触りながら涙目になっている。
ムリに頭を動かそうとしたから、挟まっていた髪の毛が抜けて、ハゲができていた。
「ブッ」
それを見たエドガーが吹き出すけど、それはさすがにブフッ、失礼だとプフフッ、思うわプフッ……
「聞こえなかったのか、バカガキども!今すぐこれを外せ!でないとお前ら全員、貴族への不敬罪で牢にぶち込んでやるからな!」
ガキだからって容赦しないぞなんてわめくけど、そもそも勝手に入ってきたのはそっちよね?こんなヤツ、ガブッとタイプでも良かったかも?しかも不敬罪だなんていったい、いつの時代の話よ?
「不敬なんて、何十年も前に、なくなりましたよ。そんなことさえ知らないなんて、ギヨム家でしたっけ。さすが貧乏僻地の男爵家だけはありますね」
マキシムがクスクス笑いながら言うけど、それ、わたしが言いたかったのに。ちくしょう、先を越されてしまったわ。
横ではまだ呆然としているゴスを、エドガーがホウキでつつきながら、質問していた。
「なあ、勝手に入ってきたくせに、なんでそんなに偉そうなんだ?」
「勝手に入ったんじゃない!俺たちは、ここに住んでいるパシェット商会の商会頭に呼ばれてだな…」
あっ?誰が呼んだって?
「えー、おかしいなぁ。わたしは呼んだ覚えなんて、ないんだけど?」
わたしが可愛く首を傾げてみせると、ロビーの口と目が大きく開いた。
「はぁっ?」
「あれ、聞こえなかった?わ・た・し・は、あ・ん・た・な・ん・か、よ・ん・で・な・い・よー!」
信じられないって顔をしているロビーに向かって、両手を口の横にあてながら1語づつ区切って言うと、その開いた目と口が、さらに大きく開く。
そして10数えるほどの間固まったあと、ようやく言葉の意味が理解できたみたい。顔が酷くゆがんでいき、その色は赤黒く染まる。
「くそっ。若いって、まだ子供じゃないか!」
吐き出すように言うけど、いったいわたしを何歳だと思ってたんだろ?
まぁいいや。ついでだから、ちゃんと自己紹介してあげよう。
「パシェット商会の会頭のエミリアです」
「秘書兼連絡係りのマキシムです」
「同じく秘書兼連絡係りのエドガーだ」
「ガキばっかの商会……なっ、なぁ、俺達が入ってやっても……」
「いらないわ」
「犯罪者はいりません」
「お前ら弱そうだし」
「クソガキどもが、人が親切に言ってやっるのに」
そうこうしている間に、表が騒がしくなってきて、ドカドカと階段を上がって来る足音がしたと思うと、アルノーさんを先頭に、衛兵さん達がぞろぞろと入ってきた。
「お嬢さん、無事で……すね。というか、相変わらず容赦ないですね…」
ついこのあいだ、砦跡で楽しげに罠を仕掛けてた人が、何いってんだろ?
それとロビーとゴス、2人して何ホッとした顔してるの?まさか自分たちを助けるために衛兵さん達が来たなんて、勘違いしてないよね?
「おい、お前ら!今すぐ、このガキ共を捕まえろ!」
うそん、してたわ……
「何の罪で?」
ロビーの言葉に、アルノーさんが首をかしげる。
「俺たちは貴族だぞ、その俺たちにこんなことをしたんだから…」
当然だけど、衛兵隊の人たちはエドガーやマキシムが何者か、ちゃんと知ってる。だから口には出さないけど、かわいそうなものを見るような目で、ロビーたちを見ている。
「確認のため聞くが、この建物に侵入した理由は?」
「侵入なんてしてない。俺たちは、パシェット商会に就職するために、ここに来たんだ!」
「そ、そうだ。ここに着いて扉を叩いたら、そいつが鍵は開いているから入って良いって言ったんだ!だから……」
アルノーさんに聞かれたロビーとゴスが、わたしを指さしながら言う。まぁ、たしかに鍵は開いてるとは言ったよ。でもね。
「ここはまだ、パシェット商会の事務所じゃないし、わたしはライドさんが戻って来たと思ったんだよ?ちゃんと、『ライドさん、忘れ物ですか』って言ったもの」
「嘘つけ。だったらなんで、ここの電気が消えてたんだよ!」
「奥の部屋にいたから。どんな風に改装しようか3人で話し合ってたの。それに罠は魔力を登録している人には、作動しないから」
言いながら、肩をすくめてみせる。ライドさんは登録してないけど、今ここでそのことを知ってるのはわたし達3人だけだ。だけど衛兵さん達を納得させるには、十分だった。
「では、許可もなく建物に侵入したあげく、罠にかかったわけだな」
衛兵隊長さんが、想定通りの結論をだしてくれた。まあ、ロビーはしつこく被害者ぶってたけどね。
「違う!俺たちは、はめられたんだ!そうでなきゃ、こんな都合よく罠が仕掛けてあるはずが無いだろ!しかもガキ3人に大人2人がやられるなんて、どう考えたっておかしいだろうが!」
なに言ってるんだろう?そもそも、勝手に入らなかったら罠は作動しなかったんだから、入った人が悪いに決まってるでしょ?
「ここ、明日から改装する予定になっていて、その間に変な人が入りこんだら困るもの」
罠を仕掛けていた理由を説明するわたしの言葉に、嘘は1つも入ってない。まぁ、ここに来るように仕向けたのは確かだけど、それは言う必要ないことだもんね。
「この2人を牢にぶち込んでおけ」
衛兵さん達に指示を出す隊長さんのうしろから、ロビーに向かって手を振ると、ニヘリと笑って見せる。
すごい顔でギリギリと歯ぎしりしてるけど、やり過ぎで歯が折れても知らないよ?
**
部屋の隅に積んでいた箱から『パックンはずし』を使って罠をはずされたロビーとゴスは、衛兵さん達に後ろ手に縛られて、引っ張られていった。
覚えとけ、なんて捨てゼリフを言うロビーの後ろをしょぼくれたゴスがついていく。その時。
「なぁ、俺たちの就職って……」
すがるような目をしたゴスが、振り向きざまに聞いてきた。
「当然だけど、不採用!」
ピシッと指を立てるポーズを決めて、言い切る。それを見たゴスがうなだれるけど、この状態でどうやったら採用されると思えるのかしらん?不思議だわ。
お読みいただき、ありがとうございます。
次作の投稿は3月19日午前6時を予定しています。
評価及びブックマーク、ありがとうございます。感謝しかありません。
また、<いいね>での応援、ありがとうございます!何よりの励みとなります。
誤字報告、ありがとうございます。
長さ・距離の単位
ミィルト(mi)1ミィルト=1cm程度
フィルト(fi) 100ミィルト=1フィルト=1メートル程度
サミィルト(smi)1サミィルト=1ミリ程度 10サミィルト=1ミィルト
ラフィルト(rfi)=1キロメートル程度




