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90 私と冬と時計屋 3

おじさまとのお茶会ラストです。

(ああ…おいしいなぁ…コーヒー。今日ここに来てホントによかった)


残り少ないコフィアを名残惜し気に最後の一滴まで飲み切る。

コップの底をいつまでトントンしている私に、店主は苦笑しながら


「もう一杯いかがですか?」


と促してくれた。

私は即座に、無言でカップを差し出す。

それにしても…、


(このカップ不思議。結構時間が経ってるのに中身のコーヒーがちっとも冷めなかった。しかも飲み切ったのにほんのり温かいような…?)


新たに注がれたコーヒーを受け取りながら、ポットの方にも目をやる。

注ぎ口から注がれるコフィアからホカホカと湯気が立ち上る。そんな私の視線に気づいたのか、店主がポットを掲げて見せた。


「これは黒灯熱石(くろとうねつせき)で作られたコフィアセットなんです」

「黒灯熱石…ですか?」


初めて聞く名前に首を傾げる。


「はい。灯熱石…この職人街では昔からフォスライトという通り名で呼ばれているめずらしい鉱石です。太陽の光に当てておくと熱と光を蓄える希少な石で、これと陶石を混ぜ合わせ焼き上げたのがこの磁器製のコフィアセットです」


灯熱石…そんなすごい石が存在するんだ。私は改めて自分の手にあるカップを見つめた。


「ただ、これまでは産出量があまりに少ないため産業には利用できなかったんです。せいぜい王家の献上品になるくらいの量しか取れませんでしたから…。それがこの一年ほどの間に莫大な灯熱石を採掘できる鉱山が見つかりまして…」


店主は店内にあるチェストに手を伸ばすと引き出しを開け、こぶし大の二つの石を取り出した。


「灯熱石は二つの種類に分類されます。一つはこちら…」


店主は私の前にゴツゴツした黒い石を置く。


黒灯熱石(くろとうねつせき)です。こちらは主に蓄熱力の強い石になります。黒いためあまり光を発することはありません」


見た目は石炭のような色合いだけど私の知っている石炭と違ってつやつやと黒光りしている。持ち上げてみると思ったより重い。密度が高い鉱石なんだろう。


「温かくないですね…」


石の表面は冷たく、もしこれがその辺に落ちていたら、ただの石だと思って思いっきり蹴っ飛ばしてる自信がある。


「それはずいぶん日の光に当てていませんからね。そのサイズの石なら天気のいい日中、太陽に当てていれば一晩中ポットの湯を保温しておけますよ」

「へえぇぇ、すごいですね!!」


思わず目が輝く。これなら夜、寮母さんの目を盗んでこっそりお湯を沸かしに行かなくてもいいんだ。今まで何度見つかって怒られたことか…。


「そちらの白い方は?」


私はもう一つの乳白色の鉱石を指さした。


「これは白灯熱石(しろとうねつせき)です。こちらは黒灯熱石と違い、熱はあまり発せず代わりに蓄光力に優れています」


店主は私の手に白灯熱石を乗せると静かに立ち上がり天井からぶら下がるランタンの一つに手を伸ばした。

私は手のひらの鉱石をじっくりと見る。乳白色の半透明の石は見た目ほどの重さを感じない。軽石とまではいかないけど、これなら近くから投げられても大したけがはしないだろう。


「それも長い間日に当てていませんので…。もしよろしければこちらをご覧ください」


店主は手にした真鍮製のランタンを私の前に掲げた。


(ま、眩しい…)


「元はキャンドル用に使っていたモノなのですが…」


店主はランタンを逆さにするとその上部から丸いビー玉ほどの光る石を取り出した。


「熱くはありません。どうぞ触ってみてください」


恐る恐る手のひらを差し出すと、店主はその上に石を乗せてくれた。まばゆい光を放つそれはほんのりと温かいだけで熱さは全く感じない。


「街のイルミネーションはご覧になりましたか?今年からあれらもほとんどが白灯熱石に変わりました。通年のロウソクと違い火災の心配がありませんからね。本当にありがたい事です。これもヴェルナー家の若君さまさまですな」

「…はい?」


思いがけない名前を耳にして思わず聞き返す。


「この灯熱石の鉱山を掘り当てたのはヴェルナー男爵家の若君、ルーカス様だそうですよ。ご当主様から北部の未開の鉱山の採掘を一任されたそうで、半年ほどの調査で灯熱石の鉱脈を発見したそうです。なかなか有能な若君のようですね。確かまだ10代前半だったのではなかったかな?」


はい、13…いえそろそろ14歳になるのかしら。


(あの子…確かに出来のいい子だと思ってたけど、実はものすごい原石なんじゃない?)


「私はもちろんお会いしたことはありませんが、噂ではかなりの美男子だそうですよ」


店主が私を見てフフッと笑う。

ええ、知ってます。私がこれまであった男性の中で3本の指には入りますから。


「若君に限らずヴェルナー領の方々は素晴らしい方ばかりですよ。ご当主様もエイデン商会のみなさんも常に私たち職人の事を考えて取引をして下さいます。この街の商工業が発展しているのも多くは男爵領からの支援のおかげですから。私たちもそのお気持ちにこたえるべく日々精進しなければと思えるのです」


私はなんだか誇らしい気持ちで胸が温かくなった。


その時、ボーンボーンと壁の振り時計が鳴った。

時刻を見て私は慌てた。


「もうこんな時間…」

「本当ですね。申し訳ありません。ついあなたとのお話が楽しくて長々と引き留めてしまいました」


私はソファから立ち上がると店主に向き合い頭を下げた。


「いえ、私こそ居心地がよくてつい居座ってしまいました。コフィア、とてもおいしかったです。あの…またこちらにお伺いしてもよろしいですか」

「もちろんです。いつでもおいでください。お嬢さんなら大歓迎ですよ」


店主の笑みに私も微笑む。


店の外に出ると既に雪は止んでいた。夜になり更に増えた人波。キラキラと輝く白灯熱石の灯に人々の笑顔。私はもう少しその雰囲気を楽しみたくなりついフラフラと広場に向かって歩き出した。





そんな私の背後に立つ、一人の男。

私は彼に腕を掴まれるその瞬間まで、その存在に全く気が付かなかった。




次回91話は明日19時頃更新予定です。

本日評価を頂きました(*'▽')ありがとうございます。

久しぶりで思わず二度見しちゃいました(笑)


本日も最後まで読んでいただきありがとうございました☆

明日はおじさまの独り言回です。よろしくお願いします。

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