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放置されたい私と何も知らない旦那様  作者: 鉤咲蓮
二章 放置系(?)旦那ユリウス・ヴィンケル

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11.奥方には贈っちゃ駄目




 湖畔の街ガレト。


 広大で美しい湖には多くの生き物が棲息しており、人々はその恵みにあやかっている。

 屈強な漁師達は鋭い銛を手に船を出し、普通の魚だけでなく水棲の魔物をも獲ってくるのだ。


「……俺の知識はどうも、魔物に偏っているな。」


 山へ続く街道を背に街の入り口であるアーチを見上げ、ユリウスはぽつりと呟いた。

 赤く見せている髪は襟足の位置で一つに縛り、そばかすのある頬も、右目の眼帯も黄色い瞳も、普段通りレオン・エーヴェの姿だ。


 ただし騎士服ではなく私服のシャツにベスト、ズボンにブーツとラフな格好で、財布だけ放り込んだ鞄を肩に掛けている。

 帯剣ベルトは普段と同じ物なので、見る人が見れば冒険者ではなく騎士だとわかるだろう。

 見慣れぬ顔だからかアーチの傍で突っ立っているからか、道行く人々は先程からちらりちらりとユリウスを盗み見ている。


 ――言われるまま現地集合にしたが、シーラさんはどこから来るだろうか。


 早めに着いていて街から来るのか、それともユリウスが使った山道をこれから下ってくるのか。

 あるいは「秘密の方法」で、どこからともなく現れるのか。

 知り合いが早馬や、人慣れする足の速い魔物を飼っているだとか、実は抜け道があるとか。はたまた高跳びの魔法や空駆けの魔法など、移動に特化した魔法を持っているとか。


 どうだろうなと考えながら待っていると、街の方から若い女性がやってきた。

 シーラと同じ紺色の髪は長く、風に揺れている。ユリウスは顔を注視する事もなくすぐ目を離し、街道から降りてきた荷馬車に目を留めた。御者席には髪を団子に結った女性が乗っているが、黒髪なのであれはシーラではない。


 紺色の髪の女性は、待ち合わせ相手を見つけたのかユリウスがいる方へ手を振って足を早めた。それを視界に入った情報としてだけ受け取っていたが、妙にまっすぐこちらへ来る。

 ユリウスはちらりと周囲を見やった。行き交う人はいても、立ち止まっているのは自分だけだ。


 ――道でも聞きたいのだろうか。街道の分かれ道くらいしか教えてやれないが…


「レオンさん!」

「……シーラさん?」

 ユリウスが目を丸くして見下ろすと、そこにいるのは確かにシーラだった。

 いつも団子にまとめている紺色の髪をハーフアップにし、いつも左右によけているはずの前髪は下ろしている。ゼイルで見かけるシャツとズボン姿とは違い、今日は長袖のワンピースに紐で前を縛るタイプのコルセットベストを着用していた。


「ええ、こんにちは。全然こっちを見ないから、どうしたのかと思ったわ。」

「その……すまない、君だと思わなかった。」

 謝りながら、ユリウスはちらりとシーラの後方を見る。

 距離を空けて彼女についてきていたらしい男が、ユリウスを見てがっかりした様子で引き返していった。行き交う人々からも「なんだ、男連れか」と呟く声が聞こえる。

 ゼイルでは彼女に下手な声かけをしようものなら街の皆が黙っていないが、ここはゼイルではないのだ。自覚がなさそうなシーラはきょとりとしている。


「そんなに違うかしら?お化粧はさほど変わってないはずだけど。」

「普段と同じ格好だと思い込んでいた。少し考えればわかる事だったな…。失礼した」

「なるほど……ふふっ、気にしないで。私、仕事の日しかレオンさんに会わないものね。」

 申し訳なさそうに眉尻を下げるユリウスに、シーラはくすくすと笑った。

 シーラがレオンの私服姿を見かける事はあっても、その逆はない。


「行きましょうか、そろそろ友人の仕事も一段落つくはずだから。喫茶店で待ち合わせなの」

「ああ。今日はよろしく頼む」

「お任せください、依頼人様?仕事はきっちりさせて頂くわ」

 二人は並んで歩き出し、人々の視線が後を追う。

 恋人にしては熱がなく、夫婦と言うには他人行儀で。微笑み合う姿は、友人止まりにしてはお似合いだった。


 白い石畳のメインストリートを歩きながら、ユリウスは「人が多いな」と呟く。

 懐かしい王都ラグアルドに比べればまだ少ない方だが、ゼイルより多いのは確かだ。シーラとはぐれないよう彼女の歩調に合わせながら、よく晴れた青空を見上げた。


「ご家族から返事はあった?」

「いや。まだ向こうに届いてもないと思う」

「……多少は予想していたけど、結構離れてるのね。贈り物候補は日持ちする物がよさそうだわ」

 二人は今日、レオンがまだ見ぬ妻に贈り物をする時のための下見でやってきたのだ。少なくともシーラはそれしか理由を知らない。

 ゼイルでは他の街では高額になっている製品が色々買えるけれど、それはあくまで魔物の素材がかかわる物。

 夫に会えないと泣き暮らすような女性にそういった品を渡すのは、少々リスクのあることだ。人によっては、魔物の素材というだけで呪われた品のように嫌う場合もある。


「君の友人は普段からこの街に住んでるのか?」

「ええ。商人だから流行りにも詳しいわ」

「なるほど、頼りになりそうだ。」

 案内された喫茶店はユリウスの想像より大きく、かなりの人気店である事が窺えた。

 既に三人で予約されていたらしく、シーラが名乗ると衝立で仕切られた半個室のようなテーブル席に通される。頭上には小型のシャンデリア、メニュー表は店名が箔押しされた表紙がついていた。


「あの子はまだみたいね…先に着いたら食べていて良いという事だったし、頼んでしまいましょうか。」

「いいのか?俺は少し待っても構わないが」

「大丈夫、遠慮されると拗ねちゃう人なの。ここのオススメはね…」

 ガレトのランチと言えば、薄く伸ばした生地の上に野菜や肉、卵などを載せ、こぼれないよう端を内側へ少し畳んで焼き上げる料理が基本らしい。

 店によって円形だったり四角形だったり、こだわるところは星型や動物型を作っている。


「なぜそんな複雑な形を…。」

「クッキーやチョコレートだって、色んな形があるでしょう?レオンさんも、たとえば……そうね。定食の三角豚がいつもと違う形に切られていたり、付け合わせの野菜の並べ方が変わっていたら、目新しく思うんじゃないかしら。」

「少し驚くとは思う。そういう計画があるのか?」

「キーヴィットではそんなに需要がないわね。どちらかと言えば、子供や女性向けの遊び心だから。」

「子供や、女性向けか。」

 ふむと頷いて、ユリウスは軽く腕組みをした。

 視線をテーブルに落とし、まだ見ぬ妻――マリアンネ・フランセン子爵令嬢は、そういった物が好みだろうか、と考えてみる。

 ろくに知らないのだから、考えたってわかるはずもないのだが。


「後で一押しの菓子店にも案内するわ。絶対に気に入るとまで言えないけど…見た目がとても綺麗だから、大抵の人は快く受け取ってくれると思うの。」

「ありがとう、ぜひ見させてもらいたい。…そういえば、砦の上司からは燻製が美味いと聞いたな。」

「湖魚の燻製ね。いくらか種類があるけれど、まぁ、ゼイルへのお土産用かしら――……えぇと。奥方には、贈っちゃだめよ?」

 酒豪ならいいのかもしれないけれど。

 そう付け加えたシーラに、流石のユリウスも「それはしない」と答えた。よく知らない状態で夫が妻に贈る物としては、なにかこう、微妙だろう。


 料理や飲み物が届くと同時、入口から二人を案内してくれたウェイターがシーラに手紙を持って来た。

 瞬いた彼女は丁寧に封を破り、中を確認して苦笑する。


「…ごめんなさい、レオンさん。彼女来れなくなってしまったみたい。急な来客ですって」

「そうか。忙しいところに申し訳なかったな」

「気にしないで、本人は色々案内するって張り切っていたし。いつかレオンさんが来る事になった時は、この子にも報せていい?会いたがっていたから」

「わかった。」

 本当にそんな日が来るかはわからなかったが、ユリウスはそう答えた。

 具をたっぷりと載せた生地をナイフで切りながら、シーラの紺色の瞳を見る。


「ちなみに、ご友人はどんな方なのだろうか。」

「メーデル商会に関連する店のオーナーよ。私とは何年か前、偶然会って意気投合したの。」

 メーデルと言えば大商会だ。

 ゼイルの魔物素材が密売された件において、地上での輸送経路がメーデル商会の馬車が通る道と重なっていた事は覚えている。

 元が魔物素材を扱う店ではないし、別動隊が調べた結果は白という話ではあったが。


「…今回はこちらからの依頼だったが……君も、その友人から何か頼まれごとをされたりするのか?」

「いいえ?たまにお茶をするくらいかしら。」

 シーラが言うにはそれも近況報告程度で、何か荷物を預かったとか、ゼイルから届けたとか、そういった仕事を受けた事はないようだった。

 警戒されないよう遠回しに探りながら、ユリウスは「仲が良いんだな」と笑った。出てくるエピソードがあまりに微笑ましいものばかりで、自然に出た笑顔だ。シーラが嬉しそうに頬を緩める。


「少し素直じゃないところもあるけど、そこがまた魅力的な子でね。レオンさんの周りにはいないタイプかも」

「そうか。…君が素敵な人だから、魅力的な方が友人になるんだろうな。」

「……貴方は少し、素直過ぎるわね。」

「…そうだろうか?」

 くすりと苦笑いされ、ユリウスは目を丸くして首を傾げた。

 半熟卵をサラダに絡め、シーラは小さな口でぱくりと食べる。


「レオンさんの奥方が、心を強く持ってくださる事を祈るわ。繊細な方だと、あれこれ心配してやきもきしてしまいそう。」

「…魔物と戦う仕事だからな。まぁ、俺の為人を知らずとも、騎士だという事ぐらいは承知の上で嫁いでこられたのだと思うが。」

「……う~ん、そうね。」

 シーラは微妙に困ったような顔で笑った。

 ユリウスは理由を聞こうと口を開いたが、彼女が声を出す方が早い。


「結局二人になってしまったけれど、これは流石にしょうがないわね。食べ終えたらさくっと見て回りましょう。」

「ああ。もう一人来る予定ではあったし、俺は正当な仕事として君に謝礼を支払う。依頼人と請負人だ、問題はないと思う。」

 仮に誰かに知られたとして、ここにいるのがユリウス・ヴィンケルであったなら、問題なしとはいかなかっただろう。

 本人達が何を言っても構わず、面白おかしいスキャンダルに持ち込みたい輩が出たはずだ。しかしレオン・エーヴェに対してそう思う輩は殆どいないと言っていい。騎士団の一員とはいえ、たかが平民の小隊長なのだから。


「今更だけど、レオンさんとしては何かあるの?こういうものを贈ろうかな、とか。」

「……そうだな…俺は、理想を言えば聖具が良いと思う。」

「セイグ?」

「神獣と呼ばれる特殊な生物の素材で作られた物の総称だ。魔物を前にすると淡い緑色の光を宿し、時に持ち主を危険から守り、時に魔物すら滅する力を持つという」


 マリアンネ・フランセン子爵令嬢は「深窓の美姫」。

 そう噂される所以は、彼女が元々病弱で、部屋で過ごす日が多いせいだ。それくらいはユリウスも聞いた事があった。

 護身の意味でも、少しでも良い物を傍に置く意味でも、いずれ聖具を贈ってはどうかと考えている。

 彼女がユリウスにとって、信頼できる妻でいられるのなら。


「世にはそんな物があるのね……騎士団では、割と常識だったりするのかしら。」

「かなり希少だから、誰もが手にできるような品ではないが……貴族の中には、もしもに備えて屋敷のどこかに聖具を置いているところもある。騎士を多く輩出する家系なら猶のこと、誰かが手に入れたらそれを代々受け継いでいくんだ。」

 実際、ヴィンケル伯爵家も所有している。

 王都が魔物の襲撃を受ける事などほとんどないが、屋敷内の倉庫にはいざという時の武器や道具の類が保管されていた。


「……俺は仕事を優先してしまうから、一緒に過ごせる時間が少ないと思う。」

 ユリウスの魔法はあまりにも潜入捜査に向いている。

 ゼイルでの任務を終えても、これほど長期ではなくとも、数か月レベルで家を空ける事はざらにあるだろう。


「恐らく、一般的な夫婦とは違う生活になる。それでもいいと言ってくれるのなら……たとえ俺が留守でも身を守れるように、せめて。」

「……貴方らしい答えだわ。」


 目を細めたシーラの微笑みを見て、ユリウスは気の置けない友人の存在を有難く思う。

 いずれ対面する妻とも、こうして穏やかに話せたらいいと願いながら。




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