第三章(一の2)
「斎藤、はじめ?」
「お主っ、無事だったかっ!?」
言うなり、ずかずか入って来ると司の前で腰を下ろし、司と晃一を確かめるように交互に食い入るように見て、ホッと一息ついた。
寡黙な男で知られる斎藤の意外な慌て振りに、少し戸惑ったように土方が後から入って来る。そして、静かに障子を閉じると斎藤の少し後ろに腰を下ろした。
「あれからお主の事が気懸かりで、方々《ほうぼう》を尋ねたが行方が知れず、心配したのだ。それが、こうも突然・・・。 良かった・・」
始めは少し興奮した様子だったが、徐々に落ち着きを取り戻して行くと、今度は何か腑に落ちないのか首を傾げたようにその目が険しくなって行く。一度顔を伏せた斎藤が次に顔を上げた時には、冷ややかな目をしていた。
「しかし、なぜ・・」
「無事に戻って来れたんだ。 お帰り」
斎藤が言いかけたが、司はそれを遮るとさらっと言った。
少し拍子抜けしたように斎藤が司を見ると、斎藤が今まで何をして来たのかを知っているような目をしている事に気づいた。どうやらその目に緊張の糸が解れたようだ。
そして、フッと息を抜いたように笑うと、「知っていたのか」と呟くように言った。
笑ったところが少しメンバーの秀也に似ていた。少し垂れた目が優しい。
随一の剣客であっても人なのだ。半年以上も危険なスパイをして少し疲れたのだろう。肩の荷が下りたようなそんな表情だった。
「お主は不思議なヤツだな。俺達の事をよく知っている者ならば京の町では皆恐れて近づく事などしないが、まるで警戒心がない。怪しい者かとも疑ったが、そうでもない。それに、最初に会った時もそうだが、何故か敵ではないと思えた。それにお主の剣・・」
そこまで言ったところで斎藤は気付いたように一呼吸して座り直した。
「そう言えば、体の具合はいいのか?」
「ああ、この通り。今のところ大丈夫だよ」
妙に落ち着いた斎藤に少し戸惑ったが、司は卒なく答えると土方に視線を送った。それに反応するように斎藤が土方に席を譲る。
土方が一膝前に出て来たので、司は持っていた湯呑みを盆に置いた。
「病み上がりのところ悪いんだが、ちょっといいか?」
黙って頷いた司に土方は手にしていた刀を離すと両手を膝の上に置いた。
そして、司を睨むように見ているが、なかなか切り出さない。
「斎藤さんから聞いたんだろ?」
その間が嫌で司から切り出した。
土方は一度斎藤に振り返ったが、すぐ司に向き直ると、「そうだ」 と、一言だけ言ってまた黙ってしまった。
「で、オレの言った事が同じだったワケだ」
「そうだ」
もう一度同じ返事をすると、今度は腕を組んで下を向いてしまった。
「お前の言っていた事と、斎藤は同じ事を言っていた。昨日、坂本が斬られた時、刀の鞘が落ちていたそうだ。それを原田のものだと言い切ったのは伊東だそうだ。それからヤツらが薩摩と手を組んだというのも事実だったし、近藤さんの暗殺もこの22日に決行する事になっている。 ・・・ 一体、どういう事だっ」
司の言っていた事が嘘ならば斬るつもりだったのか、突き付けられた事実に土方は悔しそうに最後には吐き捨てていた。
「土方さん、聞くところによると、月影には先見の目があるとも言われています。また、陰陽をも操る者がいるとか。ですからこの者がこの時代の事をよく知っていると言うなれば、俺の知った事を知っているというのも頷けます。そう疑う事もないかと。 それに、むしろ古来より朝廷をお守りする者が俺達の味方にいればこの先・・」
斎藤が少し身を乗り出すように土方の耳元で言うと、土方はその言葉に幾分納得したように頷いた。
「ふん、また命拾いしたようだな。 そこで相談だが」
少し勝ち誇ったように鼻を鳴らすと、土方は正座を崩し、あぐらをかいた。
思わず呆気に取られた司が、
「何だよ、本題はそこかよ」
と、呆れたように呟くと、
「うるさい」
と、土方は小声で言って「えへん」と、一つ咳払いをした。
斎藤も足を崩して座り直すと、晃一も這って司の側に寄った。
斎藤の話に寄ると、伊東一派の計画は、伊東たちが薩摩と手を組んだのは実は偽りで、長州の動向を探る為であるという事にし、その動向調査の為の資金を近藤に用立てて欲しいというのである。その依頼をかつての幹部で、近藤や土方に信頼の厚い斎藤が一役買って出たのである。そして、その資金の受け渡しの時に、伊東の計らいで、宴を催し、酔ったところを刺し違える覚悟で、斎藤が近藤を斬る事になっているのだという。凄腕剣客の集まりである新選組の中でも随一の剣客である斎藤ならば、天然理心流師範である近藤を討ち取る事も出来るであろう。伊東たち幹部はそう信じて疑う事をしなかった。
完全に斎藤は信頼されていたのである。
「 で、オレ達にどうしろと?」




