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宰相子息と冒険ツアー

「そんなもの、子供相手の演出だろう。なにを大げさな」


 貴族の子弟を集めた茶会に参加した時、少し歳上の者たちがダンジョンツアーの話で盛り上がっているのを聞いた時、思わずそう言っていた。

 ホントは凄く羨ましかったのだけど、それを口に出すのは、なんだか悔しかったからだ。

 すると普段なら、宰相の子息である僕の意見に直ぐに従う者たちが、熱心に反論をしはじめた。


「だけどロラン、実際に本物のダンジョンに入るんだよ。しかも、自分で扉を開けるんだ! 」


「それに魔獣の直ぐ側を通り抜けたり、目の前で魔獣が退治されるんだよ。僕、十歳になったなら、絶対にまた行きたいって思ってて、今から父様にお願いしているんだ」


「あっ、オレもお願いしておかないと! 」


 身振り手振りも交え、口々に話す中、従兄弟が岩蝙蝠を仕留めた話を自慢気にはじめる者まで現れた。

 どうやら十歳以上の参加者は、希望すれば弓を持って行けるらしい。おまけにそんな話もを聞いて不機嫌になる僕を見て、


「まぁロランは、まだ参加できる歳ではないから……」


「あの楽しさは、参加した者にしか分からないからね」


 などと、優越感たっぷりの態度を取ってきたから、余計に腹が立った。


(たかだか、一、二年ほどほど早く生まれただけのクセに!)


 だからすぐにでも参加したいと、父上にお願いしたのだけど、


「そのツアーの参加は、8歳からと聞いている。規則というのは、守るためにあるのだ。それともお前は、宰相である私に規則を破れと? 」


「いえ、そんな事は……」


「では誕生日までの半年、待ちなさい」


 そう言われてしまった。


 だけどまだ8歳になっていない第一王子が、ツアー参加の為に辺境伯領に行くと聞いた時は、もしかしたら誘われるかも? と期待していた。だけど、僕に声がかかる事はなかった。


(一番の友達だと思っていたのに……)


 でもその後届いた王子からの手紙で、実際は誘いたかったのに誘えなかったのだと分かって、ホッとした。

 そこからは二人でこっそりと計画を立て、僕は屋敷を抜け出して、王子の馬車に潜り込むことに成功。おかげで二人そろって辺境伯領への旅を楽しむこと出来たのだけど、その成功で浮かれた僕たちは、ちょっと調子に乗っていた。


(元辺境伯とはいっても、所詮は隠退した老人だ。王子に逆らうようなことは無いだろう) 


 そんな風に思って立てた僕達の計画は、ことごとくバレて、叱られることになった。

 おまけに思い通りにならない苛立ちから発した言葉は、結果としてエドガーばかりか、辺境伯領の領民たちまでも怒らせてしまい……。


(王子のお陰であの場は収まったけど、エドガーにちゃんと謝らないと……)


 そう思ったけれど、怒ったエドガーは馬車が止まるとすぐに別の馬車に移り、そのまま翌朝になっても戻ってこなかった。


(こんな気持じゃあ、ツアーも楽しめないな……)


 暗い気持ちでいたけれど、朝食後、王子の侍従頭(じいや)が冒険者の恰好をして現れたのを見た途端、そんな気持ちは驚きで吹き飛んだ。


「聞けば『大人は参加してはならない』という規則は無いそうです。そのため急ぎ花パッチ殿にお願いして、お借りしました。どうです、似合いますか? 」


 侍従頭がくるりと回りながら、聞いてくる。普段生真面目な彼の姿しか知らない僕と王子が唖然としていると、


「年寄りの意見を少しだけ。こういう物は、楽しんだ者勝ちですよ」


 言いながら片目をつむると、僕たちの手を引いて馬車へと乗り込んだ。


 ***


「ガイドだホイ、ガイドだホイ、俺たちゃガイドだよー!」


 軽快な音楽と共に、ガイド達が登場する。


「俺さまはこのグループのリーダーである、花パッチのジャックだ。今日の新人はお前ら3人だな。俺さまのことは、リーダーと呼べ。分かったら、返事!」


「ハイ!」「「ハイ…」」


「1人を除いて、声が小さい!もう一度!」


「「「ハイ!」」」


「よーし。今日潜るのは、グルヴダンジョンだ。喜べ。ここにはトイレがあるぞ!」


「ぶっ!」


 その言葉に、思わず吹き出す。そこからは肩の力が抜けて、楽しむ気持ちになっていた。


 臨時のタグプレートを渡され、首にかけると出発だ。


「この扉は、1人づつしか通れない。俺さまが手本を見せるから、その通りにしろよ」


「はい!」


 そして……バンッ、ピカッ、ギィ!


 あんなにワクワクしたのは、初めてだった。その後も、すごく楽しかった。1号トイレの説明をちょっとだけ聞いた後は、直ぐに階段を降りて2階層へと向かう。

 小さなツルハシを使って鉱石を掘ったり、薬草を摘んだりした。3階層では岩トカゲが寝てる横をこっそりと通り、ジャックが岩蝙蝠を仕留めるのも見れた。


 休憩場所のトイレは、1号トイレと比べものにならないほど整備されていて、水も出る。そこでガイドに渡された携帯食を食べて、水を飲んだ。


 臨時プレートをメダルに加工する時は、悩んだけれど、花の柄にした。母上にあげたいと思ったからだ。


 その後も、お楽しみは続いた。

 護衛隊の隊長が、「内緒ですよ」そう言って、冒険亭に連れて行ってくれたのだ。

 もちろん昨日の事があるから、僕たちだとわからないように、目立たない服に着替えて帽子もかぶる。

 部屋は見せてもらえなかったけど、滑り降りる階段で遊んだり、ホーンウルフにまたがって似顔絵を描いてもらうことができた。


 最後に売店によって、自分用のお土産として、装飾付きの木剣を三本と、バトルカードを一組買った。


 最後の日、エドガーに謝罪の手紙を書いて元辺境伯に託すと、帰路に付いた。

 

 ***


 当然だけど戻った後は、父上と母上から散々叱られた。それでも母上はメダルを凄く喜んでくれて、


「臨時プレートを、僕が加工しました。母上は花がお好きだから、この柄を選んで……」


「ロラン、あなたが自分で加工を? わたくしのために? 」


 「あらあら」とか、「まあ」とか言いながら、嬉しそうにメダルを手にきた母上が部屋を出るのを見ていると、


「それで、私への土産は?」


「えっ?」


「なんだ。母親への土産はあって、私の分は無いというのか? 」

 

 まさか父上から、そんな事を聞かれるとは思わなかった。だから、


「あ、いえ。どれが良いか迷いまして、ですから、この中からお好きな物を……」


 思わずそう言って飾り付きの木剣三本を差し出したけれど、まさか本当に持っていかれるとは思わなかった。


「ふむ。では、これにしよう」


 そう言って父上が手に取ったのは、一番気に入っていた赤いガラスの付いた黒の剣だ。

 2、3回、剣を振った父上は、それを腰のベルトに差す。


 それを見て、失敗したと思った。あれを隠しておいて、残りの二本だけを見せれば良かったと後悔したけど、遅かった。

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