ツァー開始とオバケのうわさ さん
「ひゃうん!」
情けない声を上げながら、あわてて前足で左耳をパタパタとはたいているけど、煙は内側から出ているから、中々消えない。かわいそうに思ったのか、マキシムが水魔法を使って、拳ほどの水玉を出すと、自称聖獣の耳めがけて投げた。
じゅっ!
火種は消えたけど、今度は耳に水が入ったのだろう。頭をふりまわしたり、左側の足だけで、トントンと跳ねたりしている。
そのせいで粘着紐が張り付いた尻尾が、右のわき腹に変な形でくっつき、焦げて縮れた頭の毛はぬれて垂れ下がり、茶色いしずくがいくつも筋を作っていく。
(なんだろう。あまりにもザンネンだわ……)
聖獣という存在への、ほのかな憧れとか尊敬が、木っ端みじんに叩きつぶされた感じ?
うん。コレはもう、聖獣じゃなく、大きなワンちゃんだと思った方が良いかもしれない。
なら、ワンちゃんと仲良くなるための方法を、試してみよう。
灰色ワンちゃんの前に立ち、腰に手を当て、お腹に力を込め、大きく息をすいこむ。
「ふせ!」 シュバン!!
「お座り!」 シュド!!
「お手!」 ボフッ!
「お代わり!」 ボフン!
おぉぅ、いい感じ。ついでだ、ダメ元で言ってみよう!
「縮め!」
しゅるるるん、ポンッ!
えぇー、ホントに縮んだわ!しかも、小型犬の大きさだ。縮んだワンちゃんも、驚いて口が大きく開いたまま、固まっている。
ふへへへっ、でも、ここまで縮めば、こっちのものよ!
ワンピースのポケットに入れておいたロープを取り出すと、まだ固まったままのワンちゃんの後ろ足を逃げられないよう縛り上げる。慌てて逃げようとするけど、もう遅い。余ったロープで持ち上げて、ぶら下げる。
「オバケの犯人、つかまえたー!」
意気揚々と叫ぶわたしに、アルノーさんとマキシムが、パチパチと拍手する。
「きゃうん、きゃうん、きゃうん!」
うっ、小さなワンちゃんの姿でなかれると、怪我人まで出したオバケ騒ぎの犯人だって判っていても、ちょっとかわいそうに思える。
(しかたない……)
「マキシム、悪いけど、この子の前足を縛ってくれる?」
ロープの余りを指さして、お願いしながら『ひっかけ君』を取り出す。じゃましないよう、ワンちゃんの頭を押さえるためだ。
「これで良い?」
「ありがと」
縛られた前足と後ろ足を左右の手で掴むと、よいせと頭の上に持ち上げた。
バンザイしたわたしが、ワンちゃんの足を支えて立たせる形になる。これで逆さまじゃないよね。
えっ、抱っこはしないよ。わたしのワンピースに粘着紐が付くもの。
あれって布につくと、なかなか取れないのよ。毛皮?切らないと無理ね。
**
エドガー達の所に戻ると、ネチネチョーラがさらに追加されていて、ヌメヌメした変な魔獣モドキが出来ていた。
「なんか、魔法を使おうとしたからさ」
エドガーが説明する。あー、ネチネチョーラには、魔力障害を起こす成分が入っているからね。掃除が大変だけど、まっ、しょうがない。
「弟よ、すまぬ……」
「まさか、兄者?なんでそんな姿に……お前ら、兄者に何をした!」
「別になにも?ただ、縮めって言ったらこうなったの」
「兄者、元に戻れるか?」
「判らぬが、やってみる」
ワンちゃんは「ふん!」と鼻息をはくと、何か力を使ったのか、躰が光る。
ひょろろろろ、しゅぽん!
元の大きさになった途端に、ずんっと重くなるから、急いで身体強化をかける。だけど、
「ひぃぎぃぎぎぎぃ!」
大きくなった足には、当然だけど縛っていた縄がギリギリと食い込んでいく。うん、すっごい痛そう。
ヌメヌメ小僧が睨みつけてくるけど、これってわたしのせいじゃ無いからね?
「仕方ないなぁ。縮め!」
頭上のワンちゃんに言う。
しゅるるるる、ぽん!
「いや、そこは縄を切るべきだろ!」
ヌメヌメ小僧がわめくけど、
「何を言う。せっかく捕まえたのだ。逃すような事をするわけなかろう」
呆れたマルク翁に言われて、黙り込んだ。それに小さいほうが、軽いしね。
「それで、なんでオバケのふりをしたの?」
ヌメヌメ小僧に質問するけど、ぷいとそっぽ向くから、ワンちゃんの前足を離して、後ろ足だけでぶら下げてみせる。
「ひゃうん、ひゃうん、ひゃうん!」
「おい、ひきょうだぞ!」
犯罪者に言われたくない。
「もう一回聞くわ。なんでオバケのふりをしたの?」
ぶら下げたワンちゃんを、さらに大きくゆすり、鳴き声が大きくなる。ヌメヌメ小僧は、悔しそうにわたしをにらんでいたけど、すぐに話し始めた。
「この場所から、出ていって欲しかったんだ。ここは、俺らの冬場の住み家なんだ。お前らは、他の場所も選べるだろうけど、俺らはそうじゃない。兄じゃが一緒だと、どうしても目だつし……」
「もう、目立たないよ?」
頭の上に戻していたワンちゃんを、見上げる。この大きさなら、普通のワンちゃんだ。人前で喋らなければ、問題ない。
「……そう、だな……」
「ねえ、もし仕事をするなら、ここに住んでもいいわよ」
砦に住みたいのなら、従業員として雇えば良いだけの話だ。荷物運びぐらいなら、できるよね?
「働く?ここでか?」
「そう。ここは春に向けて改装して工房を建てるから、その手伝いでも良いし、得意な事があって、ソレが仕事に使える物なら、大歓迎よ」
住むんなら、ついでに留守番役もしてもらおう。職人さん達は、今のところ全員通いだからね。もちろん、その分の給金は上乗せするつもり。
「俺はダミアンだ。兄者はジル。ほんとに雇ってくれるのか?」
「えっ、オトとアニジャって名前じゃなかったんだ」
驚くエドガーに、わたしも同意。人とフェンリルが兄弟だなんて、思わないよね、ふつうは!
だけど、そんなことはこっちに置いといて、モチロンと、にっこり笑って見せる。
いつの間にか、馬車に積んでいた『ヌメトリーナ』と雑巾とバケツを取ってきたアルノーさんが、
「なら、もう良いですね」
ダミアンに『ヌメトリーナ』をかけたので、わたしもジルのロープをほどいて、ハサミを貸してあげた。
ライドさんになんて説明しようかと、少し悩んだけど、どうせイヤミを言われるんだから、さっさと報告しておこう。
**
「お嬢さん、今、なんと?」
「だから、ダミアンていう男の子と、ジルという名のフェンリルを雇ったの」
まぁ、正確には、明日契約を結ぶんだけどね。それにしてもライドさんの反応が、思った以上だわ。眉間のシワがくっきりと2本できてるし、右の眉はつり上がってる。
「エドガー殿とマキシム殿は、どちらも出資者様のお孫さんですし、ご親戚でもあるから、仕方ないと思いましたが……そのダミアンとは、何者なんです?それとフェンリルは本物ですか?」
「ジルは見た目は大きな犬だけど、人の言葉を話すから、フェンリルだよ、たぶん。ダミアンは、オバケの正体。あっ、ジルもね。ここ2年ほど、あの砦を冬場勝手に使っていたんだって。そこにわたし達や、職人さん達が大勢で来たもんだから、住むところが無くなると思ったらしいの。だから脅かして、追い払おうとしてたって。でも、砦に住みたいのなら、雇ってしまえば問題ないでしょ?」
真っ直ぐだったライドさんの口が、への字になり、眉間のシワが深くなっていくけど、ここでひるんでは、乙女じゃないわ。
「だってフェンリルだよ。大っきいし、力もあるし、気が弱いけど優しいらしいし。なにより、砦の留守番役をしてくれるの!」
『留守番役』が効いたのか、ライドさんの表情が少しゆるむ。もう少ししたら、今よりずっと多くの資材を、砦に運ぶ予定だ。そうしたら盗難予防の為に、夜の間だけでも、冒険者を雇いたいと言っていたのを、わたしは憶えていた。
「フェンリルの留守番役ですか。それならば……でも、この事は一応、お父上に報告を上げておきますからね」
そう言うと、自室へと戻っていった。
ふほほほほっ、勝った!よし、聖獣兄弟、確保だぜ!
さて、オバケ騒ぎも収まったし、明日契約書を持っていったら、明後日からはついにトイレツアーだ!
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次作の投稿は5月30日午前6時を予定しています。
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