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モブ令嬢の企み3

 前回の『吊り橋効果でドキドキ大作戦』は、結局マキシムに会えなくて失敗に終わったけど、今回は大丈夫!

 だって地図で確認したけど、グルヴの町から街道に出る道って、1つしかないのよね。ここを見張ってたら良いんだから、楽勝よ。


 うふふ。今回は暗殺者ヤンが犯罪組織『暁の刃』のメンバーになる前に、妹のマリと一緒に我が家の使用人にしてあげようって計画よ。私って、なんて優しいの!


 ヤンは貧しいながらも、両親と妹の四人で幸せに生活していたのに、ある日、魔獣の大群が村を襲ってきて、彼と彼の妹を残して、村は全滅してしまうのよね。

 彼のお父さんとお母さんも、ヤン達を守るために、彼らが隠れている戸棚の前を守り切って亡くなったの。ヤン達の恐怖や悲しみが、どれほど大きかったか。

 だって、そのショックでヤンとマリは髪が真っ白になるんだもの。おまけにマリは、戸棚に逃げ込む前に受けた傷が原因で、歩けなくなるのよね。


 二人は襲撃の後、グルヴの町の衛兵詰所の一部屋に保護されるんだけど、新年のお祭りの時、自分たちの村が全滅したのに、祭りに浮かれ騒ぐ人達を見て世の中に幻滅し、町を出て行くの。

 その時に、かつて幸せだったころに家族で食べた串肉の匂いだけを想い出に、マリを背負って歩いているヤンの後ろ姿は、切なかったなぁ。


 だから、その出て行くところを引き留めて、我が家に雇い入れる作戦よ。もちろん、マリの怪我だって、ちゃんとした医者に診てもらう予定。

 これでヤンは暗殺者にはならなくて済むし、妹の事もあって、私に感謝してくれるの間違いなし!それどころか、私のことを好きになっちゃうかも?


『お嬢さま、あの日から俺はお嬢さまのことが……』


 なんて言われたりして!


(いや、わたしには心に決めた人が……いや、でも、いやん、どうしよう!)


「お嬢さん、さっきから顔を赤くして、くねくねと気持ち悪い動きをしてますけど、変なもんでも食べたんですか?」


「うるさいわね!ノアったら、いつからいたのよ」


「さっきから、ずっといますよ」


 マジか。どこから見られてたんだろ。


 それはさておき、問題は口実よ。新年の祭りはうちの領地でも開催するから、グルヴの町に行く理由を考えないとね。一番の理由は、最近できたダンジョントイレの見学だろうけど、それだけじゃあ弱いのうよね。

 それに、もっと暖かくなってからで良いだろうって言われたら、反論できないし。

 何か無いかなぁ。


「ねぇ、ノア、なんかない?」


「何がです?」


「グルヴの町に行く理由」


「なんでそこに行きたいんです?」


「ひみつ!」


「じゃぁ、知りません」


 あー、相変わらずノリが悪い男よね。

 仕方ないから、トイレの見学で押しきってしまおう。後は、たまには違う場所で新年を迎えたいとか。



 やった!言ってみるもんね。それにしても、お父様がダンジョントイレに興味があったとは、知らなかったわ。

 ふふっ、でもこれで、ヤンとマリは我が家の使用人決定ね。


 **


 春の1月1日(新年祭、当日)


「へぇ、結構美味しいわね、これ」


 私、今グルヴの町の新年祭に来てるんだけど、これが結構楽しいの。

 うちの領地の祭りはどっちかと言うと厳かな感じで、教会の聖歌隊が女神を讃える歌を歌ったり、飾りつけた街の中を家族と一緒に歩いたりするんだけど、こっちはゲームがあったり手品があって、とってもにぎやかなの。それに屋台もたくさん出ている。

 例の串肉の屋台もあって、これが塩味が効いてて、結構いける。何のお肉を使ってるんだろう?


 あっ、でも私まで浮かれてたらいけないわ。ノアにもう一本串肉を買ってくるよう頼むと、ちょっと気を引き締める。

 ヤンじゃなくても、確かに自分達の村が全滅したのに、こんなに楽しそうにされたら、腹が立つわ。うわ、なにあの子。食べ過ぎで動けないって、どれだけ食べたんだろう。周りもバカみたいに笑ってるし。


「なぁに、下品に笑っちゃって」


 思わず眉をしかめる。町の出入り口が見える場所を陣取って、ノアが買ってきてくれた串肉を食べながらヤンとマリが来るのを待つ。二人は白髪だから、見逃す事はないだろう。


 ないはずだ……ないはずなのに……


 なぜか、いつまで経っても二人は現れず、代わりとばかりにさっきの下品な集団を乗せた荷馬車が、目の前を通って行った。


「お嬢さん、宿に戻りますよ」


 ノアの冷たい声がする。


「うん…」


 足元に転がっている、丸められた袋に書かれた塩という字を見ながら返事した。




 彼女は知らない。先ほどの祭りで騒いでいた中にいた、食べ過ぎで動けない少年こそが、彼女が会いたかったヤンだということを。そして彼を指さし笑っていた少女がマリだということも。


 彼の村は今日も存在していて、誰一人欠けておらず、ヤンは父親を尊敬し、世界を愛している。

 暗殺者になる少年は、もう存在しない。一人の少女のせいで、乙女ゲームは始まらないのだ。

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