準備は念入りに ―マキシムの思惑― さん
僕の言葉に、お父様がため息をつく。
「父上、マキシム。そう急がなくても、その娘が実際に能力を発現してから、考えれば良いのでは?それに先ほど父上が言われたように、姻戚を結んだ王家に発現しなかったのならば、ガストン殿の孫娘も、発現しない可能性が高いと思われますし」
「そうですわ。エルヴィーラ様の孫であっても、絶対に発現するとは限りませんもの」
お母様も頷きながら言うけれど、なんだか様子が変だ。
「わしはあの娘が特殊魔法の使い手だと確信する理由がもう一つあるのだが、今はそれについて説明するのは止めておこう。それより、どうやらお前たちはこの婚約に反対のようだな」
お祖父様が二人を睨みつけると、そういうわけでは無いといいながらも、どちらも気まずそうにしている。すると、兄様がその理由を説明してくれた。
「実はマキシムから手紙が届く少し前に、婚約の申込みが来たんです」
僕が戻って来たら、伝えようと思っていたらしい。相手はダシルヴァ子爵家の令嬢カリーヌで、僕より一つ年上だという。
「申し込んできたのが、ジャニーヌ叔母上でしたので、少々断りづらくて。一度、顔合わせだけでもということなので、それを承知したのですが、なぜか婚約自体、受けたような噂が流れていて……」
カリーヌ嬢の祖母ジャニーヌ・ダシルヴァは、お祖母様の異母妹なので、お父様も困っているようだ。
「ダシルヴァ夫人か。どうせわしが留守にしている間を狙って、強引に話しを進めようとしたんだろう」
吐き捨てるような祖父の言葉を聞きながら、半年ほど前に開かれた、親族だけの集まりを思い出した。
「あら。あなた、マルク様によく似てるわね」
やたらと飾り立てた初老の婦人が、僕の肩を扇でパシパシと叩きながら、言ってきた。しかもジロジロと、品定めするように見ながら。
されたこと、言われたこと、そして相手の視線の全部に、気分が悪くなる。だから風魔法を使って、
パンッ!
肩に置かれた扇を、弾き飛ばしてやった。
「失礼な子ね!年長者は敬うよう教わらなかったの?だいいち、私はあなたの大叔母よ!」
大叔母であろうと、初めて会った相手の肩を扇で叩いてくるような人物に、礼儀をとやかく言われる筋合いは無いと思う。だからそのまま無視していたら、今度は肩を掴まれた。
「人の話を聞かないのは、お姉様にそっくりみたいね。でもまぁ、良いわ。あなた、次男でしょ。だったら、うちの……」
お姉様という言葉でようやく、相手が祖母の妹だと気付いた。だけど大柄で素朴な雰囲気のお祖母様とは、全く似ていないし、それ以上に関わり合いになりたくない。
だから手を振り払って、走って逃げた。
何か叫んでいたみたいだけど、それも無視して安全な場所である両親の側へと向かった。
(確かあの時、面倒なことになる予感がしたから、次の日には隣国のエドガーの屋敷に遊びに行くことにしたんだけど、正解だったな。おかげでエミィに出会えたもの)
「お断りして下さい」
即答する。
「せめて、一度会ってくれないか。断るのはそれからでも良いと思うのだが……」
お父様がこまった顔をするが、
「嫌です。一度話したことがあるけれど、あんな失礼なおばあさんの孫なんて、会いたくもありません」
お母様もざんねんそうな顔をするけど、当の令嬢がどんなにいい子でも、もれなくあのおばあさんが付いてくる婚約なんてまっぴらだし、もし会えば、無理やり話が進められそうな、イヤな予感しかしない。
「ブッ、プフ!おばあさんって!あの若作り女が聞いたら卒倒するぞ、絶対!」
お祖父様、人が真剣に考えている横で、ゲラゲラ笑うの、止めてもらえません?
「当人が嫌がっていると言えば、済むだろう。わしもあの女の孫なんぞ、身内に迎えたくないしな」
そう言うと、お祖父様はお母様の顔を覗き込む。
「なぁ、コリンヌ。君がまだエリックの婚約者だった頃、ダシルヴァ夫人に頭が上がらなかったのは知っている。だが全て過去の話だ。今や君は辺境伯夫人で身分は上なんだから、アレに気を使う必要はない」
「でも、私の実家はダシルヴァ領の隣ですし、もし弟に何かされでもしたら……」
どうやら母は、爵位を継いだばかりの叔父のことが心配らしい。いい年した大人なのに。
「だから僕に犠牲になれと?」
「犠牲だなんて、そんな……あなたは次男だから、爵位を継ぐ一人娘との結婚は、あなたにとっても利があると思ったのよ。それに私には、シモーヌの娘に最良の婿を与える義務があると、叔母様が……」
(義務って、なんでお母様が?)
不思議に思っていると、父が驚いて声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って、コリンヌ。もしかして君はまだ、あの話を信じているのか?何度も言ったと思うけど、私は従姉妹と恋仲になった事など無いよ!」
でも、とか、だけどと言う母に、父が繰り返し、そんな事はない、神に誓ってなどと言ってる横で、何のことだか判らない僕達兄弟に、お祖父様が教えてくれた。
「お前たちの両親が婚約してすぐに、『エリックとシモーヌは恋仲だったが、いとこ同士の為に、泣く泣く別れた』という噂が流れてな。全くの嘘だが、一部の者達が面白可笑しく広めたおかげで、本当だと思う者達が出てきてな。その結果、コリンヌは嫌味を言われたり、嫌がらせを受けたりしたんだ」
「嘘なのに?」
「そうだ。しかも後で判ったのだが、噂を流したのはダシルヴァ家だ。シモーヌはこれ見よがしにエリックからの手紙や贈り物などを見せながら、人前で泣いたりしたらしい」
「その贈り物とかは……」
「もちろん偽物だ」
「なぜ、そんな事を?」
「コリンヌがエリックと婚約したのが気に入らなかったのだろう。ジャニーヌは、シモーヌとエリックを婚約させたかったようでな。自分と姉は片親しか血が繋がっていないから、いとこ同士とはいえ、結婚出来るはずだと言ってきたことがある。だが、法律はあの女の味方では無かったわけだ」
お祖父様は笑うけど、僕はだんだん怖くなってきた。どれだけ我が家に執着してるんだ、あのおばあさんは。
「そういえば、兄上は大丈夫だったんですか?」
それほど辺境伯家に執着してるのなら、婚約相手に選ぶのは僕ではなく、兄上を選ぶはずた。だけど。
「ありがたいことに母親似の僕は、あまりお気に召さなかったようだ」
一度会ったことがあるけど、大叔母はあまり興味を示してこなかったという。
(そういえばあの時、僕を見て、お祖父様に似てるって……もしかして、お祖父様に執着してる?)
ようやくお母様を納得させたお父様は、疲れた顔をしながらも、大叔母に腹を立てていた。
「まさかあれからずっと、事あるごとにコリンヌに嫌味を言っていたとは。えぇ。婚約に関しては、こちらできちんと断っておきます。それに、ガストン殿の孫との婚約も、反対しません。ただ、なぜそれ程までに確信されているのか、その理由を教えて下さい」
「そうだな……内容までは詳しくいえないが、わしとガストンは、エルヴィーラが能力を発現した時、その場に居たのだ」
その言葉を聞いた全員が、息をのんだ。お祖父様はそれ以上は何も話さなかったけれど、エミィのためにもできるだけ早く、聞き出そうと思った。
***
「さて、許可がおりたが、これからどうする?」
「もちろん、積極的に売り込みますよ。僕がどれだけ彼女のことを思っているかだけでなく、どれほど頼りになり、役に立つかをね」
お祖父様の問いに、答える。
その為には、もっと学ばないといけないし、鍛える必要もある。なんせ僕より強い相手を守るんだから、生半可な努力では無理だろう。
まずは彼女が驚くような訓練道具の設計図を持って、あの屋敷に戻ることから始めよう。それには、実際に使った者達の意見を聞くのが一番だ。
僕は頭の中で計画を練りながら、少年少女剣術団の練習場へと向かった。
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次作の投稿は9月26日午前6時を予定しています。
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