第三章(二)
「なぁ 司、ホントに大丈夫かよ? 出来んのか?」
土方から伝えられた計画の実行を今夜に控え、晃一は不安でいっぱいだ。
俗に言う『油小路の変』は、言わば新選組最後の内紛とも言われる戦いだ。すなわち、斬り合いだった。伝えによれば、激しい戦闘になり、相当の血が流れ、御陵衛士の4人が無残な姿で斬り殺されたのである。
「仕方ない、引き受けちまったんだから、やるしかないだろ。 それに、殺るわけじゃない。人助けなんだから、まだマシだろ?」
「まあ、そうだけど・・・」
司に言われ、晃一は納得するしかない。
「それに、何かの時には斎藤さんが守ってくれる事になってんだから」
司は付け加えると、タバコに火をつけた。そして、火鉢に更に近づくとその中に灰を落とす。
「 にしちゃ、寒いな・・・。11月18日って言っても実際は12月だしな。この時代なら雪が降ってもおかしかねぇな。 150年後の地球温暖化って、問題には問題かもしれないけど、寒がりのオレにとっちゃ、そう悪い話じゃないよ。なぁ?」
自分の洋服の上から着物と袴を借りて、その上から羽織まで着ている司が言った。晃一も同じ格好をしているが、確かに言われてみればそれもそうだと、妙に納得してしまった自分に少し笑ってしまった。
「まぁな。 けど、この時代の人達って、ホントすげぇよな。あんな着物一枚で寒くねぇのかな? それに、部屋の暖房だってこの火鉢一コだろ? 厳しいよなぁ」
現代とは比べ物にならない程、質素な部屋だ。出された食事もご飯に汁物、焼き魚に青菜のお浸し、根菜の煮物だ。全部食べ切っても腹一杯にはならず、腹八分目と言ったところだろう。
「まぁ、それでも生きてんだから。それに、この時代のヤツ等が今の日本に作り変えたんだろ? モノがなかったから新しいモンを見せられて欲が出たんだ。国の根底から変えちまおうってさ。外は寒いが中は熱いヤツ等だ。 それに見たろ? 新選組の連中だって20歳代ばかりだ。近藤さんと土方さんがやっと30歳代ちょっとって感じだ。 現代じゃ有り得ねぇよ」
そう言って司はタバコを吸うと、自分の唇から流れて行く煙を目で追った。
「だな・・・。 俺達と年、変わんないんだよな・・・」
晃一は外から聞こえて来る剣の稽古の掛け声を聞きながらぼやくように言った。
陽も傾きかけた頃、斎藤が訪ねて来た。
刀を脇に置いて座ると、一息ついて司に向いた。
「近藤さんと土方さんは行った。 お主らはどうする? 引くなら今だぞ」
斎藤の意外な言葉に二人は驚いて顔を見合わせた。
「土方さんは近藤さんの願いを叶える為には何でもする人だ。その為には手段は選ばない。新選組が京で恐れられるようになったのもその為だ。だから、今夜の事も、平助さえ助かればお主らがどうなろうと構わないという考えには、俺には納得出来るものがない。身内の事は身内で何とかするのが筋だ。だから俺は、お主らを巻き込みたくはないのだ」
そう言って何かやり切れなさそうに唇を噛んだ。
「斎藤さんって、意外と優しいんだな」
「え?」
「新選組三番組組長・斎藤一と言えば、沖田総司をも凌ぐ剣の使い手だ。剣客にして刺客。何を考えているのか分からない愚直な男だ、って聞いてるけど。 見ず知らずのオレ達が気味悪い程に新選組の事を知っているんだ。普通なら生かしちゃおかないだろ。それに、使えるなら使って捨てる、捨て駒になっても構わないっていう土方さんの方がフツーだぜ」
司は立てていた膝に肩肘を乗せながら言うと、冷めた視線を斎藤に送った。
晃一は司のその冷めた言葉に少しぞっとすると、ごくりと息を呑んだ。
「確かにそうだが・・・」
「別にこのままオレ達が逃げたっていいけどさ・・・。 間違いなく藤堂平助は斬られて死ぬんだぜ。ま、御陵衛士はそれで終わるけど。あとは、その残党が新選組を怨みながら生きてくってだけだ。それに、新選組だって・・」
司はその先を言いかけて口をつぐむと、一息ついて「何でもない」と言った。
新選組だって、じきに終わる・・・
今は目の前の難敵、伊東甲子太郎率いる御陵衛士から局長である近藤勇の暗殺計画を阻止しなければならない。その為にはまず、伊東甲子太郎を逆に暗殺し、御陵衛士をおびき出し、抹殺するのだ。しかし、結果的にはその御陵衛士の生き残り、加納鵰雄の証言によって近藤勇は処刑されてしまうのだった。
「しかし、今夜の事で平助が斬られてしまうのは仕方のない事。平助だってその覚悟を持って伊東さんについて行ったのだ。俺のように間者としてではなく、自らの意志で隊を離れたんだ。だから・・・」
「なぁ、斎藤さん。 藤堂平助は本当に伊東甲子太郎に忠誠を誓ったのか?」
「え?」
「いや、ちょっと疑問に思ってさ。 だって、試衛館時代からの付き合いなんだろ? つまり、新選組が出来る前からの付き合いで、言わば同志だったんだろ? それが、いくら北辰一刀流の道場が一緒だっていうだけで、隊を離れて、しかもその同志の頭の近藤勇を暗殺するまでになるなんて、それだけのモノだったのかよ、ってさ?」
少し探るように司は斎藤の目を見つめた。
斎藤は一瞬、司と目を合わせたが、すぐにそらせてしまった。




