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砦に来たぞ! にぃ

 バン、ダダッ、ダン!


 外壁の中を、何かが移動していくのが判る。


 ダン、ダン、ダン! 


(上に向かってる?)


 外壁をにらみながら剣を構えたじい様とマルク翁が、わたし達を守るように前に出る。

 馬車の側で、馬たちの世話をしていたアルノーさんも、剣を手に、こちらに向かって走ってきた。


 バン、ダン、ダン、ダン!


 音はさらに、上へと移動している。


「階段を上っているようだな。じきに外壁の上に出るはずだ」


 じい様の言葉で、みんなの視線が外壁の上に集まる。ナニが出てくるのか、緊張感が高まる中、上を見上げていると、


 バンッ!


 扉が開くような音がした。だけどそれを最後に、音はしなくなった。しかも外壁の上には、何も現れない。そのことに、背中がゾワゾワする。


 すぐにアルノーさんとマルク翁が、門そばの扉から外壁の中へと入っていき、それほど時間をかけずに外壁の上に姿を見せる。

 あれ?2人の足音って、そんなに聞こえなかった。これって、どういう事だろう。


「何もいません!」


 アルノーさんが上から報告してきたので、ようやくじい様は剣を下ろして、警戒を緩めた。だけどわたしの緊張は、いっそう高まる。


「ねぇ。もしかして、消えたのかな?」


 外壁の上を見ながら、横にいるエドガーの袖をツンツンと引っ張る。


「ふつうは、消えないだろ。オバケじゃないんだから」 


「でもアルノーさんが、何もいないって。もしかしたら、本当にオバケかも……」


 摘んでいた袖を、ぎゅっと握る。だって、あれだけ音をたててたのに、何もいないって事は、やっぱりオバケかも……


「あれほど大きな音を立てて逃げていたから、多分オバケじゃないと思うよ」


 マキシムがエドガーの袖からわたしの手を外すと、そのままそっと握って、説明してくれる。


「きっとホーンウルフか何かが、入り込んでいたんじゃないかな」


 にっこり笑うマキシムの顔を見ているうちに、肩に入った力が少しずつ、抜けていく。


 ホーンウルフって、後ろ足で跳ぶのを得意とする大型の魔獣よね。だったら、音が大きかったことや、外壁の上からいなくなったのも、説明がつくわ。きっと壁の外側に、飛び下りたのね。

 そうか、魔獣か。なら、怖くないや。


「ありがとう、マキシム」


 手を握り返しながらお礼をいうと、なぜかじい様が、その手をほどいた。なんで?



「獣が巣を作ろうとしていたのなら、少し面倒ですね。早急に全体に清掃を入れ、魔獣避けをほどこさないと」


 戻って来たマルク翁達の話を聞いていたライドさんが、鞄から紙挟みを取り出し、何やら書き留めている。


「だったら、また戻って来るのかな?」


 エドガーが怯えた顔をするけど、


「何いってんの、エドガー。ホーンウルフなら、多分大丈夫。勝てるわ!」


 乙女は狼ごときでは、怯まないのよ。オバケじゃなければ、怖くなんかないもの。


「エミィは今、武器も持ってないだろ。どうやって倒すんだよ」


 せめて剣でもあるなら判るけどと、エドガーがぶつくさ言うけど、乙女にそんなものは必要ない。


「これがあるもの」


 ポケットから引っかけ君∣特別《鋼鉄》仕様と、折りたたみ式の金槌『どこでも金槌君』を取り出す。


「田舎や廃墟に行くときは、ポケットに入れてるの。あとは、ロープとハサミもあるけど、どれか貸そうか?」


「いらない。俺は金槌やハサミで、狼に立ち向かおうとは、思わないから」


「あら、失礼ね。わたしだって、そんな無ぼうなことは、しないわよ」


「じゃあ、どうするんだよ」


「こうするの」 


 ざわんっ!


 エドガーの周りを茨で囲う。


「あっ、動かないでね。刺さるから」


 その横に土を盛り上げて台を作ると、その上に乗って上からエドガーを覗き込む。もちろん手には金槌君を持っているし、笑顔も忘れない。


「この状態にして、殴るのよ」


「跳んで逃げようとしたら、どうするんだよ」


「当然、全身をおおった状態にして、しめつけるの」


「ひでぇ。なんか魔獣が可哀想に思えてきた……」


「失礼ね」


 茨を枯らし、エドガーを出す。


「あの茨を一瞬で出すとはな。魔力量はかなり多そうだな」


 くっくっと笑うじい様の背中を叩きながら、マルク翁も笑い声を上げる。


「あぁ。おまけに容赦のなさといったら!」


「「本当に、エルヴィーラにそっくりだ!」」


 うーん、いつも思うんだけど、ばあ様って、一体どんな人だったんだろ?


 **


 砦がら少し離れた林の中。何やら相談する二つの影があった。


「そろそろ寒くなるから、こちらに拠点を移すつもりで来てみれば、まさか、ここに人間が来るとは……」


 残念そうにつぶやく大きな影が、かたわらの小さな影の方を見る。


「あそこは人間が近寄らず、井戸もあり便利だったが、今後は使えぬな」


 聞こえてきた話では、あの場所に新たに何かを建てる計画があるようだ。だったら、じきに大勢の人間が押し寄せて来るだろう。

 小さな影は、レンガ造りの建物を見て、ため息をついた。 


 あの場所は風雪がしのげる上に、井戸水も使えたため、小型の薪ストーブを持ち込めば、暖を取ると同時に、煮炊きも出来る。

 そのため、ここ数年は冬用の住居として、使用していたのだ。


「仕方ないよ、(あに)じゃ。どこか、別の場所を探そう」


「あぁ。だが、すぐには見つからんだろう。それにワレが一緒だと、どうしても人目を引く」


 大きな影は肩を落とすと、小さな影


「いっそ、(おと)だけが人間の街に行くというのは……」


「だめだよ、(あに)じゃ。だったら、あいつ等を追っ払らおうよ。大丈夫。ちょっと怖い目に合せてやれば、すぐに出ていくさ。何を建てるつもりかは知らないけど、ヤツラは他の場所を探せば良い」

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